寂れた坑道
五階で祭りが開催される中、俺たちは新たな階へ下り立っていた。
地下九階は、一転して人工的な雰囲気が感じ取れる場所であった。
色調も緑を始め様々な色に満ちていた八階とは違い、全体的に地味な茶色や灰色が主体である。
階段の下はちょっとした広場になっており、壁や床は四角く削り出された石に全て覆われている。
年季が入ってはいるものの指一本入る隙間もなく、頑丈さは信用できるようだ。
ただし、そこから伸びる複数の通路。
そちらは全面、土や岩が剥き出しの状態である。
ところどころで木の枠組みが天井を支えてはいるが、柱の変色の度合いからしてあまり信用する気にはなれない。
光源は点々と光る白照石だが、光量が乏しく数歩先の輪郭さえおぼつかない有り様だ。
「うわー、またなんか怪しげな場所だねー」
「うろんー!」
「くー」
「これはどことなく坑道の跡っぽいな……」
確かあの木の支えは、坑木と呼ばれるものだろう。
漂ってくる空気はひんやりと肌寒く、形容し難い臭いが入り混じっている。
触ってみた通路の壁は意外と固く、指に力を込めても簡単に剥がれそうにない。
「うーん、崩れる心配はなさそうだな。パウラ、エタンさん、何か気をつけることはありますか?」
「いえ、わたくしは何も……」
「そうですね。少し目を暗がりに慣れさせてからのほうが安全かと」
エタンさんのアドバイスに従い、白照石のランタンに覆いをかぶせ、妖精にはしばし服の下に隠れてもらう。
皆がじっとしている間、夜目が利くヨルとクウだけは元気に走り回っていた。
どうやら俺たちがあまり動けないことが面白いようで、ミアやパウラの背中にいきなり飛び乗ったり、俺の足に抱きついてきたりとやりたいほうだいである。
そして捕まえてくすぐってやると、小さな笑い声を上げて逃げ出してしまう。
二匹が存分に遊びたおし、皆の目も暗がりになれたところで、俺たちは北東へ伸びる通路から進みだした。
意外と曲がりくねってはおらず、見通しはそうそう悪くない。
とか思っていたら、十字路らしき場所に出た瞬間、事件が起きた。
交差する横の通路から飛び出してきた黒い何かが、白照石のランタンを持っていた人物に襲いかかったのだ。
激突の音が大きく響き渡り、そのまま丸みを帯びた影は通り過ぎてしまう。
そして後に残されたのは、床に転がり落ちたランタンとバラバラとなった狼の骨のみであった。
うん、骨子ちゃん殉職ありがとう。
十歩ほど後方に居た俺たちは、ヒソヒソと今の状況を話し合う。
「見えましたか?」
「ええ、ずいぶんと変わったものが居るのですね。うん、やっぱりここは面白い」
「二人はどうだ? 行けそうか?」
「申し訳ありません……。わたくしの鞭では通用しないかと」
「ギリギリ見えたけど、速すぎてムリムリー!」
得意の<火弾>は、軽く投げたボール程度の速さだしな。
エタンさんは大丈夫とのことで、さきほどの状況を再現してみることにした。
冥土の呼び鈴を鳴らし、骨子ちゃんを再生する。
かがんだ骸骨が白照石の光に手を伸ばした瞬間、再び横の通路から黒影が飛び出してきた。
その寸刻、すでに弓から離れていた矢は十字路の中央に達する。
骨が砕け飛ぶ音と、金属同士がぶつかったような硬音が重なって響き渡る。
そしてあっさりと矢を弾き返した丸い塊は、またも通路を横切って姿を消した。
「おしい! ちゃんと当たったのに!」
「いえ、大丈夫ですよ。ミアちゃん」
柔らかく微笑んだエタンさんの視線は、落ちた矢に向けられていた。
よく見ると、その先端にあるはずの矢尻がなくなっている。
自信ありげに頷かれた俺は、もう一度鈴を鳴らし骨の下僕を呼び出してみた。
だがランタンを持ち上げさせてみたが、壊される気配はない。
一分ほど待ってみたが何も起きず安全が確認できたので、そっと通路を覗いてみた。
十字路の横の通路は、両方とも数歩で行き止まりとなっていた。
その片方の奥の壁に、わだかまる黒い影が見える。
全体的には丸みを帯びたフォルムである。
ただしそのあらわとなった下腹部にびっしりと生えていたのは、数え切れないほどの短い足だ。
うん、ありのままに言うと、そこに転がっていたのはひっくり返ったバスケットボール大のダンゴムシであった。
あまりのその生理的嫌悪をかき立てる眺めに、ミアが小さく息を吸って悲鳴を上げる。
「うひゃー! きもちわる!」
「たしか……、こいつは鉄甲虫だな。ぶっちゃけるとクッソ固いダンゴムシだよ」
鉄が含まれた石を食べる習性があるため、その甲殻も鉄を帯びて非常に頑丈な魔物である。
特技はおなじみの<体当たり>。
普段はゆっくりと移動するが、体を丸めたときだけ素早さと物理防御力が上がる特性を持つ。
「どうされますか? あなた様」
「うーん、青スライムが居るし不要かな」
連れて歩くにしても、ちょっと見た目が悪すぎるからな。
俺が返答した瞬間、エタンさんが無造作に弓弦を鳴らす。
三本の矢に続け様に無防備な腹部を射抜かれたダンゴムシは、不気味な足の動きをピタリと止めた。
迅速過ぎる対応に驚いていると、スタスタと近寄った狩人は矢をあっという間に回収してしまう。
さらに慎重な手付きで、側部に刺さっていた森カラスの爪の矢尻を抜き取る。
さきほど鉄甲虫が通路を横切ったあの一瞬、見事に甲殻に覆われていない部分を射抜いていたらしい。
うーん、凄まじい動体視力と弓の精度だな。
「あっぱれー!」
「くうー!」
二匹もその素晴らしさを認めたのか、気安く近寄ってエタンさんの足をペタペタと叩く。
樹人種の青年は、その愛らしい仕草に優しく目を細めてみせた。
どっちも可愛いのは困りものだな……。
鉄甲虫の甲殻と黄魔石を回収した俺たちは、再び骨子ちゃんに囮を頼み先へと進む。
だいたい通路が重なる場所に出やすいようで、パターンさえ掴めればそう怖い相手でもない。
たまに複数出る時もあったが、魔法に弱いため<魅惑>や<火弾>もよく効き苦戦する場面もなかった。
十五分ほどで突き当りに行き着いた俺たちは、進路を西へ変える。
もしかしたら、そう広くはない階層かもしれない。
そして場所を変えたとたん、ダンゴムシはぴたりと姿を見せなくなった。
暗い坑道を黙々と進む俺たち。
五分ほど経った頃合いだろうか。
不意に骨子ちゃんが掲げるランタンの光に、何かの影が浮かびあがる。
それは俺たちと同じように二本の足で直立しており、シルエットは人間そっくりであった。
毛も生えていない肌がむき出しとなった体は、十歳児ほどの大きさだろうか。
多くの点が、俺たちと似通っている。
ただし大きな違いが一つ存在した。
その頭部。
そこにあったのは、大きなネズミの顔であった。
「ううう……、な、なにあれ。ヤバすぎない?」
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