思わぬ拾い物
大きさは手のひらに収まるサイズで、取っ手の長さを入れても十センチほどだろうか。
鐘の部分は汚く変色しており、中の振り子も錆びついているのか固まって動こうとしない。
形状からして、主人が召使いを呼びつける鈴にそっくりである。
骸骨しか居ない古びた塔の最上階に落ちていた品としては、何気に意味ありげだ。
「この塔の主が使用していたとか、そんなところか……」
いつもの習慣でアイテム一覧を開くと、スルッと収納された。
名前は古ぼけた鈴。希少度は不明である。
「アイテム名が平凡過ぎて逆に怪しいな。うーん……、どうするかな」
「いかがされましたか? あなた様」
手のひらに鈴を出して転がしていると、パウラが興味深げに覗き込んできた。
無自覚っぽくも大胆な距離の詰め方に、俺の気持ちが少々揺らいでしまう。
嬉しいことは嬉しいのだが、他の男にもやられると、ちょっとばかり複雑な気持ちになってしまうというやつである。
どうやらそれが表情に出てしまったらしく、パウラは一瞬だけ驚いた顔を見せた後、嬉しそうに微笑んでみせた。
「こうやって身を寄せるのは、あなた様だけですよ」
「やっぱりわざとか……」
「それで、そんな変わり果てた品を、どうなされるおつもりですか?」
「ああ、こいつの正体が気になってな。うん、やらずに悩むよりは、やってスッキリすべきだな」
そう言いながら俺は皆から距離を取りつつ、アイテム一覧から魔石を取り出す。
といっても、いつも使ってる小粒の物ではない。
ボスモンスターが落とす魔石塊のほうだ。
光の上位となる常世の力。
その"癒やす力"を応用した錬成の名は<復元>。
物限定であるが、あらゆる品を正常な状態へ戻すことのできる他に類のない錬成術である。
ただし使う際の魔力の消耗は激しく、また魔石も特別大きな物が必要となってしまう。
さらに失敗すると、対象のアイテムまで消失してしまうペナルティまで存在していた。
息を整えて慎重に、頭の中に浮かんでくる図形を手元の鈴へ投写していく。
周囲の大気から吸い寄せられた魔素が集結し、淡い光となって俺の思うがままに線を描き出す。
それらを丁寧につなぎ合わせながら、完璧な魔を導く陣を練り上げる。
媒体となった白い魔石塊が氷のように溶け失せ、またたく間に小さくなっていく。
う、間に合うか。
しかし無理に速度を上げると、魔導陣に欠けが生じてしまう。
焦る気持ちをギリギリで押さえ込みながら、俺の指と意識は可能な限り速度を上げた。
そして小指の爪ほどに魔石の塊が縮んだところで、最後の線が結ばれる。
次の瞬間、完成した魔導陣によって変換された膨大な魔力が、ちっぽけな鈴へと注ぎ込まれた。
「ギリギリか……」
眩しい光が収まると、俺の手のひらには小綺麗な黒い呼び鈴が鎮座していた。
どうやら無事に成功したようだ。
ほっと息を吐いて顔を上げると、パウラとミアが食い入るように俺を凝視している。
それといつの間にか、足にはヨルとクウが蝉のようにくっついて顔を埋めていた。
「セ、センセ。今のなに……? なんか、めちゃくちゃビリビリきたんだけど……」
「まことによいものを見せていただきましたね、ミア」
自分の内部の魔力を使うだけの魔術と違って、外部の魔素を利用する魔導陣は周りの影響がかなり大きいからな。
バルナバス工房長が<復元>仕事をする時は、工房中がざわついたっけ。
その光景を思い出して、ちょっとだけ鼻を持ち上げそうになった俺だが、今はそれよりも確認が先だ。
黒い鈴をアイテム一覧に収納して、さっそく名前を確認する。
「えーと、冥土の呼び鈴レベル1……。希少度は星四個!?」
ユニークモンスターのドロップ品さえ飛び越えてしまった貴重さに、俺は思わず声を漏らす。
星四個は、少なくともこんな浅い層で手に入る品ではない。
しかも全く見覚えのないアイテムだ。
ただしそれを言うなら、こんなアンデッドしか居ない不気味な塔も、そもそも見たことないんだけどな。
「呼び鈴っていうからには呼べるのか?」
取っ手をつまんで軽く振ってみると、涼やか音色が鳴り響く。
同時に魔力が抜けていく馴染みの感覚が走り、眼前の床がいきなり盛り上がる。
瓦礫の中から身を起こしたのは、真っ白な一体の骸骨であった。
「くせものー!」
「くー!」
そして俺の足元から飛び出した二匹に容赦のないパンチとキックを食らって、瞬時に瓦礫に戻る。
「いや、倒しちゃダメだろ」
慌てて二匹を止めようとしたら、またもその拍子に鈴が鳴ってしまう。
たちまち散らばった骨が集まり、再び人の体を形成しながら立ち上がる。
「であえー!」
「くー!」
すぐさま粉々にされる骸骨。なんとも不憫である。
「パウラ、頼む」
「はい、あなた様」
豊満な胸に抱き寄せられチタパタとあがく魔物っ子たちを横目に、俺は三度目の鈴の音を響かせた。
前と同じように骨がみるみるうちに寄り重なって、一体の人の形を作り上げる。
出来上がったやや小柄な骸骨は、俺に向き直ると優雅に一礼してみせた。
「…………これは凄いな」
「えっ、なに? 危なくないの? どーなってんの?」
「心より感服いたします、あなた様。このような冥府の魔物でさえも、従えてしまわれるとは」
現れた骸骨には敵意の欠片もないようで、俺を見つめたまま身じろぎ一つしない。
眼球がないので、本当に見えているかは不明だが。
「スケルトンを呼び出せるのは分かったが、これからどうすれば……」
試しに呼び鈴を持ち上げてみると、骸骨は受け止めるかのようにそっと手のひらを向けてきた。
手渡してミアを指差す。
「あの子のところへ頼む」
頭蓋骨を前に傾げた骸骨は、音もなく歩きだし少女へと近づいた。
そして目を丸くするミアに、両手を添えて鈴を差し出す。
「えっえっえっ? 大丈夫?」
戸惑いながらも冥土の呼び鈴を受け取ったミアは、俺と目の前の骸骨を交互に見比べる。
「とりあえず振ってみてくれ」
「こ、こう?」
可愛く鈴の音が鳴り響いたが、瓦礫に埋もれる塔の最上階にはなんの変化もない。
俺以外では呼べないのか、それとも追加では無理なのか。
「よし、その骸骨にパウラへ鈴を運ぶよう命令してくれ」
「えっ、それくらいあたしがやるよー。はい、パウさま、どうぞ」
「いや検証してるんだ。言われたとおりで頼む」
「あっ、そっか」
腕を引っ込めたミアは、骸骨に恐る恐る近づくとパウラを指差しながら鈴を持ち上げた。
「これ、お願いします」
しかし骸骨は動こうとしない。
そのそっけない態度に、ミアはオロオロと焦った声を放つ。
「も、もしかして、機嫌悪い? その、なんか怒ってたりしてる……?」
「その鈴をパウラまで運んでくれ」
背後の俺からの命令に、骸骨はまたも頭の骨を傾けると呼び鈴を受け取ってパウラへと歩き出す。
これは面白い。
パウラが誰か分かっているのだ。
大人しくなった二匹を抱きかかえたまま、パウラは器用に鈴を受け取る。
そして俺に問いかけるように視線を向けてきた。
「よし、いったん骨を片すか。頼む」
「はい、ヨル、クウ。この骨を始末なさい」
「おかくごー!」
「くー!」
解放されたと同時に、物静かに佇む骸骨へ飛びかかる二匹。
またも人の形をした骨は、砕け散って床にばらまかれた。
「じゃあ呼び出してくれ」
「はい、あなた様」
軽やかに鈴の音が鳴り響くが、瓦礫は沈黙したままであった。
結果は分かりきっていたとばかりに微笑んだパウラは、俺に歩み寄って呼び鈴を手渡してくる。
そして二匹をまたも抱え込んで、頷いてみせた。
俺が鈴を振ると、骸骨は再び姿を現した。
まだ検証例は少ないが、おそらく俺以外には使用不可なようである。
それと命令も、俺以外からは受け付けないようだ。
他には一体呼び出すたびに、そこそこの魔力を消耗していた。
あと呼び出した後も、ちょいちょい魔力が抜けていく感覚がするので、維持するのにも魔力が必要であるらしい。
もっとも特技の<魔力回復>に相殺されて、不足するような事態にはならないっぽいが。
「うーん、戻し方が分からないな」
もう一度、鈴を振ってみると、さらにもう一体が現れた。
「え? まじか」
すぐにステータスで確認したが、維持費はまだ許容範囲のようだな。
ふと思いついて、錆びた剣とボロい木の盾を取り出して、それぞれ渡してみる。
うむ。
見事なスケルトンたちの出来上がりである。
「これはいいな。よろしく頼んだぞ。骨助、骨造」
「あの、あなた様……」
「その子たち、たぶん女の子だよ。センセ」
言われてみれば確かに背も低いし、骨盤も大きめで開いている。
そこでようやく俺は、アイテム名に隠されたもう一つの意味に気づいた。
「って、駄洒落かよ、おい」
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