四日目終了
鍋もあらかた空になったところで、俺はようやく一息ついた。
大きく伸びをしながら天井を見上げると、太陽岩の輝きがややくすみかけている。
地上の太陽と連動しているはずなので、そろそろ午後三時か四時過ぎ辺りか。
本日の予定だった五層の探索は、もう確実に無理そうだな。
まあ今日は、たっぷり収穫もあったことだしな。
そう思いながら見回した広場のあちこちでは、満足しきった顔のゴブリンたちが何やらご機嫌に笑いあっている。
ミアとパウラも仲良く並んで腰掛けながら、おしゃべりに夢中なようだ。
「なるほど。殿方は押してばかりではダメなのですね」
「うんうん。たまにつれなくするのも効果的だって、ローザおばちゃんが言ってたよ」
「勉強になりますね。わたくしはすぐ尽くすことだけ考えてしまって」
「男は追いかけたがる生き物だって、エルゼさんも言ってたなー。パウさまももっと逃げなきゃね!」
誰だよ、ミアに余計なことを吹き込んだのは。
楽しげに会話を続ける二人の膝には、やりきった顔のヨルとクウがすやすやと寝入ってしまっている。
頑張りすぎて、そうそうに限界がきたようだ。
今日のダンジョン探索はここまでかな。
肩の力を抜いていると、背後から穏やかな声がかけられる。
「ご苦労さまでしたな、ニーノ様」
「ああ、ハンスさん。首尾はどうでしたか?」
「はい、いろいろと参考になるお話が聞けましたよ」
給仕で忙しかった俺に代わって、ゴブリンどもから情報を仕入れてきてもらったのだ。
むろん言葉は通じないが、身振り手振りで意外となんとかなるものである。
「まず、あの突撃鳥ですが、こちら側の壁際にしか見ないそうです」
「それは朗報ですね」
入口付近で農作業中の村の人たちが襲われる心配がなくなったことに、俺は胸を撫で下ろした。
畑作りの最中に凶悪な魔物の群れの乱入とか、洒落で済む話ではない。
「鳥の群れはあちこち移動するらしく、ゴブリンたちも見張りを出して警戒していると言ってましたね」
「もしかして二度目の時に襲ってきた五匹組かな。いや、階段の近くには鳥は出ないんですよね」
「そっちはたぶん、角うさぎ狩りやにんにく集めの巡回かと」
「なるほど。うさぎは大事ですからね」
角が矢尻になるのはもちろん、ボロボロの布だと思っていたゴブリンの服装だが、あれは剥いだ角うさぎの皮を叩いて伸ばしたものらしい。
「後はちょっと分かりにくかったのですが、鳥たちの襲撃はあの天井の明るい岩が二十回か三十回ほどのまばたきで、一度あるかどうかという話でした」
「だいたい一月に一回程度ということですね」
「それとあのとても大きな鳥には、何回も村が壊されたと嘆いていましたよ」
ハンスさんは笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「でも、ニーノ様が居られるから、もうちっとも怖くない。だそうですよ」
「…………俺もあんまり相手したくはないですけどね」
"貪欲なる恐嘴"の復活の頻度が、どれほどかによるな。
年に一回くらいなら、肉祭りを開くのにちょうどいいかもしれない。
「そういえばオリーブでしたっけ、あの木は切り倒すと十日前後で戻るらしいです」
「早いな!」
それも朗報である。
意外と木材にも不自由しないのかもしれない。
「ああ、まだありました。これもどうぞ」
ハンスさんが手渡してきた革袋を開くと、赤い魔石がジャラジャラ出てきた。
「どうしたんです? これ」
「赤羽根さんからです。仲間からは受け取れないとのことで」
「変なところで義理堅いな。取引相手のほうが付き合いやすいんですがね」
「そうかと思って、代わりの品を手渡しておきましたよ」
ハンスさんの視線に釣られて顔を向けると、ゴブリンどもが懸命に木を擦り合わせているところであった。
そして出来上がった木くずに、火打ち石らしきものを懸命に打ち付けている。
見ていると小さな煙が上がり、ゴブリンどもは飛び上がって喜びだした。
やれやれ、次来た時に集落が全焼してなきゃいいが。
「俺も何か渡しておくか」
そう言いながら突撃鳥の肉と塩の詰まったスライム袋を、山盛りにして甲羅の鍋の横に置いておく。
新しい料理なんかを、そのうち開発してくれるかもしれないな。
それからハンスさんの話では、皮の盾やコウモリの羽帽子を職人たちに見せたところ非常に興味津々であったらしい。
ゴブリンたちに火の概念が芽生えつつあるように、裁縫や革細工の技術も上手くいけば育つかもしれない。
「うん、明日あたり紹介してみるか。…………じゃあ、今日は引き上げますか」
「はい、さすがにいろいろと疲れましたな」
俺たちが引き上げる段階になって、ゴブリンたちは盛大に嘆き悲しんで引き留めだした。
…………芋っちを。
なぜか俺よりも大芋虫が大人気らしい。
結構、集落を守るために奮闘していたから納得だが。
そんなわけで芋っちは、ここに残していくことにした。
妖精のヨーが、少しばかり寂しそうに飛び回っていた。
「い、意外と高いな。あと結構揺れるな。おっとっとっと!」
「いけー、ゲッちゃん! はっほーい!」
何をしているのかと言うと、帰り道にふと思い立って突撃鳥の背中に乗せてもらったのだ。
羽毛が柔らかく座り心地はいいのだが、走り出すと尻が激しく弾むのですぐに落ちそうになる。
見ていると頭部は全くぶれていないが、胴体部分の躍動が半端ない。
確か恐鳥類って、獲物を逃さないよう三半規管がすごく大きいってのは聞いたことがあるな。
「こ、これは鞍と鐙が、ぜ、ぜひともほしいな。う、舌噛みそうだ」
ただし首に掴まってやっとの俺と違い、ミアは涼しい顔で突撃鳥を乗りこなしている。
これが若さというやつか。
しかも、さらに驚くべき事実も判明した。
そこそこ速い突撃鳥の早足に、ハンスさんとパウラが平然とついてきたのだ。
普通の人間ならすぐに息が上がりそうだが、二人ともなんでもない顔で並走してくる。
「へ、平気なのか?」
「ええ、大丈夫です。…………むしろこれまでは、あなた様の足に合わせていたので遅かったのですよ。ご自覚がおありでなかったのですか?」
「そうだったのか。す、すまなかったな」
全く気づいていなかった指摘に俺が謝ると、なぜかきつい物言いをしてきたパウラが狼狽した顔つきになった。
そして足を早めてトッちゃんを追い抜くと、前を走るミアとゲッちゃんのコンビに追いついてごしょごしょ相談を始める。
「ミア、わたくしには無理です。心が張り裂けそうになってしまいます」
「がんばだよー、パウさま。うっひー!」
みるみる間に距離を空けていく二人を見送っていると、ハンスさんが優しく声をかけてくれた。
「もっと背筋を伸ばしたほうがよろしいですぞ、ニーノ様」
「はい、こうですか」
「ふむむ、よろしければ使っていないロバの鞍が村にございますので、戻ったら付けてみましょうか?」
「ええ、お願いします。ところでハンスさんも平気なんですか?」
人間で言うとジョギングに近い速度だが、ハンスさんは汗も浮かべていない。
「はい、この地下迷宮に来て二日目ですが、ここの空気を吸っているだけで、体が全く変わってしまった感じがしております。魔素というものは素晴らしいですが、……恐ろしいものでもありますな」
その言葉を、俺は階段前に到着してさらに強く実感する。
村の人たちに頼んでいた畑だが、呆れるほどの広範囲が耕されていたのだ。
「先生様、どうだい? ちょっと頑張ってみたぜ」
「ふへー、ここは全く疲れねえし、不思議な場所だなぁ」
「あらま、大きな鳥だねぇ! でもあんまり可愛くないねぇ」
突撃鳥の感想はどうでもいいが、この働きぶりは異常である。
ステータスの数値は相対的とか言ってしまったが、やはり上がった分だけ影響はあるようだ。
半日のレベル上げで、別人のようになるとかヤバ過ぎるな……。
さて本日の収穫物。
一階から四階はほぼ同じなため省略。
地下五階。
白魔石塊(小)一個。赤魔石五個。緑魔石三十一個。
ゴブリンの護符十個(希少度星二個)。
野うさぎの角五個。野うさぎの皮四枚。野うさぎの肉四個。
突撃鳥の肉十九個、突撃鳥の皮三十六枚。
突撃鳥の爪百六十一個。翠硬の実十六個。
妖精銀の冠(希少度星二個)。恐鳥の大骨。
貪欲なる大皮六枚(希少度星三個)。
貪欲なる爪六個(希少度星三個)。
美味なる巨鳥の肉三個(希少度星三個)。
錬成済み。
翡翠油二十一瓶。
地下六階。
青魔石三個。
大蟹の甲羅二個。大蟹の肉二個。海亀の肉一個。
錬成済み。
迷宮塩四袋。
あとは返却された赤魔石八十五個か。
肉がずいぶんと増えてきたな。あとは皮も頑張ってなめしておかないとな。
新たに仲間になったのは、突撃鳥のトッちゃんとゲッちゃん。
今後の移動手段にもなってくれそうで、期待の新魔物たちである。
今回はユニークモンスター戦があったので、各自がそこそこレベルアップしている。
クウがレベル23でヨルがレベル22。
パウラ、ミアがレベル20。あと芋っちもレベル20だったな。
妖精のヨーとゴブっちがレベル19で、スライム二匹とハンスさんがレベル18。
突撃鳥の二匹はレベル16である。
特技も増えたりしたのだが、それに関しては次回の地下迷宮探索時に詳しく見よう。
なんだかんだとありつつ、イベントだらけだった四日目も無事終了である。
今日はおねだりの文章が思いつきません。
えっと、よろしくです。




