新たな階へ
レベル1からの育成も、何回もやっているとずいぶんと慣れてくるものだ。
最近はもっぱらヨルとクウが、ひたすら攻撃を受け止める壁役を務めてくれている。
薬品なしでも物理防御力の差がありすぎて、ほとんどをまんまるのお腹でぽこんと跳ね返してしまうのだ。
体重差はどうしようもないので、コロコロと転がされることはあるが、全くもって平気なようだ。
おまけに素早さも上回っているので、誰かが狙われても割り込んでかばう程度は余裕だったりする。
コウモリの<金切り声>や大ミミズの<消化液>はちょっとやっかいだが、そこは<目くらまし>も<魅惑>も<水泡>もある。
妖精のヨーとゴブっちも、すっかり魔物集めの分担ができており、息のあったコンビとなっていた。
そんなわけで、突撃鳥たちにたまに邪魔されつつも、村人四名を無事にレベル15に仕上げて俺たちは五階へ到達した。
「それじゃあ、ミーくん、ミズさん、頼んだよ」
すっかり畑の番人と化した大ミミズ二匹に四人を任せ、俺たちは馴染みの集落へと向かう。
突撃鳥から何度も落ちそうになりつつも、寄り道はせず二十分ほどで到着。
ここまでで合計二時間弱と、すっかり行程に慣れつつあるな。
「お、今日は何して遊んでるの? めっちゃ面白そうじゃん」
「これはまた、たいへん楽しそうですね」
女性二人が声を上げるのも納得である。
本日のゴブリンの集落の広場では、ファッションショーが開催されていた。
恐鳥の革を使った上着に、角うさぎの革製の腰巻き。
コウモリの羽の帽子やスカーフに赤い羽根を綺麗に飾り立てるなど、各々が思うがままに気に入った格好をしている。
それを審査員らしいゴブリンたちに見てもらって、拍手の数で善し悪しを決めているようだ。
ほぼ同じ素材を使っているのだが、よく見ると細かいセンスの違いが出ており意外な驚きがある。
コウモリの羽の巾着袋とかよく作ったな。
「えっ、あたしらも?」
「あら、いいのですか? ありがとうございます」
さっそくミアとパウラも取り囲まれて、革製の服に着せ替えさせられる。
金髪の少女は、ふわりと毛を残した柔らかそうなうさぎ革の上下に、大コウモリの羽ケープにコウモリの羽帽子。
褐色肌の美女は、ぴったりとした恐鳥の革の上下で、二人のよさが引き立つチョイスである。
実はそろそろ作れるかと思って、ミアとパウラの新たな装備品を頼んでおいたのだ。
しかし細部はまだ少し粗いが、思っていた以上によくできた仕上がりだな。
野暮ったいローブ姿や村娘丸出しの時とは、別人のように似合っており可愛らしい。
と感心していたら、俺もいつのまにかゴブリンたちに囲まれてしまっていた。
「え、まさか……、俺の分も?」
ワクワクしながら脱がせやすいよう体の力を抜いていたら、静かに首を横に振られた。
違うらしい。
ゴブリンたちに引っ張られて連れて行かれたのは、作業机の前であった。
そこには手本として置いていったロバ用の鞍が、どんと乗せられている。
が、その隣にそっくりだが一回り大きなシルエットを見つけ、俺は思わず息を呑んだ。
「まさか、もう完成したのか!? 本当に凄いな。ありがとう!」
それは突撃鳥用の鞍であった。ちゃんと足をかける鐙付きのやつだ。
急いで門の外へ持っていき、トッちゃんの背中に乗せて革紐を腹に回して固定してみる。
かがんでもらって、さっそく跨がると、めちゃくちゃ安定して乗りやすい。
うんうんうん、これはいい物だ!
だがやはり不快感があったのか、振り向いてくちばしで突かれてしまった。
「まあ、少しずつ慣れてもらうしかないか」
手綱もまだできていないしな。
集落へ戻ると、今度は赤羽根に袖を引っ張られた。
小屋の一つに入ると、翠硬の実が山積みになっている。
巡回偵察の部隊に集めてもらっているやつだ。
この階は広すぎて、オリーブの木を一つ一つ回るのに時間がかかり過ぎるのだ。
俺が触れると実の回収は一瞬で済むが、一個ずつ手作業で取るのも可能ではある。
幸いにも人手ならぬゴブリン手は余っているので、お願いしておいたという次第だ。
「キヒヒヒッヒ!」
「はい、ご苦労さん」
しかも集めているのは、オリーブの実だけではない。
角うさぎの死骸も高々と積まれている。
一瞬で特殊空間にそれらを仕舞い込んだ俺は、代わりにうさぎの肉と塩、それとなめしたうさぎの革を取り出す。
新たに山と積まれた品々に、赤羽根はクスクスと笑った。
「よし、またお土産も持ってくるから、楽しみにしておけよ」
「ゲヘヘヘッヘ!」
肉と革の加工はゴブリンどもへ任せ、俺たちは先へ進むことにした。
ゴブリンキングの部屋を覗くと、見当たらないと思ったヨルとクウが仲良く戯れている。
どうやら妖精銀の王冠をかぶったり脱いだりして、キングと鬼ごっことだるまさんが転んだを合わせたような遊びをしていたようだ。
さっくり倒して新しい冠と骨の棍棒を回収し、鉄格子の先へと進む。
「さーて、六階も後少しだな」
「今日はどっちからいくのー? センセ」
「そうだな。東側の確認も終わったし、そろそろ先に進むか」
地底塩湖のある六階だが、壁に沿って東西に道が続いている。
東側は緩やかに曲がりながら北へ向きを変えて、三十分ほどでいきなり途切れる。
突き当りには大亀と大蟹のセットが出たくらいで、特別に何か目を引くものはなかった。
そして逆の西側。
こっちも少しずつ北へカーブを描き、同じく三十分ほどで道は水で阻まれて終わる。
ただしそこには鉄格子付きの階段と、さらに大きな蟹が待ち構えているが。
地図を埋めてみると、基本的に一本道の簡単な階であった。
ほとんどが湖で占められているので、仕方がないと言えば仕方がないが。
「それに肝心の湖の奥は、まだ行けてないしな」
「ふふ、それは楽しみですね、あなた様」
「いや、全然楽しくないだろ……」
真っ暗で底の見えない水の上を移動するとか、ゲームでも怖すぎて無理な話だぞ。
おまけに地図の表示された部分からみて、湖は全長数キロは確実だ。
「地続きの場所に、階段があってくれて本当に助かったよ」
道中で蟹や大亀をヨーに釣り上げてもらいながら、細い道を危なげなく進む。
あまり長居はしたくない場所だが、素材は大人気だしな。
階段前はボス蟹のみで取り巻きの雑魚は居らず、地面もやや広くなっているため安心して戦えそうであった。
現在のメンバーは、アタッカー兼盾役のヨルと、アタッカー兼引きつけ役のクウ。
飛び回って撹乱する妖精のヨーと、弓で援護するゴブっち。
足元で地味にダメージを与え続ける青スライム二匹。
あとは後衛のミアと、中衛かつ司令塔のパウラ。
以上である。
突撃鳥は新しい場所に連れて行くのは不向きなので、芋っちと一緒に集落に残ってもらった。
「よーし、さっくり倒すか」
開幕は獣っ子と鳥っ子が飛び込んで、ボス蟹の注意を引きつける。
馬鹿でかい蟹はのっそりと反応しながら、俺の胴体を真っ二つにできそうなほどの巨大な鋏を振り回した。
おそらくボスなので、レベルが加算されて21以上はあるだろう。
だがヨルとクウのほうが格段に速い。
大ぶりの二本の鋏は、何度も宙を虚しく断ち切るのみだ。
そこへこっそり近寄った青スライムたちが、べしべしとぶつかっていく。
すでにレベル20に到達していたスーとラーには、当然新たな特技が生じていた。
最初は水袋をぶつけるような音が、次第に岩の塊で殴るような音へと変わる。
中位の凍える力を応用した<凍身>という特技で、体の内部を氷の塊にして<体当たり>しているのだ。
足の関節を砕かれたボス蟹は、耐えきれずに<水泡>を連続で吹き出して身を守ろうとする。
そこへすかさず<風刃>と矢が飛んできて、次々と泡が弾けて消えてしまう。
<水泡>はダメージを無効化できるが、一時きりという弱点は致命的でもある。
ならば次の特技<鋏のまもり>を発動し、ボス蟹は両腕で前面を覆う壁を作る。
そこへふわりと舞い下りた妖精のヨーが、チュッと可愛く口づけた。
――<妖精の接吻>。
混乱を引き起こす状態異常系の特技だ。
せっかくの固い守りを自ら放棄して、めちゃくちゃに両手の鋏を振り回しだす大蟹。
そこへ鞭を鳴らしたパウラが、鋭く指示を飛ばした。
「行きなさい、ヨル<ぎゅん>、<しっぽ>、クウ<びりびり>!」
がら空きとなったボス蟹の腹部に一瞬で潜り込み、伸ばした尻尾を突き刺すヨル。
小さな体に紫の電流をまとい、天井近くから急降下するクウ。
全身を焼け焦がし甲羅を紫色に染めた大きな蟹は、身を反らして地面へ仰向けとなった。
八本もの脚がもがくようにいっせいに痙攣し、その口元から吹き出した泡が甲羅を伝って滴り落ちる。
ボス蟹の動きは次第に緩慢になり、やがて静かに止まった。
同時に鉄格子が、ゆっくりと持ち上がりだす。
「かちどきー!」
「くぅー!」
「あんなに大きいのに、なんかあっさりだったねー!」
「お疲れ様。レベルをきっちり上げておくと、見てて全然不安じゃないな」
「あなた様、ヨルとクウが物欲しそうにしておりますよ」
よだれを垂らす二匹に大蟹の肉を存分に食わせたところ、ヨルの手に鋏が生えた……。
といってもどこかのセミ型星人のようではなく、肘の部分から突起が飛び出してきたのだ。
普段はしまっておけるようで、必要となれば伸ばして突き刺す感じだろうか。
回収物は小さめの青魔石塊一個と、大蟹の甲羅と大蟹の肉であった。
他には何もないようなので、次へ進むことにする。
七階で俺たちを出迎えたのは、またも一面を石に覆われた人工の通路であった。
ただし白照石は一つも見当たらず、全てが真っ暗な闇に包まれている。
床もかなり年季が入ってるのか、ところどころが割れたり欠けたりしており、壁にも何箇所か亀裂やヒビが生じている。
これも一転して、不気味な印象である。
「だいぶ古臭い感じだな」
「うー、なんかかび臭くない?」
「ヨー、お願いします」
「クヒヒ」
ほのかに光らせた翅を羽ばたかせて、妖精がゆっくりと通路を先導していく。
が、五メートルも進まぬうちに、ぴたりと止まってしまう。
淡い光に照らし出される石造りの通路。
そこに音もなく浮かび上がったのは、誰かの人影であった。




