方針の決定と作業の割り振り その二
「と、その前に……、ヨル」
俺たちの喋り声で、目が覚めてしまったようだ。
むっくりと起き上がったヨルだが、すぐ隣に俺が居ないことに気づいたらしい。
不安げに寝ぼけまなこをこすっていたところを呼びかけると、たちまち満面の笑みに変わる。
そしてまだ熟睡している弟の足首を掴んで、俺のとこまでトテトテと駆け寄ってきた。
「あるじどのー!」
「おはよう。うん、今日も元気だな」
ヨルを抱き上げながら、手を伸ばしクウの頭を撫でてやる。
激しく上下に揺すぶられていたが、全く平気なようだ。
と思ったら、寝ぼけたまま俺の指をガジガジ噛み始めた。
姉のほうは俺の肩に顔を埋めて、クンクンと毎朝恒例の匂い嗅ぎの真っ最中だ。
騒がしくなってきた広場に視線を移すと、目覚めた女性陣やゴブリンたちがテキパキと朝食の準備に取り掛かっていた。
<火弾>で盛大に燃やされかまどでは、鍋代わりに置かれた海亀の甲羅がすでに煮立っており、無造作に食材が投げ込まれていく。
ゴブリンの集落の定番、なんでも鍋だ。
昨日採ってきたばかりの黒岩茸や腰掛け茸に、おなじみの迷宮大蒜。
本日は魚介系らしく、蟹と亀の肉が主役のようである。
あとは迷宮塩で味付けして、仕上げの香り付けに乾燥させ細かくした迷迭花を散らす。
一気に溢れ出した美味そうな匂いに、俺の胃袋も活発に動き出した。
肩にしがみつくヨルや、まだ起きないクウも盛大によだれを垂らす有り様だ。
うん、ややこしい話ができる雰囲気じゃないな。
「先に朝飯にしようか。みんなは?」
「一応、軽く腹に入れてきましたが……」
青年らの目が湯気を上げる鍋に釘付けになっている様子に、俺は思わず笑いを漏らした。
「じゃあ、一緒に食うか?」
「ありがてぇ!」
「やったー!」
無邪気に喜ぶ若者たちだが、そこで急に思い出したのか、背負っていた大きな籠を下ろして中身を見せてくる。
「あ、そうだ。忘れてやした。これ、来る途中で仕留めたやつでさ」
籠の中に詰め込んであったのは、スライムや大ミミズたちの死骸であった。
放置せずに回収してきてくれたらしい。
さらに足を縛って束にされたコウモリなどは、エタンさんの指導の成果もあって、ちゃんと血抜きも済ませてある。
わざわざ弓矢で仕留めたらしく、羽も綺麗でほとんどがそのまま回収できた。
「ご苦労さま。ミミズ重かっただろ?」
「へ、これくらい平気でさ」
強がりではなく、レベルアップの成果のようだ。
あらかた回収し終わると、ゴブリンたちが寄ってきて籠を興味深く突き出した。
新しい物好きの血が騒いだようだ。
「籠が気に入ったのか? 確かにあると便利そうだな」
オリーブの実とかは、毛皮に包んで持ち運びしてるしな。
細かく編み込むのは大変そうだが、逆にゴブリンたちはそういうのが大好きだったりする。
「この材料の蔦はどこから?」
エタンさんに尋ねると、すらすらと答えてくれた。
「これでしたら森で採れますよ。あ、ここの四階と八階でも見かけましたね」
「あれでいいんですか?」
「はい、よく洗って鍋で煮てから乾燥させると、丈夫になるんですよ」
「それなら<浄化>と<枯渇>でいけそうですね。うん、これ集めるのもやってもらおうかな。まあ、その辺りはまとめて頼むか」
喋り込んでいる間に、鍋が煮えたらしい。
さっそく行列に並んで、蟹の甲羅の皿によそってもらう。
ふうふうと冷ましたごった煮を、クウの鼻先に近づけるとようやく重いまぶたが開いた。
パクリと匙を咥えてから、キョロキョロと辺りを見回す。
そして俺の顔を見上げて、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「くぅ!」
「おはよう。もっと食うか?」
「くー!」
「かたじけないー!」
競い合って口を開ける二匹に、手早く冷ましながら交互にスープを食べさせていく。
こいつら熱いのはダメだからな。
しかし世話ばかり焼いていると、今度は俺の食べる暇がなくなってしまうが、そこは気の利くパウラの出番だ。
「はい、どうぞ。あなた様」
もうすっかり、これも定番の食べ方だな。
なぜか村の若い連中が、こちらをチラチラ見ながら顔を赤くしていたが。
「じゃあ、仕切り直しだな。ざっくり流れで決めていくが、質問や異論があればどんどん出してほしい」
食事を終えた俺たちは、広場で車座になって話し合いを再開した。
参加者は俺やパウラなどの深層攻略組に、鍛冶屋のヘイモと村長夫妻。
裁縫班の奥方四人に、昨日畑作りを手伝ってもらった年配気味の村人三人。
あとは今朝、押しかけてきた青年団の十一人である。
「まずは五階までの行き来だな。これは今まで通り、青年団に護衛を任せたいと思う」
俺たちの手助けなしでここまで来れたことだし、もう大丈夫だろう。
仕事を任せられた喜びからいっせいに沸き立つ若者たちだが、忘れずに釘を差しておく。
「他の人の育成も当然やってもらうが、怪我人が何度も出るようなら考え直すからな」
「わ、わかりやした!」
「それと採取も担当してもらうか。あとで地図を見せるから、できるだけ場所を覚えてくれ」
正直、コウモリや大ミミズの死骸よりも、迷宮水苔やコウモリの糞尿石のほうがずっと重要である。
採取箇所を記した地図を渡しておいたほうが取り忘れがない気がするが、これについては用心に越したことはない。
万が一、第三者の手に渡ったりすると、いろいろ危ういからな。
念のために、俺が持っていた中級の外傷治療薬も渡しておく。
後の二本は、村長とパウラに持っておいてもらう。
それと忘れずに四階での蔦集めもだな。
「次に五階の畑作りだが、にんにくはどうなってますか? 村長」
「現在は順調に芽を伸ばしておりますね。ただ、そろそろ水やりが必要かと」
にんにくはもとより乾燥に強いらしいが、それでも水なしというわけにはいかない。
ボススライムの大袋で大量の水を運んではいるが、ほとんどがゴブリンどもに飲ませる分でなくなってしまうのが現状だ。
「耕作地はかなり広がりましたか?」
「はい、初期の五倍近くになりましたな」
大ミミズの活躍も大きいが、素晴らしいペースである。
このまま畑を広げていくなら、ついでに水不足も解消すればいいか。
「……よし、西の突き当りの壁のところに大きな池があります。そこから行き渡るよう水路を引きましょう。村長は畑と水路の調整をお願いします」
「はい、お任せください」
「それが完成するまでは、お手伝いの方はお手数ですが四階の泉まで水を汲みに行ってもらえますか」
「わ、わかりました」
妖精と大芋虫しかいないので、戦闘に慣れていない村の人でも安心して往復できるはずだ。
この背負い籠とスライム袋を組み合わせれば、一度でかなりの量を運べるだろうし。
「あとは骨粉を蒔いて土作りの継続かな。来月頭にハンスさんが戻ってきたら、本格的にいろいろ植え付けを始めましょうか」
「ええ、楽しみですな」
野菜もいいが、これから来るであろう食料不足を考えると夏麦も重要だな。
「次にこのゴブリンの集落ですが、ゴブリン第一村と名付けましょうか」
「お、なんだなんだ! もしかして増やすつもりか?」
なぜか怒りながら尋ねてくるヘイモだが、その通りである。
「うん、十階が思った以上に広かったからね。新しく拠点を作って攻略したほうが安全で早いと思う」
味方の数が多いと楽だということは、八階の狼狩りで実証済みだ。
「その前に、エタンさん」
「はい、なんでしょうか?」
「まずは八階に休憩できる場所を確保しましょうか」
あの階も素材が多いので、なるべく早めに人手を増やしたい。
毎回、三時間かけて狼を駆逐するのも、時間的に厳しいというのもある。
「分かりました。任せてください!」
「できれば木材の確保も目標に入れましょう」
この五階はオリーブの木しかなく、十日ほどで再生されるとはいえ伐採されすぎると実の収穫量に影響が出てしまう。
ゴブリンたちが煮炊きをするようになってから、燃料不足は深刻になっていた。
そこで村長が口を挟んでくる。
「……それでしたら、上の村でもそろそろですな」
「そうなんですか?」
「はい、毎年二月になると、森で薪集めをしております」
確か冬場のほうが木に含まれる水分が減って、伐採がしやすくなるんだっけ。
「それも、早めに確保しないとダメか……」
「私たちはどうしましょうか?」
声を上げたのは、裁縫班を代表するカリーナさんだ。
「ここでもやってもらうことは多いですね。とりあえずは製品作りの継続をお願いしますね」
材料の革が潤沢なこともあって、ゴブリンたちを含め裁縫班の腕前はメキメキ上昇中だ。
このぶんなら遠からず、売り物になる品を作れそうである。
ずっと地下迷宮にいると麻痺しやすいが、地上はまだ寒く毛皮の防寒具の需要もまだそう減っていない。
それに丈夫な革装備も、これからの戦いには必須だしな。
他にも日常に使う物として、革の鞄や靴、帽子に手袋と欲しい品は山盛り残っている。
「あとは……、機織り機でしたっけ?」
「ええ、できればでお願いしたいのですが」
大芋虫を育成していけば、上質な絹糸がたっぷり集まるからな。
丈夫で使い勝手がいい絹糸だが、できればこれも商品価値を高めて利益を出していきたい。
そこで絹布を織れる機織り機が必要となってくるのだが、そうそう庶民には手が届かない品だ。
なので白照石を売っぱらった金を、そこに投資しようという算段である。
もっとも交渉に行けるのはハンスさんだけなので、来月まで持ち越しの案件だが。
「それまでに絹糸は溜めておきたいですね。ヨーにも頑張ってもらうか」
昨日の突撃鳥の襲来で活躍した大芋虫たちだが、残念ながらレベル20までは達しなかったようだ。
大芋虫はもっと増やしていく予定なので、効率よくレベル上げをする方法が欲しいな。
「オレはどうすりゃいいんだよ? 錬成のあんちゃん」
続いて尋ねてきたのは、鍛冶屋のヘイモだ。
怒っているような口調だが、その眼差しはワクワクと期待に満ちている。
二週間も付き合っていると、だんだん把握できてくるな。
「そうだな。まずは今のまま弟子の育成に励んでくれ。それと――」
「それとなんだ!」
「食い気味過ぎるって。錆びた剣とか結構、七階で取れるだろ。あれを打ち直したりできないか?」
「はっ、それかよ。ふん、任せろってんだ!」
武具の製作には慣れていないと言っていたので、いい練習になるといいが。
塔を登っての回収は、治癒術が使える村長夫妻と青年団でやってもらうか。
「あと引き続きランタンの台座とか、農具の修理も頼むぞ」
「う、めんどくせぇな!」
「だったら弟子たちにやらせたらいいだろ。材料はいくらでもあるんだし」
「おお! 頭いいじゃねぇか、あんちゃん!」
それと並行して工房の場所も探しておかないとな。
この第一村でもいいんだが、火事が怖いし燃料を運ぶ手間もあるから、できればもっと便利な場所がいいか。
「あとは……、銀細工が得意な知り合いとか居ないか?」
「オレか? オレに知り合いが居ると思ってんのか!」
「う、すまん」
「ま、心当たりなら一人居やがるけどな!」
「居るのかよ!」
銀鉱石の使い途も目処が立ちそうだな。
「よし、残っているのは十階の攻略だな。これは引き続き、今のメンバーで行こうと思う。あんまり上に戻れなくなるかもしれないが、いいか?」
「めんばあですね。心得ました、あなた様。どこまでもお供いたします」
「ふふーん、まっかせてー。がんばっちゃうよ!」
「ぜひもなしー!」
「くうー!」
ただこの辺りは、新戦力も増やしていきたいところだ。
さて大まかだが方針も決まったことだし、今日も十層攻略張り切って行きますか。
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