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待ち受けるキング



 堂々と門に近づいたゴブっちは、疑われることなく柵の中へ入り込む。

 しばらく待つと、集落から複数の甲高い笑い声が起こり始めた。

 間を置かずに門が開いて、手ぶらのゴブっちがひょこっと顔を出す。 


 誰にも見られないよう左右を見回したゴブリンは、俺たちの居る茂みに滑り込んできた。

 褒美ににんにくを一欠片上げて、またも迷宮水入りのスライム袋を手渡す。

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべたゴブっちは、軽やかな足取りで柵の中へ戻っていった。


 これを繰り返すこと五回。

 すでに集落からは甲高い笑い声が、不気味な大合唱となって響いていた。


 そう。

 性懲りもなく、また妖精の鱗粉を仕込んでしまったのだ。

 ゴブリンどもに効き目があるのは、<従属>した直後のゴブっちにヨーの鱗粉を浴びせて確認済みである。


 頃合いだと判断した俺たちは、そっと足音を殺して集落の門へ近づいた。

 少しだけ隙間を空けて、中を覗き込む。


 中央は広場となっており、大量のゴブリンたちが笑い転げていた。

 肩を組んで歌のようなものを歌っていたり、ひたすら地面を叩いていたりと、非常に楽しそうである。


 広場の周りには木造の小屋がいくつもあり、櫓のようなものまで組んである。

 予想外に小綺麗で、思ったよりも文明は進んでいるようだ。

 それと妖精なので排泄はしないのだろうか。

 ありがちな酷い臭いもほとんどなかった。


 素早く柵の中を見渡した俺は、奥にほうにも何か大きな建物があることに気づく。

 そしてその近く。

 お目当てである、赤い大きな羽根を頭部にいくつも飾り付けたゴブリンを見つけた。


「よし、居た! ゴブっち、頼む」

「キヒヒッ!」


 返事の代わりに不気味な笑い声を上げたゴブっちは、同胞たちの合間を縫ってまたたく間に赤羽根のゴブリンに近づく。

 そしていきなり手を差し出した。

 

 楽しげに笑っていた赤羽根のゴブリンだが、ちらりとその手を見たあと、自らも手を差し出す。

 見つめ合いながら、がっしりと握手を交わす二匹。

 と、不意にゴブっちが、俺たちの潜む門を指差した。


 顔を上げ、まっすぐに視線を向けてくる赤羽根のゴブリン。

 すぐにこちらに気づいたのか、耳元まで裂けた口を大きく歪ませる。


 すぐさま立ち上がったゴブリンは、ゴブっちと一緒に歩き出した。

 騒々しい広場を抜け、門まで来たかと思うと、隙間からヒョイと顔を出してくる。


 しばし俺と見つめ合った後、赤羽根のゴブリンは今度は黙って手を差し出してきた。

 その上に赤魔石を一つずつ置いていく。


 五個、六個、七個、まだ反応はない。

 八個、九個、そこで手のひらがギュッと丸まり、赤羽根のゴブリンは再び零れそうな笑みを浮かべた。

 即座に反対の手を差し出してきたので、俺は安堵の息を吐きながらその手を握る。


 ゴブっちが最初に渡したのと合わせて十個の魔石。

 よし、取引開始の条件も、ゲームとまるっきり一緒だな。


 実はドラクロ2では、この赤羽根のゴブリンは商人NPCだったのだ。

 ダンジョン内で便宜を図ってくれたり、いろいろな品を魔石で売り買いしてくれる非常にお役立ちなキャラである。

 

 ゴブリンの集落なら、もしかして居るかもと思って来たが大正解だったな。 

 特製幸福水で、あらかじめ警戒心を緩めておいたのもよかったようだ。

 まあ、うっかり見つかっても、笑いこけていたらすぐに逃げられるってのもある。


「キヒヒヒヒヒヒ!」

「こちらこそよろしく」


 わざとらしく揉み手をしてくる赤羽根に、俺は取引の条件を申し出た。


「ゴブリンたちと友好的になりたい。どうにかできるか?」


 邪妖精扱いであるが、ゴブリンはもともと頭がよく損得勘定にも長けている。

 殺して経験値に変えるより、互いに利がある関係になれば、この階層を開拓する大きな手助けになると思ったのだ。


 ちょっとだけ考え込んだ赤羽根は、片目を軽くつむると、腰に下げた袋から首飾りを取り出した。

 ゴブリンの牙がずらりと並ぶ、なんとも不気味な品物である。

 五本の指を上げてきたので、さらに赤魔石を五つ手渡す。


 受け取ったゴブリンは、俺に頭を下げるよう指示すると、ひょいと首にかけてくれた。

 そして肩をバンバン叩いて、またも邪悪としか言いようがない笑みを浮かべる。


「これで大丈夫なのか?」


 尋ねると当たり前だと言う風に頷かれた。

 一応、アイテム欄に回収して調べると、ゴブリンの護符という名前がついている。

 碓かにそれっぽいが、見覚えのないアイテムでもある。


 迷いを隠せない俺の表情に気づいたのか、赤羽根はいきなり近くにいたゴブリンを強引に引っ張ってきた。

 そして門の外にぐいっと押し出す。


 当然、見知らぬゴブリンは、俺と鉢合わせ状態になる。

 思わず声が上がりそうになったが、向こうを平然と俺の首元を見上げてからニヤリと親しげに笑ってみせた。

 敵意など欠片も持ち合わせていない顔だ。


「こいつは凄いな。よし、これをもっと貰えるか?」


 またも指を五本突き出された。追加の場合でも割引はないらしい。

 ヨルやクウたちの分もと思ったら、首を横に振られた。

 どうやら護符をつけた人間の従魔や使役魔は、仲間扱いになるようだ。


「こ、これはドキドキいたしますな」

「本当に安全なのでしょうか……」


 男性二人は不安げに顔を見合わせているが、若い少女は豪胆であった。

 いきなり門を押し開け、元気に挨拶の言葉を言ってのける。


「あたし、ミア。よーろしくねー!」

「おしてまいるー」

「くー!」


 いきなりの人間と魔物っ子の乱入に、広場は一瞬で静まり返った。

 少なくとも五十近いゴブリンたちがギョロリとした眼球を、いっせいに俺たちへ向けてくる。

 背中に流れ落ちる冷たい汗を感じながら、俺は小さく息を呑みこんだ。


 しかし次の瞬間、大きな笑い声が一時に上がった。

 ゴブリンどもは愉快げに笑いながら、次々に俺たちに手を叩いてみせる。

 どうやら無事に受け入れてもらえたようだ。


「……さすがはあなた様です。交渉のみで、こうも簡単に手懐けてしまわれるとは。これでまた帝国の臣下が増えて――」


 パウラさんの言葉の後半は聞き流しておこう。


 同胞たちの親しげな反応に、ゴブっちが得意げな顔で俺の太ももに顎を乗せてきた。

 自分のお手柄だとアピールしているようだ。

 にんにくを一粒口に放り込んでやると、嬉しそうにキヒヒッと笑い出す。

 なんか、ちょっと可愛くなってきたかもしれない。


 意を決した俺たちは、邪妖精たちの集落へと足を踏み入れた。

 ゴブリンたちの間に入っていくが、一匹たりとも牙を剥いたり弓や棍棒を構える素振りもない。

 

 そのまま広場を横切り、奥の大きな建物まで近づく。

 

「ここが階段部屋だと思うんだけどな……」


 入り口にかかる白いうさぎの毛皮を持ち上げると、中は思ったより明るい。

 というか屋根がなかった。


 代わりにあったのは、ぐるりと取り囲む木の柵と丸太を並べた座席だ。

 段差が器用に設けてあり、中央を見下ろすように配置してある。


 ただ大部屋の真ん中は、踏み固められた地面以外何もない。

 そして部屋の奥。

 下へ伸びる階段の前には鉄格子が降ろされ、その手前には木で作られた王座が設えてあった。


 背もたれに体を預け、腰掛けているのは一体のゴブリンだ。

 座っていても、明らかにサイズが違うと分かる。

 頭に銀色の小さな王冠が載っているので、もしかしたら王様なのかもしれない。


 王座の周りには二匹の普通のゴブリンが立っており、一匹は木の枝に赤い鳥の羽を貼り付けた扇のようなもので優雅に王を扇いでいる。

 もう一匹は木の皿を手にしているが、その中身は山盛りのにんにくだ。

 

 見ていると普通のゴブリンは、にんにくを一片むしって王の口に直接投げ入れていた。

 そこはぶどうとかの果物が定番だろ。

 

 部屋の入口に立つ俺たちに気づいたのか、重々しく頷いたゴブリンキングは片手を上げて側女たちを下がらせる。

 ……胸元に布が巻いてあったので、おそらく雌だと思う。


 そしてゆっくりと立ち上がった大きなゴブリンは、右手の人差指を持ち上げクイクイっと動かしてみせた。

 とたんに周囲から、ドッと大きな歓声が沸き起こる。

 いつの間にかゴブリンどもが、鈴なりになって観客席を埋めていた。


 うん、これ完全に闘技場だな。


「どうされますか? あなた様」

「かかってこいって言ってるみたいだし、さっくり倒すか。レベル的にも大丈夫だろ」


 というわけで、全員で挑もうとしたところ、ゴブっちや赤羽根たちが慌てて引き止めてきた。

 観客席からも、いっせいにブーイングが放たれる。


「うん? 戦っちゃダメなのか?」


 俺に問いかけに赤羽根は首を横に振ると、指を一本だけ持ち上げて、それからゴブリンキングを指差す。


「ニーノ様、これは王が一体なので、挑めるのは一人だけということではないでしょうか?」


 ハンスさんの言葉に、赤羽根は大きく頷いてその肩を馴れ馴れしく叩いた。

 どうやら正解のようだ。


「えー、あんなにおっきいのにズルくない?」

「と言っても、ここはこいつらの縄張りだからな。ルールを好き勝手に決められても仕方ないか」


 俺たちの中で確実にあのキングを倒せそうとなると、ヨルとクウ、ミアくらいだな。

 ただし距離を詰められると、ミアは一瞬で終わる可能性が高い。

 それに妖精系のモンスターは、魔法防御力が高めだからな。


 残った選択肢はヨルとクウだが、空を飛べる分だけクウのほうが有利か。

 しかし止めとなる特技<ぱたぱた>が、どこまで通じるかが問題だ。

 範囲技は単体相手だと威力が微妙になるというやつである。

 

 となると、ステータスの数字が一番安定しているのはヨルで決まりだな。

 <しっぽ>さえ決まれば、無難に勝ちは拾えるだろう。


「よし、頼んでいいか? ヨル」

「ぜひもなしー」


 そういうことになった。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] おー!? 小競り合い最小限にして共存のルートが。 これは良いです。なんとかお隣さんとしてやっていけるかも。 妖精は排泄しないってのも大事ですが、逆に肥料の確保とか期待できないですね
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