方針の決定と作業の割り振り その一
翌朝、騒がしい声で目が覚めた。
「ふぁあぁ、……なんだ?」
まぶたを開けつつ、できるだけ静かに身を起こす。
最近は寝床に入ると、ヨルとクウが両脇にくっついてくるようになったので、無意識についた習慣だ。
体を丸めて眠りこける二匹の背中を撫でながら、周囲の状況を寝ぼけまなこで確認する。
なぜかこうすると、愚図つかずにすんなり起きてくれるのだ。
昨夜は盛り上がったまま、ゴブリンの集落の広場で雑魚寝をしてしまったらしい。
骨のかまどの周りには、見慣れた顔やゴブリンたちがあちこちで寝入っている姿が見える。
と、複数の大きな声が、またも近くで響いてきた。
出どころはどうやら門の向こうで、大勢の人が押しかけてきているようだ。
早く中に入れてくれと嘆願する声と、ゴブリンの門番の拒絶する笑い声が交互に聞こえてくる。
「うう、なんだ。うるせぇなぁ!」
「ふぁー、もう、なにもう?」
騒がしい物音に、ヘイモやミアも目が覚めたようだ。
その声が聞こえたらしく、柵の向こうの声がより大きくなる。
「おお、生きてたべ!」
「先生様はどうだ? 先生様は!」
何やら俺をご指名のようだ。
背筋を伸ばしながら起き上がると、パウラがすぐに二匹の相手を代わってくれた。
先に起きていたようだが、身支度はまだだったようで髪が少し乱れている。
俺の視線に気づいた褐色肌の美女は頬を染めながらも、あえて何も言わずヨルとクウの頭を優しく撫でてあやしてくれた。
「ありがとう。任せたよ」
「はい、あなた様」
足早に門へ向かうと、門扉の隙間から見知った村人らの姿が確認できた。
向こうも同じだったようで、大きく目を見開いた後、次々と歓声を上げ出す。
「やった! 先生様は無事だべ!」
「おお、よがっだ……。ほんとよがっだべ……」
涙ぐむ声まで聞こえてくると、そうそう注意しにくいな。
門から顔を出すと、村の男衆が一時に膝をついて喜びを示してきた。
全部で十人ほどで、皆きっちりと武装している。
さらに数名の村人は、収獲時に使う大きな背負い籠まで身につけていた。
「すみません。ご心配をおかけしたようですね」
「無事で何よりですだ、先生様」
「おら気が抜けて、もう足に力が入らないべ……」
どうやら昨日、村に帰らなかったので、心配してここまで押しかけてきたらしい。
青年団が中心なようで、弓が使える数人も加わっている。
「先生様に何かあったら、村はおしまいだべ」
「生きた心地がしなくて、仕事にならないしよぅ。ああ、生きててくれてありがてぇ……」
「とりあえず中で話しましょうか」
謎空間から取り出しておいたゴブリンの護符を、一人ずつ手渡す。
これをつけない初見の人間は、絶対通さないよう門番に指示してあるのだ。
今はまだ気にかける段階ではないが、そのうちのことを考えての規則である。
ぞろぞろと集落の中に入った村の人たちは、物珍しそうに中を見回して興奮で目を輝かせた。
「ほわぁ、すごいべ……」
「おお、なんか立派すぎてびっくりだなぁ」
「ふふーん、すごいでしょ! ゴブっちの村は」
「おう、朝っぱらから何しにきやがったんだ、お前ら!」
さっそく出迎えたヘイモとミアに、村人たちはようやく安堵したように頬を緩めた。
見慣れた顔に安心したのだろう。
「あなたたち、誰の許可を得てここまで来たのですか?」
だが村長が穏やかながらも厳しい口調で問いかけたとたん、またもその表情は強張ってしまう。
首をすくめる面々に、村長は静かに言葉を重ねた。
「ニーノ様の許しもなく地下迷宮に入ることは、村の掟で禁じていたはずですよ」
「で、でもよぅ!」
「皆、戻ってこねぇし、何かあったんじゃねえかって……」
「その勝手な判断が、大きな過ちを招くことがあるのです。ここがどれほど危険な場所か分かっているでしょう」
村長の言葉をもっともである。
だが無用な心配をかけたこちらにも、十分な非はあると思う。
あまり強く叱責しないよう仲裁に入ろうとしたら、すっとパウラが立ち上がった。
すでに髪は整えられ、見慣れた美しい容貌となっている。
ただしその口元には、いつもの妖艶な笑みはない。
「うーむ、いかがされますか? パウラ様」
「そうですね。皆さまには、掟を破った罰を受けてもらうしかありませんね」
その無情な言葉に村の若者たちは、いっせいに青ざめた。
溜めるようにわずかに間を空けた美女は、唇の端を持ち上げたながら俺へ視線を移す。
「ただし主を案じての振る舞いは、そう無下にはできません。少し軽めにいたしましょうか。……しばらく、ここでの労務を課しましょう。いかがでしょうか? あなた様」
「ああ、それでいいと思う」
「寛大なご処置、まことにありがとうございます。皆さま、よかったですね」
「あ、ありがとうございます! 先生様」
「ああ、ほんとうにお優しい方だべ!」
とんだ茶番である。
昨晩話し合ったこれからの展望を、パウラたちはしっかり覚えていたようだ。
「じゃあ、仕事を割り振っていくか」
長くなりそうだったので分割に。
本日は役立たずスキルのコミカライズの最新話の投稿がございます。
よいエンディングでしたが、まだまだ続きますのでどうぞご安心ください。




