ちょっとした職業事情
「今日はよろしく頼むぜ! あんちゃん」
一晩ぐっすり寝たら、鍛冶屋の青年のご機嫌はコロッと元通りになっていた。
何事も引きずらないその性格は、正直ちょっと羨ましい。
酒場に元気よく入ってきたヘイモに、頭を下げてテーブルの上に昨日拾ったボロボロの武具を広げる。
「昨日は約束を忘れて置いていって悪かったな。これよかったら何かに使ってくれ」
「お、なんだこれ! くれるのか?」
「状態の悪い物ばかりですまないけどな」
「いや、助かるぜ! これは捗るな!」
聞いてみると、どうやら農具の破損が増えているらしい。
急激に身体能力が向上した一部の村人たちが、力の加減や限界が分からず酷使してしまった結果とのことだ。
村で唯一の鍛冶屋業を営むヘイモであるが、その仕事の大半は鋳掛けという修理作業である。
あとは釘や鍋などの生活費需品を作ったり、鈍った包丁を研いだりしていたと語っていた。
ゲームで鍛冶屋と言えば、剣や鎧をひょいひょい作ってくれるイメージだが、こんな平和な農村じゃ武器や防具の需要は皆無だしな。
あと材料の鉄もかなり貴重なので、古い品を溶かして打ち直すのがもっぱららしい。
「む、これいい造りじゃねえか。気に入ったぜ。うん、重さも手頃だ!」
ゴソゴソと武器の山を漁っていたヘイモだが、ボススケルトンが使っていた鎚矛を見つけたようだ。
子どものように目を輝かせて、嬉しげに掲げてみせた。
小柄ではあるががっちり筋肉のついた体型のため、大きな金属バットを構える強スラッガー感があるな。
「よかったら、今日はそれ使うか?」
「おう。こいつはしっくりきやがるぜ」
「じゃあ綺麗にしてやるか。ちょっと貸してくれ」
白魔石塊は貴重だが、昨日の詫びも兼ねて直させてもらおう。
いったん受け取ってアイテム一覧に仕舞い、錬成のコマンドメニューから<復元>を選ぶ。
一度やっておくと、こうやって登録されるのは本当に便利である。
なまくらな鎚矛を以前の状態に戻したところ、ダークメイスという黒塗りの武器に変わった。
「おっと、ただのメイスじゃなかったのか」
「なんだこりゃ! どうやったんだ!?」
詳しく説明すると、ヘイモは口をあんぐり開けた後、バンバンと俺の背中を叩いてみせた。
「錬成のあんちゃん、すげえな! そんなことまでやっちまうとはたまげたぜ!」
「いたた。ちょっと手加減はしてくれ」
「じゃあこれからは、修理はあんちゃんに頼むか!」
「いや、説明しただろ。魔石の塊を使うから、そうそうできないって」
「そうだっけ? うんじゃ、当分はオレがやるしかねえか。ちくしょう、喜んで損したぜ!」
修理業にこだわりは全くないらしい。
プンスカと地団駄を踏み始めたヘイモに、ヨルとクウが駆け寄って一緒に床を踏み出す。
ダンスか何かと勘違いしているようだ。
しばし踊り狂った一人と二匹は、ニヤリと笑いあった後、ハイタッチをしていた。
「じゃあ、行きますか」
「ええ。参りましょうか、深淵の地へ。ニーノ様」
重々しく俺の背後で答えたのは、ディルク村長である。
ヘイモの約束を果たしついでに、誘っておいたのだ。
こっちもそのままにしておくと、家庭崩壊するかもしれないしな。
「そうだ。よかったら、今日はこれ使ってください」
同じくボススケルトンが使っていた長めの剣を、<復元>して手渡す。
こちらはダークソードというアイテム名である。
おそらく材料がただの鉄ではなく、黒魔石を混ぜ込んだ魔黒鉄製なのだろう。
だとすれば闇の"欠ける力"が付随されるため、恐ろしい切れ味になるはずだ。
元のアイテム名がなまくらの剣なのは、なかなかの罠だったな。
ついでに短剣をダークダガーに戻して、パウラに渡しておく。
手ぶらであるミアの護身用とも思ったが、慣れない武器を使わせるほうが危険だと判断した。
「ありがとうございます。この刃であなた様に害為すものをことごとく屠って――」
「言い方が怖いです、パウラさん」
さらに二人の村人も選び、ようやくの出発である。
さて、ヘイモと村長の強さだが。
――――――――――――
名前:ヘイモ
種族:獣人種
職業:戦士(レベル:5)
体力:9/9
魔力:1/1
物理攻撃力:24
物理防御力:12
魔法攻撃力:3
魔法防御力:3
素早さ:8
特技:<感覚鋭敏>、<両手装備>、<強打>
装備:武器(ダークメイス)、頭(なし)、胴(鍛冶屋の前かけ)、両手(鍛冶屋の手袋)、両足(鍛冶屋の靴)
――――――――――――
故郷でそこそこ魔物を倒してはいたらしい。
まあ獣人種は魔力の値が低いので、そうやって鍛えないとこの世界の鍛冶屋業はできないからな。
物理攻撃力の高さは、さすがは戦闘種族である。
ダークメイスの恩恵も、半分ほどあったりするが。
あと<感覚鋭敏>は獣人種特有の加護で、ゲームでは潜んでいる対象を見つけたりと地味に役に立っていた。
ちなみに鍛冶屋は一般的な職業であり、戦闘職ではない。
まあ鍛冶屋のまま戦うゲームもあったりするが、ドラクロ2ではただの一般職であった。
あくまでも魔物を倒しステータスの数値が上がるのは、戦闘用の職業だけである。
そして残念なことに錬成術士もただの一般の職業であり、俺が魔物退治にいっさい参加しないのは、経験値が欠片も入ってこないからだったりする。
続いて村長だが、領主の館に務めていた時に剣の手ほどきを受けたという話であったので、今回は剣士に初期職業を変えさせてもらった。
――――――――――――
名前:ディルク
種族:鬼人種
職業:剣士(レベル:1)
体力:3/3
魔力:1/1
物理攻撃力:11
物理防御力:8
魔法攻撃力:1
魔法防御力:1
素早さ:4
特技:<自然治癒>、<攻撃回避>、<連撃>、<光癒>、<照破>、<清癒>
装備:武器(ダークソード)、頭(コウモリの羽帽子)、胴(村人の服)、両手(なし)、両足(革の短靴)
――――――――――――
今さらだが職業は、鍛えたレベルが保持されるため好きなだけ変更可能である。
ただ上昇したステータスの数値は他の職業には影響せず、その職業のレベルに合わせて下がってしまうが。
しかし利点はあって、覚えた特技だけは流用できるのだ。
つまり今の村長は剣を振るいながら、治癒術も使える凄い便利な剣士であったりする。
むろんそれなら転職しまくれば万能職になれると思われがちだが、そう甘くはない。
特技を覚えられる数は、上限が決まっているのだ。
しかも忘れることはできないため、枠が埋まればそれ以上は決して習得しない。
結局、色々とできるが、そこそこの技しか使えない器用貧乏キャラのできあがりというわけである。
もっとも初期職業も二、三種類程度の転職であれば、十分におすすめである。
中位や上位の職業は、特技自体を強化していく形が多いため枠に少しだけ余裕ができるのだ。
そこを便利な特技で埋めると、意外な動きができるというわけだ。
さらに複数の職業の特技を覚えることが、中位や上位の職業になる条件だったりもする。
例えば村長の場合だと、聖騎士までいくには剣士と治癒術士の両方の特技が必須となる。
そんなわけで黒い剣身を構えた村長と、禍々しい鎚矛を振り回すヘイモが仲間に加わったわけだが――。
「このやろう! このやろう! このやろう!」
「てい! やぁ! はぁ!」
二人ともめちゃくちゃ脳みそが筋肉であった。
ヘイモはちょっと予想していたが、まさか村長にもその素質が潜んでいたとは。
具体的には魔物を見つけた瞬間、止める間もなく突っ込んで思うがままに武器を振り回すのだ。
相手の数や強さとか、これぽっちも考えていない感じだ。
それでいてやたらめったらではなく、それなりに急所を捉えているのが始末に負えない。
うーん、突撃鳥なみの厄介さである。
他の村人たちが全くレベルが上げられないので、途中から二手に分かれての探索となった。
アイテムの回収をできるのは俺一人だけなので、駆けずり回る俺の苦労だけ二倍である。
まあ迷宮探索を心から楽しんでくれているようで、文句はないが。
いつもどおり地下五階で同行した村人のお二人には、畑仕事に移ってもらう。
まだまだ農地は広げておかないとね。
「おおお、なんだこれ! でっけぇ鳥だな!」
俺たちは、迎えに来た突撃鳥たちと一緒にゴブリンの集落行きだ。
トッちゃんとゲッちゃんは、昨日はこの階に置いていったのだが、すっかりゴブリンどもに手懐けられていた。
もう一つの鞍も完成しており、得意げな顔の邪妖精がまたがってる。
なので今もトッちゃんを操っているのは、ゴブリンだったりする。
俺はその後ろに座って、お客様かもしくは荷物扱いで運ばれ中である。
ヘイモもゲッちゃんに乗せてもらい、ご満悦のようだ。
興奮した面持ちで、辺りを熱心に見回している。
そして二十分後。
たどり着いた集落で俺たちを出迎えたのは、陽気な打楽器たちの音色であった。
ドンドコドン!
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