お馴染みの奴ら
「お下がりください! あなた様」
見事に鞭で矢を叩き落としてみせたパウラの言葉に、俺は慌てて身をひるがえした。
数歩下がりながら、矢が飛んできた方角に目を向ける。
四、五十メートルほど先。
灌木の茂みに、小柄な人影が数人隠れているようだ。
ただ遠すぎる上に、巧みに身を潜めているのでハッキリと姿は捉えられない。
目を凝らした瞬間、またも矢が放たれた。
一瞬の間をおいて、パウラの鞭が再び宙を切り裂く。
俺たちを狙った矢は、先ほどと同じく軌道を変えて地面へ突き刺さった。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ、ご無事で何よりです。どうされますか?」
反撃しようにも、一番長い射程を持つミアの<火弾>でも三十メートルほどだ。
物理防御力の高いヨルやクウだと、矢を弾き返せる可能性もあるが試す気にはなれない。
なんせ矢の場合、クリティカルヒットが特に出やすいからな。
「いったん、引こう。階段へ!」
俺の指示に、皆は緊張した顔で首を縦に振る。
パウラがしんがりを務め、一人ずつ四階への階段に逃げ込む。
どこかに体ごと運ばれる感覚に全身が包まれた俺は、ほっと胸を撫で下ろした。
上の階に逃げ込んだ俺たちは急いで確認したが、誰にも怪我はなかったようだ。
そのまま、額を突き合わせて作戦会議となる。
「ふう、今のは盗賊か何かですか?」
「えー、さっきのって弓矢? 魔物じゃムリだよねー。こんなとこに人すんでるの!?」
「ちょこざいー!」
「くー!」
皆が口々に声を上げる中、鬼人種である村長だけは襲撃者の姿をきちんと見定めていたらしい。
が、その正体までは掴めなかったようで、不思議そうにつぶやく。
「ちらりとしか見えませんでしたが、子どものような背丈でしたね。それと見間違いかもしれませんが肌の色が……」
「もしかして赤色でしたか?」
「ええ、ご存知なのですか?」
小さな背丈で赤茶けた肌。
おまけに武器を使いこなす知能とくれば、心当たりは一つくらいだ。
「あれはゴブリンですね」
「ゴブリン! あれがそうなのですか?」
「えっ、なんか有名なの? そのゴ、ゴブゴブ?」
「ごぶさたー!」
「くぅ!」
「ゴブリンだよ。妖精の一種で、いや正確には邪妖精だったかな」
人間に表立って敵対しないのはただの妖精で、害をなすのは邪とは少々勝手な言い草かもしれないが。
ゲームではすっかりおなじみで、スライム並みに人気のあるモンスターだが、この世界では基本的に地下迷宮にしか棲息していない。
ただ数が多い上にそこそこ知恵が回るので、手を焼く相手として知れ渡っているらしくハンスさんや村長もご存知だったようだ。
「困ったことになりましたな。あのような素晴らしい土地にゴブリンが住み着いているなど……」
「ええ、そう甘くはないということですね。ただ、今はハッキリと断言できませんが、上手くいけばなんとかなるかもしれません」
「ほほう、さすがですな。すでに策をお持ちとは」
「そうやって持ち上げるのは勘弁してください、村長。それよりも、今は襲ってきたのをどうにかしましょうか」
とりあえず階段を降りた先の連中を片付けないと、奥へ進めないしな。
「飛び道具が面倒ですね。まずはあれをどうにかしないと」
「あわあわで受けるのどう? センセ」
「うーん、確実に防げるけど、問題は向こうの矢の数だな」
<水泡>だと矢を一本受けるだけで消えてしまうので、ひたすら出し続けるしかない。
そうなるとミアの魔力が保つか、ゴブリンどもの矢が尽きるかの勝負となってしまう。
「矢の出た位置からして、少なくとも射手は二人、いえ二匹はいましたな」
「なら間に合わない可能性もあるのか。鞭でさばくとしても危険すぎるな」
村長こそ、さすがである。
あの状況で、冷静に見てくれていたようだ。
「あなた様、この子を使うのはいかがでしょうか?」
「クヒヒヒヒ」
パウラの肩先にとまっていた妖精が、嬉しそうに笑い声を上げる。
「お、行けるかもしれないな」
試しに入り口から少し飛んでもらうと、すぐさま矢が飛んできた。
うん、やっぱり光っていると目立つか……。
行き詰まってしまったところへ助け舟を出してくれたのは、ハンスさんだった。
「でしたら、私が矢を引きつけましょうか?」
「え、大丈夫ですか?」
「はい、お任せください。ただ私だけでは力不足ですので、そこはニーノ様のご助力をいただけますか」
作戦が決定し準備を済ませた俺たちは、再び五階へと降り立った。
先頭を行くハンスさんは革の盾を構え、さらになめしたばかりの大コウモリの羽を体の前に結んである。
その背後には、緊張した面持ちのミアがぴったりと寄り添う。
他の魔物たちが配置についたのを確認して俺が合図を送ると、ハンスさんは入り口の陰から飛び出しながら叫んだ。
「風よ!」
とたんに<旋風>が、その背後で強く吹き荒れる。
そして魔術の風によって、ハンスさんがまとうケープや大コウモリの羽が強くはためき出した。
これが飛んでくる矢を防ぐ、ハンスさんの作戦だった。
風で膨らんだ革地は矢の突進力を逃し、また本体の位置を定めにくくする。
戦場での騎士のマントは、本来このような使い方であるらしい。
ただし後方限定なのを、魔術で風を操って正面対応に切り替えたというわけだ。
その上、向かい風となるので、矢の威力そのものも格段に落ちるという利点まである。
もっともハンスさんの少ない魔力では風を呼び続けるのが難しいため、そこは俺の薬品が手助けしているが。
そのまま前進を始めたハンスさんに、すかさず数本の矢が飛んでくる。
が、盾を持ち上げて、無理なく防いでみせた。
また矢のほうも、結構空振って地面へ逸れていく。
しかしハンスさんたちが数歩進んだ時点で、ゴブリンどもはすぐに学習したようだ。
盾を出しにくく、大コウモリの羽も邪魔しない下半身へ矢を集中させだす。
となると、そこはミアの出番だ。
大きな水の泡が膨らんでは、矢とともに弾け飛ぶ。
距離があるせいか矢も外れ気味なため、二人の連携でほぼ完璧な守りとなる。
けれどもそうなると、今度は一気に足取りが鈍ってしまった。
じわじわと前進するハンスさんたちに、矢は容赦なく降り注ぐ。
このままでは、いつになったらあの灌木の茂みにたどり着けるか心配になりそうな進み具合だ。
だが、もとよりハンスさんたちの本当の役割はそこではない。
囮となって、たっぷり時間を稼ぐ。
これこそが俺たちの狙いだった。
息を呑んで見守る中、不意に灌木の茂みから眩しい光が一瞬だけ溢れだした。
同時に目をくらまされたゴブリンどもの叫び声が上がる。
「おお、行けたか。ミア、いいぞ!」
「よーし、燃やしちゃうよー!」
パチッパチッパチッと、三連続で指を弾く音が響く。
そもそもバカ正直に、ゴブリンどものすぐ近くまで行く必要はない。
三十メートルであれば、<火弾>はぎりぎり届くのだ。
火の玉が立て続けに着弾し、またたく間に燃え上がった灌木らの背後から、わらわらと小柄な人影が飛び出してくる。
全部で五匹。赤い肌をした魔物、ゴブリンたちだ。
ここで俺がやるべきは、さらなる伏兵の投入である。
「よし、ヨル、クウ。今だ!」
「しゅつじんー」
「くぅぅうう!」
元気のいい掛け声とともに、空から落ちてくる毛むくじゃらの子ども。
さらに姉に負けじと、弟も急降下する。
飛び降りてきたヨルとクウは、それぞれゴブリンの頭部へ見事に着地してみせる。
地面に激しく叩きつけられた魔物たちの体は、ぐしゃりと生々しい音が発した。
上空からの強襲で二匹のゴブリンが行動不能となり、もう二匹は火だるまとなって沈黙する。
そして最後に残った一匹は、大ミミズのミズさんに締め上げられ白目をむいていた。
「偉いぞ、ミズさん。じゃあパウラ、仕上げを頼む」
「はい、あなた様」
妖しく笑った美女が尻尾を優雅に震わせると、あっさりと気絶寸前だったゴブリンは<従属>の道を選び取る。
無事に作戦が完了したことに、ミアたちは喜びの声をいっせいに上げた。
「やったー!」
「かちどきー」
「くぅー!」
今の作戦だが、全員のアイデアをまとめてみたものだ。
まずハンスさんがゴブリンの矢を一身に引きつけ、それをミアが<水泡>でフォローする。
その間に妖精が接近し、<目くらまし>で弓士を行動不能する。
むろん、そのまま飛んでいけば矢の的になるので、もっと安全なルートである地面の中を大ミミズが掘り進んで向かったのだ。
さらに注意がハンスさんに逸れている間に、ヨルを肩に乗せたクウが空高く舞い上がりゴブリンに近づく。
こっちは、ここに来る途中にしていた肩車から思いついたものだ。
そして一気に攻勢に出て、制圧したというわけだ。
不安な部分もいくぶんあったが、無事に成功して何よりである。
それに肝心の捕虜も手に入ったしな。
パウラにひざまずく邪妖精を前に、俺は新たな行動を宣言した。
「じゃあ、次はお前たちの集落に案内してもらうとするか」




