変化の波及
「こりゃまた、えらく楽しそうな場所じゃねえか!」
「たった数日で、またずいぶんと変わったように思えますね」
本日、広場で催されていたのは、ゴブリンたちによる演奏会だっだ。
座り込んだ各々が抱えているのは、革が張られた丸い木の板――盾である。
それをリズムよく手で叩いては、互いに音を競い合っている。
昨日、七階で入手した木の盾だが、表部分に貼られた革がボロボロになっただけの物が数枚あった。
そこで次の仕事として、ゴブリンどもに革の張り替えを頼んでおいたのだ。
おそらく具合を確かめようとして、意外といい音が鳴ることに気づいたのだろうか。
「すげえな。魔物たちが太鼓叩いてやがるぜ……」
「あれは樽でしょうか……」
二人の声に目をやると、そこには空の酒樽になめした恐鳥の革をかぶせた代物があった。
樽はオリーブの実を収穫して持ち運べる用に、酒場で余っていたのをもらってきたやつだ。
革のほうは固定する方法がなかったのか、二匹のゴブリンが両脇に座ってピンと引っ張っている。
そして中央のゴブリンは、一心不乱に両の手で革を叩いては空洞に響き渡る音を楽しんでいた。
しばらくすると革の引っ張り役が交代し、違う一匹が得意げな顔で演奏を始める。
先ほどとは違う素早い打音に、周りの盾太鼓たちも合わせてビートを刻みだした。
と、思ったら今度はゆったりとしたリズムに転調し、それぞれが間を取り合って軽やかに音を響かせる。
なんだかすっかり、それらしい感じである。
「すごーい! ノリノリじゃん」
「かの者たちに、このような才まであったとはまことに驚きですね」
「ゆかいー」
「くぅ、くぅ、くぅ!」
陽気な妖精のヨーも、さっそく音に惹かれて踊りだす。
宙を舞う二枚の翅から鱗粉がキラキラと降り注ぎ、セッションはさらに加熱していく。
そこから二十分ほど演奏は続き、最後まで鼓膜に残る力強い音で締めくられた。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ああ、くそ、ここは楽しすぎるぜ!」
「あっぱれー!」
「くー!」
途中から元気よく飛び跳ねだしたヘイモとヨルとクウは、地面に転がってすっかりご満悦のようだ。
手拍子で参加していた村長も、汗を拭いながら俺に興奮気味に話しかけてきた。
「ああ、本当に素晴らしいですな」
「はい、ゴブリンたちの変わりぶりには驚きしかないですね」
俺の言葉に村長は目をしばたたかせた後、相好を崩しながら言葉を続けた。
「いえ、素晴らしいと褒め称えたのは、ニーノ様のことですよ」
「俺ですか?」
「あなたが来られて一週間。この魔物の集落もそうですが、村も驚くほど変化を遂げました。全てニーノ様がもたらしたものです。我々は心から感謝をしておりますよ」
その辺りの話は道中でも聞いていた。
去年に蒔いた麦たちは、この時期だと霜に負けないようしっかり踏んで根を張らせる必要がある。
それなりに人手がいる作業のはずだが、地下迷宮に来る時間は大丈夫かと。
戻ってきたのは、全くもって余裕でさぁとの返答だった。
定期的に補給している肉類で食糧事情が格段によくなり、レベルアップした村人以外も存分に働けているらしい。
それともう一つ、余った白照石を配ったのもよかったらしい。
日が落ちるのが早い冬でも、明かりがあるせいで暗くなっても安心して長く働けるとのことだ。
「そういった事情もありますが、何よりも変化があるということが楽しいのだと思います」
もともとあの開拓村には、もう一つの狙いがあった。
獣人種や樹人種らと取引するための場としての役割だ。
そのため龍背山脈や龍腕森林と接する場所に、わざわざ作られたとのことだ。
村人にヘイモのような獣人種が交じっているのは、そのためでもあったらしい。
しかし実際に来てみると、土地は石が多すぎて畑にするには手間ばかり。
交易も道が不便すぎて、頻繁に通うのは無理がある。
領主であるグヴィナー子爵も興味をなくし、すっかり陸の孤島と化していたと。
そんな閉塞感しか残っていない村に、突如やってきたのが錬成術士である俺だ。
そして地下迷宮がいきなり見つかり、代わり映えのない日常は吹き飛んでしまったというわけである。
「だからこそ、私もぜひお役に立ちたいと。この老骨に、いくらでも鞭打つ覚悟はできております」
「すみません、なんか誤解してましたね」
村長が熱心に同行を願っていたのは、そんな意気込みからだったようだ。
謝罪の言葉を口にした俺に、村長は笑みを浮かべながら頷いた。
いい雰囲気ではあるが、忘れずに付け足しておく。
「でも、むやみに魔物に突っ込んでいくのは止めてくださいね」
いつもの用事を済ませて、下の階へ出発しようとしたらヘイモが首を横に振った。
「こいつらの仕事ぶりは気に入ったんだが、肝心のところがなっちゃいねぇ。ほら、見てくれ」
鍛冶屋が持ち上げた木の盾だが、革自体は縁に沿って綺麗に円を描いて裁断されている。
ただ固定されていないため、持ち上げるとずり落ちてしまう。
「釘とか鋲を知らねぇみたいだな。だからちょっと仕込んでみるぜ。道具のほうも一通り持ってきてるしな」
どうやら音楽に続き、新しい技術がゴブリンたちにもたらされるようだ。
別れを惜しむヨルとクウを抱きかかえ、俺たちは六階への階段に向かった。
道中の蟹と亀をさっくり倒しながら、階段前のボス蟹には昨日と同じく総力戦で当たる。
足を斬り飛ばしたりと、村長もかなりの活躍ぶりだった。
ただ次の七階。
うっかりしていたが、剣士だと魔力が半分以下になってしまうのだ。
おかげで期待していた<照破>がさほど使えず、ミアたちの負担軽減とまではいかなかった。
そのうっぷんを晴らすためか、村長は塔ではなかなかの暴れようだった。
スケルトンどもと数合打ち合ったりして、剣の腕も少し上達していたようだ。
最上階で新しい呼び鈴は見つからなかったが、ボロボロの剣と盾は数を仕入れることができた。
まあ三度目は登らないかも。
「さてボススケルトンだが、今日はヨルとクウも参加していいぞ」
「いたみいるー」
「くー!」
二日連続だと、すねてしまうからな。
それに二匹抜きでも倒せる確証はもうできたので、リスクはそうそう取らないつもりだ。
あと時間の短縮も大切だしね。
<ぱたぱた>と<びりびり>のコンボで危なげなく大きな骸骨を倒し、アイテムを回収してから骨子ちゃんを作り直す。
これも検証してみたのだが、基本的に骨たちはどこでも呼び出し可能であった。
ただ問題が一つあり、材料である骨がないと無理なのだ。
そしてその骨であるが、犬の骨で試したところ普通に人の形になってむっくり起き上がったのだ。
推測でしかないが死者の魂を呼び出すとかではなく、竜牙兵のような存在なのかもしれない。
いわゆるボーンゴーレム系というやつだろうか。
強めのボススケルトンの体で形成した骨子ちゃん一号と二号を従え、俺たちは緑に覆われた次なる階へと向かった。
次回、やっと8階です。
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