慌ただしい二日間とさみしいお別れ
「キヒヒヒヒ」
「グヒグヒグヒ」
「ケヘヘケヘヘ」
邪妖精たちの集落は、今日も元気に不気味な笑い声がこだましていた。
いまだに柵には大穴が空いており、櫓もまだ半分ほどしか組み上がっていないが、すくなくともゴブリンたちに変わりはないようだ。
今日はどうやらにんにくを焼くと美味いと気づいたらしく、広場の中央にある骨のかまどのそばで大騒ぎしている。
赤々と燃える火に、枝に刺したにんにくを突き出して焼き加減を見極めているようだ。
いかに上手く焼けるかを競っているのか、少しだけかじっては嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべあっていた。
「なんか、すっかり火を使いこなしてるな……」
「みんな、おりこうだねー。ねっ、ねっ、すごいでしょ、カリーナおばさん」
「地面の下に、こんな場所まであるのですね……。恐ろしくもあり、愉快でもありますね。ええ、あの人が夢中になるのも分かります」
俺たちに気づいたのか、ゴブリンたちは焦がしたにんにくを手にいっせいに駆け寄ってきた。
たちまち充満した香ばしい匂いに、ヨルとクウが飛び上がって俺の胸に飛び込んでくる。
そして鼻を埋めて、いやいやと可愛く首を横に振った。
「ごしょうー」
「くー!」
この匂いは苦手だったか。
かといって無邪気に寄ってくるゴブリンたちを、邪険に追い払うのも可哀想だしな。
子どもに道端で拾ったセミの死骸を満開の笑顔で見せに来られた母親の気分だ。
「キヒキヒ!」
「あなた様、ヨルとクウはわたくしがお預かりしますね」
とか悩んでいたら、ゴブっちがさっそうと前に出て、壁となってゴブリンどもを押し止めた。
さらにパウラが手を差し出して、二匹を受け取ってあやしてくれる。
そのままゴブっちが護衛となって、ヨルとクウを門の外へ連れ出してくれた。
「よし、今のうちに進めるか」
手を振って場所を空けさせた俺がアイテム一覧から取り出したのは、大きな机だった。
酒場から借りてきた品である。
そこへ追加で、なめした恐鳥の革をドサリと積み上げる。
「じゃあ、お願いしますね。カリーナさん」
「本当に私でいいのですか?」
「はい、こいつらに一から叩き込んでやってください」
道すがら説明しておいたが、まだ少し不安げな鬼人種の女性に俺は大きく頷いてみせる。
実はカリーナさんは若い頃にお針子をしていたらしく、村で一番の裁縫の腕の持ち主なのだ。
今回はその腕前を生かして、ゴブリンたちにいろいろ教えてやってほしいと頼んだというわけである。
と言っても革はあまり扱ったことがないらしく、困り顔の末に引き受けてもらったが。
「そうね。一緒に作ったほうが分かりやすいかしら」
紐でできた巻き尺やゆるい弧を描く物差し、大きな裁ち鋏を持参したカバンから手早く取り出すカリーナさん。
しばし腕を組んで考え込んだ後、興味深げに寄ってきた一匹を指定する。
「うん、まずあなたからにしますか」
脇に立たせたゴブリンの肩や背に紐を当てて長さを測り、白墨で広げた革に印や線をつけていく。
みるみる机に集まってきた観客を前に、カリーナさんは大胆に鋏を入れて革を断裁してみせた。
感心したように、邪妖精たちの笑い声が上がる。
どうやら、袖なしの胴着を作る予定らしい。
しかし慣れていないせいか、固い革に針を通す段階でやや手こずってしまったようだ。
何か手助けをすべきかと考えていたら、一匹のゴブリンが進み出て針を通す箇所をいきなり指差した。
そしてひったくるように奪ったか思うと、手に持った固く尖った物で、白墨の線に沿って正確に穴を刻んでいく。
返したもらった革に針を刺したカリーナさんは、驚きに目を見張った。
「あら、楽に針が入るわ。あなた凄いのね」
褒められたゴブリンは、耳元まで裂けた口で照れたように笑みを浮かべる。
そしてちょっとだけ自慢気に、手にしていた恐鳥の足の爪を持ち上げてみせた。
その仕草で、俺はハンスさんが驚きながら語っていたことを思い出す。
この階には鉄などが存在しないため、ゴブリンたちの使う道具はもっぱら恐鳥のくちばしや爪であるらしい。
それらをよく磨いて尖らせたもので、木を器用に削って加工しているのだとか。
だから実はこの集落の建築物には、釘が一本も使われてなかったりする。
ちゃんとした道具を与えたら、どれほどになるか今から本当に楽しみである。
使い途を思いつかなかった恐鳥の爪を半分ほどゴブリンたちに提供して、俺は赤羽根と話し込むハンスさんの元に向かった。
またも新しい発見があったのか、興奮気味に何度も頷いている。
「見てください、ニーノ様。これ、彼らだけで思いついたんですよ。いやあ、驚きましたよ」
そういってハンスさんが指差したのは、木の板に並べられた肉片であった。
近づいてよく見ると、突撃鳥の生肉に塩がすり込んであるようだ。
「これって……。干し肉ですか?」
「ええ、まさに干し肉ですよ!」
「キヒヒヒヒ!」
思わず尋ねてしまった俺に、ハンスさんと赤羽根が得意満面に頷いてくる。
てっきり焼いて食うかと思っていたが、ゴブリンたちでもさすがに恐鳥の肉は固かったようだ。
そこで生のまま塩をまぶしてみるということを思いついたらしい。
本当に料理法を編みだすとは、ゴブリンってマジで侮れないな。
と感心していたら、まだあった。
「センセ、これゴブゴブたちが糸にしてほしいってー」
「どうしたんだ、これ?」
「芋っちがくれたって言ってたよ」
ミアが差し出してきたのは、白いほわほわとした手触りの塊だった。
とりあえず特殊空間に回収してみると、繭玉というアイテム名が出る。
「え? これって芋っちの特技で見たぞ」
ひそかに"貪欲なる恐嘴"の戦闘でレベル20になっていた大芋虫の芋っちだが、その際に<繭玉>という新しい特技を習得していたのだ。
見たことがなかった技のため後で確認しようとして、うっかりそのままになっていたのを思い出す。
ミアに引っ張られてついていくと、木で組んだ台座の上に大芋虫が鎮座していた。
ゴブリンたちにパタパタと大きな赤い羽根で扇いでもらっていた魔物は、不意に大きな白い塊をぽいっと吐き出す。
すかさずゴブリンの一匹が、それを受け止めて誇らしげに持ち上げた。
どうやら芋っちは体力を消耗して、この繭玉を量産しているようだ。
とりあえず<分解>してみると、絹糸二束になった。
…………こんな特技もあるんだな。
一通り見て回った俺たちは、カリーナさんと芋っちを集落に残し、やっと五階の残りの区域の探索に出発する。
奥の壁に沿って東へ向かうこと二時間。
ようやく行き止まりに辿り着く。
トッちゃんに乗っての道のりのため、明らかに南北方向よりも距離がある。
ただし東側は途中から砂地が目立ち始め、耕作地にはやや不向きなように思えた。
新しい採取物や魔物に遭遇することもなく、まれに穴から顔を出す角うさぎに出会うだけであった。
なんとなくであるが、"貪欲なる恐嘴"が襲ってきた方角からして、この東側の砂地方面が恐鳥たちの発生地なのかもしれない。
ゴブリンの集落に引き返すと夕方近くとなった。
革の胴着はしっかり完成したようで、身につけた第一号がご機嫌な足取りで飛び跳ねている。
「うわー、似合ってんじゃん! やるねー」
「ほほう、これはいい革鎧ですな。見事な仕事ぶりです」
「あっぱれー」
「くう!」
口々に褒める面々であったが、ゴブリンの下半身は丸出しのままである。
俺の視線に気づいたのか、カリーナさんは困った顔で微笑んでいた。
手土産用に六階で蟹と亀を三十分ほど狩ってから、農夫の方たちを回収して五日目も無難に終わった。
翌日、またも新しい村の人のレベル上げだ。
弓士に関してはまだ時間がかかりそうなので、戦士と魔術士、あと指導役のカリーナさんを連れて行く。
にんにくは植えきってしまったので、犬の骨を<粉砕>した骨粉を次の予定地である畑に撒くようお願いした。
ゲームではすぐに効果が出ない肥料だったので、新たな作物に備えてじっくりと土作りをしてもらおう。
集落ではカリーナさんが残した道具を使って、すでに数着の新しい革鎧が完成していた。
今日は袖付きや、ズボンにも挑戦するらしい。
干し肉作りも順調なようだ。赤羽根に追加の塩をもっとほしいと頼まれた。
ただ、柵や櫓の補修はあまり進んでいないようである。
新しいもの好きなゴブリンたちには、気に入ったことばかり優先するきらいがあるのかもしれない。
俺たちは昨日と逆で、西側の探索だ。
「あなた様、あれは?」
「お、なんだ。池かな……?」
西の行き止まりにあったのは、真水を湛えた大きな池であった。
いや湖かもしれない。
ちょっとその辺りの違いは分からないな。
石を投げ込んでみたが、結構深いようだ。
池の周りには草花が多く繁っており、小さな虫たちが飛び交い可憐な花が咲く草原もあった。
「ほう、なんか居そうだな」
「…………魔物らしい気配はないように思えますね」
三十分ほど粘ったが、パウラの言った通りであった。
ただし薬の材料になりそうな草花が、少し見つかったのはよかった。
ここまで採取にくるのは大変そうだけどな。
これで五階をほぼ制覇した俺たちは、集落に戻り六階で地図を埋めながら経験値稼ぎに勤しむ。
獲物は少なめであったが、なんとか引き上げる直前にハンスさんの剣士のレベルを20にできた。
そして翌日。
「ハンス叔父さん、おみやげ忘れたら怒るからねー。あとちゃんと怪我とかなくて帰ってこないと、もっと怒るからねー!」
「たっしゃー」
「くー!」
「旅のご無事をお祈りしております。十分にお気をつけください、ハンス様」
「ハンスさん、しっかり売り払ってくださいね。それと、いざって時は薬ばんばん使ってくださいよ」
俺たちの別れの言葉に、御者台に腰掛けた男性はにこやかに手を振ってみせた。
「では、みなさま行ってまいります」
かくしてハンスさんは、たっぷりの荷物と俺たちの希望と注文を馬車に積み込んで、王都へと旅立っていった。
明日は第三者視点となります。




