村外れの怪我人
翌朝、俺とパウラが村長に連れられて向かったのは、地下迷宮ではなく村の外れであった。
龍がぐるりと円を描いたような龍骸大島。
その腕の部分に当たる龍腕森林の木立が、ハッキリと視認できるほどの位置にその小屋はぽつんと立っていた。
広場を囲んで密集する村人たちの家々と比べると、なんとも寂しい風景である。
だが近づくと、その理由はなんとなく理解できた。
臭うのだ。
動物の皮革が放つ独特の匂いや、ややきつめの草花の香り。
いろんな臭いが入り混じって、思わず鼻を押さえたくなるほどだ。
小屋の周りは伸びた蔓草や様々な花がたっぷりと生い茂り、全体が緑色に覆われてしまっている。
わずかに覗く屋根板や壁板も、ところどころ浮き上がったりめくれてしまっており、知らずに見れば廃屋と勘違いしそうな外観であった。
しかしディルク村長は足を止める素振りもなく、入り口とおぼしき場所に平然と近づく。
そして垂れ下がっている何かの革をめくり上げて、中へ声をかけた。
「ご機嫌はどうですか? エタンさん」
「……あまりよくはありませんね。そろそろ大地へ還る時が迫ってきたようです」
「うーむ、顔色は相変わらずですね。そうそう、お客様が二人おられるのですがお招きしても?」
「なんのおもてなしもできませんが、それでもよろしければ……」
聞こえてきたのは、弱々しい中性的な声であった。
村長に手招きされた俺とパウラは、恐る恐る小屋へ足を踏み入れる。
そして少しだけ目を見張った。
外の雑然とした印象とは違い、内部は綺麗に整えられていた。
壁には、ずらりと吊られたなめし済みの毛皮。
端の机の上は小さな道具がきちんと並べられ、作りかけの矢が等間隔に整列している。
反対側の棚には、数冊の書物と小さな壺たちが整然と配置されていた。
部屋全体には燻されたような匂いが籠っており、なんとも落ち着く雰囲気である。
そして小屋の主であろう人物は、入り口脇の大きな寝台に横たわっていた。
俺たちの気配に気づいたのか、長いまつげの下のまぶたがゆっくりと開かれる。
儚さを秘めた翠色の大きな瞳。ツンと盛り上がる鼻に可憐な唇。
首筋まで伸びた淡い金の髪に交じるのは、柔らかそうな緑の葉や蔓だ。
一見すると、粗末な小屋に隠れ住むただの病弱な少女といった風情である。
弱々しく微笑んだ人物は、よく通る声で尋ねてきた。
「はじめまして。新しい移住者の方ですか?」
「はい、ニーノといいます」
「わたくしはパウラと申します。どうぞ、お見知りおきを」
頷いて差し出される手。
そのしなやかな腕は、うっすらと緑色に染まっている。
間違いなく樹人種の証だ。
「エタンです。横になったままで申し訳ありません。よろしくおねがいします」
その手を握り返しながら、俺はまじまじと相手の顔を見つめた。
うん、ゲーム画面で見るより、実物ははるかに美少女だな。
つい見惚れてしまった俺の様子に、パウラがおかしそうに注意してくる。
「ふふ、あなた様。エタン様がお困りですよ」
「おっと、すみません」
柔らかくも張りのある肌の感触から名残惜しく手を離しながら、俺は内心でしみじみと呟いた。
…………これで俺より年上の男って詐欺だろ。
狩人のエタン。
そのキャラデザでドラクロ2ファンの間に、大いに物議を醸したキャラクターだ。
言動は落ち着いた成人男性なのだが、見た目が普通にヒロイン枠に入ってもおかしくない可愛さなのだ。
人気投票でも未だ上位に食い込むほどであり、思春期に遊んでしまい性的嗜好がつい歪んでしまった人間も多いと思われる。
そんな人気キャラのエタンさんだが、そばで見ると顔色が明らかに悪い。
俺に頷いてみせた村長は、ベッドに近づき優しく話しかけた。
「ではエタンさん、傷を見せてもらいますね」
「えっ、その……」
戸惑いすがるような視線を向ける様子は、どう見ても美少女にしか見えない。
うーん、これは脳が錯覚するのも無理はないな。
「安心してください。この方たちなら、大丈夫ですよ」
そう言いながら村長は、エタンさんの足を覆っていた毛皮をそっとめくりあげる。
その右足の腿には、白い布が包帯のように巻きつけられていた。
手早くほどかれた布の下から現れたのは、無残に口を開く痛々しい傷口だ。
周囲の肉が黒紫色にそまり、明らかに異常であると告げている。
昨年、村長の娘エマが森で魔物に襲われ行方不明となった事件があった。
その時、護衛についていたのが、狩人でもあるエタンさんである。
なんでも、普通ではありえない数の大牙猫の集団に襲われたらしい。
そして太ももに酷い傷を負ったエタンさんだけ、辛うじて村にたどり着いたとのことだ。
痺れを伴う傷は一向に治る気配がなく、寝たきりとなったエタンさんに、村長がずっと治癒術を施していたと。
娘を亡くしたショックは大きいはずなのに、それでも欠かさず面倒をみてきた村長の姿勢には本当に頭が下がる。
「……どうでしょうか? ニーノ様」
「うん、これなら治せますね」
俺の言葉に、エタンさんはまんまるに両目を見開いた。
「も、もしかして、その方は……」
「ええ、この村をお救い下さる錬成術士のお方ですよ」
驚きで口を可愛らしく空けたまま固まるエタンさんを横目に、俺は素早く診察を下す。
大牙猫の爪には森カラスと同様、麻痺毒がある。
そのせいで、傷がなかなか塞がらなかったのだろう。
しかしおかげで、変な状態で傷が固まることもなかったようだ。
完全に固着してしまうと、回復薬の効果が及ばなくなってしまうのである。
最悪の場合、一生足を引きずる羽目になるところだった。
よし、まずは麻痺毒の除去だな。
麻痺に効く人面人参から薬効を<抽出>。
迷宮水と<混合>すれば、麻痺解毒薬が即座に完成だ。
続いて昨日入手したての大鹿の唾液。
これには細胞を活性化させ成長を促進する効能があるのだ。
さらに細胞同士の結合を助ける一角馬の角の粉末と、解熱と鎮痛の効果がある苦汁草。
この三つを合わせて<混合>。
――中級の外傷治療薬の出来上がりっと。
解毒薬をそっとかけて、麻痺を取り除く。
唖然とした顔のままであったエタンさんだが、そこでまたもまんまるに目を見開いた。
感覚が戻ったのであろう。
そして可憐な顔が、すぐさま苦痛で歪みだす。
そこへ今度は治療薬を流し込む。
効果は抜群であった。
たちまち傷周辺の肉が盛り上がり、くっついて跡形もなく消え失せていく。
元通りとなっていく皮膚の色に、エタンさんは信じがたいといった表情で見つめる。
そして完全に塞がったのを確認して、ゆっくりと足を動かした。
戸惑いに満ちてきた顔が、じょじょに喜びに溢れていく。
やがて静かに涙を流した樹人種の青年は、崩れ落ちるように俺へ頭を下げた。
昨日は更新できずにすみません。
パソコンの調子が悪くて久々に再起動したところウィンドウズのアップデートががが。
…………三時間以上かかりました。
書きかけの原稿を取り出すことは叶わず、かようなザマでございます。
このような失態を繰り返さないよう、ブックマークと評価の☆をぜひよろしくお願いいたします。
あら?




