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ボス戦前の一息



「少し休憩しませんか? 妖精の子たちがいいものを見つけたみたいです」

「お、またですか? 本当に凄いですね」


 つい十分ほど前にも、白い花を咲かせる迷迭花の茂みを見つけてくれたばかりだ。

 その前には群生した腰掛け茸を発見したり、まだ花もつけていない黄綿花の木を探り当てたりと。

 草花に関してだと、妖精たちは物凄く優秀な目を持っているようだ。

 

 迷迭花はそのままローズマリーのことで、濃いめの匂いが嬉しい念願の香辛料である。

 すでに回収した葉っぱは<枯渇>で乾燥済みなので、今から肉を焼くのが楽しみで仕方ない。


 腰掛け茸は木の幹に水平に平たく生える変わったキノコで、妖精が腰を落ち着けるのにちょうどいい大きさが由来だとか。

 そのまま食べるとお腹を壊してしまうが、火を通した食感は歯ごたえがよく、エタンさん曰く鶏肉そっくりらしい。


 最後に黄綿花の木だが、なんと樹皮から待望の皮なめし用の木渋が取れるのだ。

 おかげで溜まっていた狼の毛皮を一気になめせて、気分もスッキリである。


 この八階の探索を開始して三時間。

 すでに北の奥の壁が、立ち並ぶ大木の隙間から覗いている。

 ざっとした計測だが、八階の広さは五階とほぼ同等のようだ。

 

 時刻はちょうど三時を過ぎた辺りで、小腹も空いてくる頃合いである。

 黒毛狼の群れも相当駆逐できたし、ボスモンスターと戦う前に余分な力を抜くのも悪くない提案だ。


「それじゃあ、少し気を緩めるとしますか」


 三分と歩かないうちに、馴染みの甲高い笑い声が響いてくる。

 耳に届く数からして、ほとんどの妖精が集まっているようだ。

 

「だ、大丈夫ですか?」


 妖精包囲網が完全に瓦解している有り様に、俺は思わず司令塔であるエタンさんに尋ねた。

 これもう気を抜くってレベルじゃないのでは……。


「はい、たぶん平気だと思います。近くにそれらしい気配はないと言ってましたので」


 可愛らしい顔でキリッと断言されてもあまり安心はできないが、これまでのエタンさんたちの活躍ぶりからすれば安全なのだろう。

 こちらはほぼ無傷のままなのに、すでに黒毛狼どもの駆逐数は五十近くになっていた。

 確実に先制攻撃を決められると、戦闘ってこんなに楽なんだなとしみじみ分かった探索だった。


 そんなわけで、エタンさんや妖精たちのレベルも余裕で20に達していた。

 魔物のレベルは階層に十を足した数が基本であるため、黒毛狼どもはレベル18から19となる。

 なので攻撃を仕掛けるだけで、そこそこの経験値を稼ぐことができるというわけだ。

 それにエタンさんの特性も大きかったようである。

 その特性とは……。


――――――――――――

名前:エタン

種族:樹人種

職業:弓士(レベル:20)

体力:24/24

魔力:20/20

物理攻撃力:26

物理防御力:31

魔法攻撃力:10

魔法防御力:30

素早さ:27

特技:<成長補助>、<短弓装備>、<狙撃>、<速射>


装備:武器(若木の弓/痺れ矢)、頭(コウモリの羽帽子)、胴(狩人の服)、両手(熊革の手袋)、両足(熊革の長靴)

――――――――――――


 小柄なだけあって物理攻撃力がやや低いのは否めないが、全体の数値は安定している。

 特に素早さと魔法防御力の高さは、崩れない安心感を感じさせてくれる。

 特筆すべきは、樹人種特有の<成長補助>である。

 本来は植物の育成を促すものだが、これにより仲間を含めた取得経験値が少しだけアップするのだ。

 斥候としても申し分ないし、探索に加わってくれて本当にありがたい。

 

 妖精たちが騒ぐ茂みに近づくと、青くて小さい実が鈴なりになっていた。

 それを夢中でつまんでは、両手で抱えて貪っている。

 おかげで愛らしい金の巻毛が、青い汁まみれという有り様だ。


「お、青すぐりじゃん! こんなとこに生えるんだねー」


 弾んだ声を上げたミアが、駆け寄って青い小さな実を摘むとぱくりと口に放り込んだ。

 そして嬉しそうに口をすぼめてみせた。


「うー、すっぱ! おいしー!」


 青すぐりは正確にはすぐりではなく、見た目も味もブルーベリーそっくりだったはずだ。

 この辺りはローズマリーもそうだが、元となったドラクロシリーズのやたら和名風にこだわる伝統のせいだろうか。


「ほら、ヨルっち、クウっち、美味しいよ。食べよ、食べよ」


 ミアに誘われた二匹は素直に茂みに近寄ると、下のほうの枝に手を伸ばしプツリと青い実をもぎ取って口に入れた。

 噛み締めたとたん果汁が溢れたのか、目をまんまるに見開く。

 そしてぎゅーと顔をしかめた後、にっこりと会心の笑みを浮かべた。


「かんみー!」

「くぅぅうう!」

「あれ? 甘いものって食わせたことなかったっけ……」


 目を大きく見開いた魔物っ子たちは、小さな実を次々もいでは自らの口へ投げ込みだした。

 その口元はだらしないほどに緩み、みるみるうちに青く染まっていく。

 猛烈なヨルとクウの勢いに、のん気に実を摘んでいた少女も目の色を変えた。


「うわぉ! これはあたしも本気だすしか!」


 大人げなく両手を使って、青い実を一気に集めだすミア。

 新参者たちの暴挙に、妖精たちは激しく飛び回って騒ぎ出した。


「キヒ! キヒヒヒ!」

「ケヘヘヘヘ!」

「ふふーん、青すぐりは早いもの勝ちって言うでしょ。友達だからって容赦は――うわっ、まぶしっ!」


 近距離で<目くらまし>を食らったミアが、両目を押さえて地面に転がった。

 当然、手に持っていた青すぐりの実が、派手にこぼれ落ちる。

 すかさず群がる妖精たちに毛玉と羽玉。


 そこへ間髪容れずにまたも<目くらまし>!

 しかしクウも負けては居ない。

 両目を可愛く押さえながら、口から粘つく糸を吐き出しては妖精たちを捕縛し返す。

 その隣ではヨルが手探りで実を拾っては、一心不乱に口に放り込んでいる。

 さらに起き上がったミアも、<水泡>を繰り出し懸命に自分が採った実を守ろうとする。


「みんな、やんちゃですね」


 柔らかく微笑むエタンさんだが、そんな一言で片付けていいのだろうか。

 呆れている俺に、戸惑った顔のパウラが尋ねてくる。

 

「あなた様は、召し上がらないのですか?」

「ああ、ちょっともらおうか。パウラはいいのか?」

「わたくし、こういったものは食べたことありませんので、どういった作法で……」

「普通にもいで食えばいいよ。ほら、こうやって――」


 手本のつもりで青すぐりに触れた俺だが、その瞬間、茂みから全ての実が消え失せる。

 ついいつもの癖で、アイテム一覧を開いてしまったようだ。

 そういえばオリーブの実も一括で回収できたなと思いながら、背後の異様な静けさに気づく。


 振り向くと妖精とミアたちが、食い入るように無言で俺を見つめていた。

 さらにヨルとクウにいたっては、その瞳から完全に光が消えてしまっている。

 ちょっとぬいぐるみ感が強くなりすぎて怖い。


「す、すまん」


 とりあえず謝ると、ヨルとクウが足元に駆け寄ってきた。

 いつもの抱きつきかと思ったら、こぶしを握ってポカポカ叩いてくる。

 そして地面に転がって、手足をバタバタしだした。

 妖精たちも集まって、同様の抗議を始める。


「悪かったって。ほら、今出すから」


 手のひらを広げ回収したばかりの青すぐりを取り出すと、跳ね起きた二匹が突進してきた。

 そこへまたも<目くらまし>!

 仁義なき戦いは、まだまだ終わらないようだ。


 

続きが気になる方は……。

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[良い点] 食い尽くすまでループ
[良い点] 食い物の恨みは恐ろしいw
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