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勝利の宴



 とても柔らかな感触とともに、甘い何かが唇を割って入ってくる。

 背中の痛みが和らいだ気がして、俺は思わず舌を伸ばした。


「ン、ンクッ、ンンンン」


 貪るように吸い付き、懸命に舐め取る。

 口内に入ってきた液体を飲み干しながら、俺の舌はさらなる甘味を求めて奥をまさぐった。

 そこに柔らかい突起を見つけた俺は、舌を絡め引っ張り出そうと試みる。

 

「ンンッ、あ、あなた様」


 聞き慣れた呼びかけに、夢中になっていた俺は驚いて両目を開いた。

 そしてほんのすぐ近くにあった赤みを帯びた瞳と、ばっちり視線が合う。


「え、パウラ?」


 思わず驚いて口を開くと、ゆっくりと見知った顔は離れていく。

 同時にその唇から、細い唾液の糸が弧を描きながら伸びてぷつりと切れた。

 

「い、今のは……」

「お気づきになりましたか? お体の加減はいかがでしょうか?」

「あ、ああ」


 優しく微笑んでくるパウラを見上げながら、俺はようやく美女に膝枕されているのだと気づく。

 馬鹿でっかい鳥に櫓の上から落とされた拍子に、少しだけ気を失っていたようだ。


 そう言えば激しく地面に叩きつけられたはずだが、その痛みは不思議と薄れつつある。

 これは前にも味わったことのある魔活回復薬の効果と同じだな。

 問題は、気絶していた俺にどうやってそれを飲ませたかだが……。

 

 パウラのきめ細やかなチョコレート色の肌がわずかに上気しているのを見ると、聞くだけ野暮というものか。

 

「ありがとう、たすかっ――」

「あるじどのー!」

「くー!」


 無難に礼だけ述べようとした俺の胸に、いきなり飛び込んできたのは毛玉と羽玉の二匹だった。

 そのままヨルとクウは、俺の頬に熱心に頭を擦り寄せてくる。


「たっしゃー」

「くぅ!」


 ふわふわとくすぐったい感触に口元を緩ませながら、俺は二匹の頭や背中を優しく撫でてやる。

 今回の勝利の最大の功労者だしな。


 ステータスでさっそく状態を調べてみると、ヨルの体力が半分以下まで減っていた。

 怪我はしていないようだし、特技の<ぎゅん>を連発したせいだろうな。


 逆にクウは、魔力がすっからかんになっている。

 やはりあんな高威力の雷だと、大量に魔力を消耗するようだ。


 しかし、そのおかげで勝利を掴めたと言っても過言ではない。

 同じ風属性ながら、実は恐鳥系の弱点は雷なのだ。

 この二匹の特技こそが、俺の勝算の根拠だったというわけである。


 頑張ってくれたおかげか、ヨルはレベル22、クウはレベル23になっていた。

 ご褒美代わりに二匹の好きなところを、ぞんぶんに掻いてやることにする。

 ヨルは額の少し上で、クウは喉元である。

 ぐるぐるくうくうと鳴く二匹を可愛がっていると、にゅっと顔を突き出された。


「おっと、びっくりした。どうした、ゴブっち?」


 邪妖精の魔物は俺の呼びかけに、口元を持ち上げ邪悪な笑みを浮かべた。

 そして唐突に頬を寄せてズリズリしてくる。


「うん? なんだ?」


 おそらくヨルやクウの真似をしているのだと思うが、こんな風に甘えるのはあんまり似合っていない気もする。

 とか考えていたら、ゴブっちはさっと離れてしまった。

 顔に出たかと焦った瞬間、今度は赤い羽根を頭につけたゴブリンが顔を出す。


 またもズリズリされる俺の頬。

 そして赤羽根も、同じようにすぐに離れてしまう。


「え?」


 慌てて視線を横に向けると、ずらりと並ぶゴブリンたちの姿があった。

 なぜか一匹ずつ順番に、俺に頬ずりしようと寄ってくる。


「うんんん? これはいったい……」

「おそらく、あなた様をあるじと認めた儀式ではないでしょうか」

「え、いつの間に!?」

「それは……。あれをご覧になれば、誰もがあなた様にひざまずくのも当然でございますよ」


 広場の中央にドンと置かれた巨鳥の死骸に、俺は改めて深々と息を吐いた。

 過剰に持ち上げるつもりはないが、確かに俺の指揮がなければ負けていたかもしれない。

 

 というか、よく勝てたよ、ほんと。

 前世はただのゲーム好きの被雇用者で、現世はしがない錬成術士だぞ。

 今回の勝利で多少は自信を持つべきかもしれないが、それよりも自分の覚悟の甘さを思い知らされたほうがきつかったな。

 でも、また同じことをしそうでもある。


「って、なんでハンスさんまで並んでんだ!」

「ええ、お前も一緒に並べという圧力に屈しました」

「あたしはノリだよー、センセ!」

「ミアまで、何してんだ……」


 なんかゴブリンたちと、すっかり仲良くなってるな。

 あと地面に落ちた時に護符が外れてしまっていたが、頬ずりの列に並ぶゴブリンたちに気にする素振りは一切ない。

 最後にハンスさんとミアに頬ずりされて、謎の儀式はようやく終わった。


 背中の痛みも消えていたので、立ち上がって集落の状況を確認する。

 柵や櫓、それといくつかの小屋は酷い有り様であった。


 だがゴブリンどもは、どこからか引っ張り出してきた材木で早々に修理を始めていた。

 妖精のヨーや大芋虫の芋っちも手伝っており、かなり重宝されているようだ。


 あの柵や櫓などは全部地下迷宮の一部かと思っていたが、ゴブリンたちの自作であったらしい。

 ゲームではありえない話だが、現実化したこの世界だと魔素を求める魔物同士が、互いを襲い合うのはよくあることだったりする。


「武装も柵も、ここで生き延びる自衛手段だったんだな……」


 今回のゴブリンの犠牲者は踏み潰されて死んだのが八匹、石化されたのが六匹だった。

 集落の隣の地面に埋めてやるとのことだ。

 突撃鳥の二頭に穴掘りを手伝ってもらい、すみやかに埋葬は終わった。


 外に出たついでに、散らばっている突撃鳥の死骸を回収しておく。

 全部で三十八匹であった。


 取れたのは緑魔石が三十一個、突撃鳥の肉三十八個、突撃鳥の皮三十六枚、突撃鳥の爪百六十一個である。

 残った羽毛や骨、腱などはゴブリンたちが喜んで集落に運び入れていた。


 広場に戻った俺は、もう一度横たわったユニークモンスターの姿を見上げる。

 ぼんやり眺めていると、なぜか無性に腹が空いてきた。

 もう昼も、かなり過ぎたことだしな。

 

「…………食ってみるか」


 "貪欲なる恐嘴"の回収結果は、貪欲なる大皮が六枚に、貪欲なる爪が六個、美味なる巨鳥の肉が六個であった。

 全て星三つの希少度だが、ゲームのように職人に手渡して装備が完成というわけにはいかない。

 しばらくは、謎の収納空間に保管しておくしかないか。


 残った巨大な鳥の骨を組み合わせ、そこに大亀の甲羅を表側を下にして据える。

 次にたっぷりの迷宮水と皮を剥いた迷宮大蒜、それと加工に使えそうにない部分の鳥の骨を<浄化>してから<切削>して甲羅の鍋に投げ込む。


 燃料は壊れた柵などの廃材だ。

 <燃焼>で火を点けると、ゴブリンどもが大騒ぎを始めた。

 おそらく火を見たのは、初めてだったのだろう。

 

 アクが次々浮いてくるのでハンスさんやミアに任せ、その間に俺はパウラや魔物っ子らと一緒に六階へ行く。

 本来の予定であった、地下塩湖の水を<昇華>させての塩作りだ。

 張り切ったため、あっという間にスライム袋で五つほどになった。


 塩を持って集落に戻ると、そこそこ出汁は出たようだ。

 あと二時間ほど煮込みたかったが、そんなには待てないしな。


 ガラを引き上げて、塩と美味なる肉を<切削>で薄切りにして投入する。

 さっと煮えたら鳥しゃぶの完成である。


 タレも薬味もないが…………。


「美味いな」

「こ、これは……」

「やばやばー! めちゃやばー! うっわわわわ!」


 肉の旨味が異常なのだ。

 目の色を変えたハンスさんと言語崩壊を起こしたミアは、俺が肉を投げ入れるたびに取り合いを始めた。 

 さらに口が肥えているはずのパウラまで、無言で参戦しだす。


 おっかなびっくり集まってきたゴブリンどもにも、一切れ食わせてみた。

 もぐもぐと噛みしめたかと思うと、いきなり地面をのたうち回る。

 そして最後に背筋をぴんと伸ばしてビクンビクンしていた。


 恍惚とした顔なので、どうやら害はなさそうだ。

 結構な出来栄えにニンマリしていたら、ゴブリンどもがゾンビの如くいっせいに押し寄せてきた。


 そして俺はひたすら肉を投げ入れ、皆に食わせる係となった。


「キヒヒッヒヒイヒヒヒ」

「ゲヘゲヘゲヘ!」

「クヒヒヒヒヒヒ!」

「ちそうー!」

「くうくうくう!」

「もっともっとお願いします、ニーノ様」

「やばばばば! やばっばー!」

「これはまことに美味ですね、あなた様。ぜひ、おかわりを所望いたします」


 喜んでくれてるし、いいんだけどね。



ブックマークと評価もおかわりを所望いたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 迷宮鍋奉行になった。 ゴブリンのグルメリアクション良いですね
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