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手つかずの地



「うぉっとっと!」


 情けない掛け声を上げながらも、しっかりと腰を落としたハンスさんは短槍をスライムへ突き出す。

 尖った骨の先端がブスリと表皮を突き破り、青い体液が見るまに溢れ出した。


 ただ一撃で仕留めきれないと、ここで手痛い反撃を食らってしまう。

 が、今回はその心配はない。


 頑張って跳ねようとするスライムだが、その体は床に縫い付けられたように動けないのだ。

 とりもちのように魔物を拘束していたのは、大芋虫の<粘つく糸>であった。


 動けないスライムへ、容赦なく再び槍が突き出される。

 これが致命傷となったようで、青スライムは形を失い崩れ落ちた。

 油断せず身構えていたハンスさんは、安堵したように息を吐いて額の汗を拭った。


「お見事でしたよ、ハンスさん」

「ふぅー。緊張しました。しかしこれは、たいへん楽でございますな」

「なるほど……。これなら確かに安全ですね。しかしニーノ様、このようなやり方で強くなれるものなのですか」


 村長の疑問ももっともだ。

 動けない獲物を刺殺して強くなるとか、本来なら不可能に決まっている。

 俺だって、経験値とはなんぞやと思ってるくらいだし。

 そこで考えた言い訳がこちらだ。


「大丈夫ですよ。魔物を倒すだけでも、魔素は吸収できますからね」


 魔物といえば魔素。

 その魔素を取り込むことで、身体能力が上がっていく。

 という説だが、なんとなくこれで正しい気がしないでもない。


「ほほう、そういうものなのですか。勉強になりますなぁ」 

「私も魔素溜まりで魔物を倒し続けると、新たな力を授かりやすいと聞いたことはありますが……。こんな簡単でいいのでしょうか……」


 素直に頷くハンスさんに対し、村長はまだ少し懐疑的だ。

 まあ数十年かかって会得した特技が、こんなにあっさり手に入ってしまうのはそうそう納得しにくいのだろう。

 けれどもちんたらやっていたのでは、全然間に合わないのだ。

 さっさとこういうものだと、理解してもらうしかない。

 

「まだまだスライムは居ますからね。ハンスさんはどんどんレベル上げていきましょう」


 青スライムの発生していた地点は昨日とは違ったが、数は同じでぴったり三十匹であった。

 大芋虫の魔力が途中で切れてしまったので、そこからは全員で参加しての戦闘となったが、ハンスさんも十分に活躍できたようだ。

 おかげで一気にレベル12である。


 階段部屋は人数が多いため、全員でゴリ押しすることにした。


「いっくよー!」


 <水泡>ばかりでストレスが溜まっていたのか、開幕はミアの<火弾>の連打だった。

 燃え盛る炎に包まれた四匹の青スライムは、驚いたように動き回る。

 そこへパウラの鞭が一匹をしたたかに打ち据え、突進した大芋虫がもう一匹を跳ね飛ばす。

 さらに体を低くして飛び込んだハンスさんが、力強く槍を突き出した。


 またたく間に三匹が仕留められ、妖精のヨーが飛び回って引きつけていた最後の一匹も、さらなる<火弾>で形を失う。

 流れるような皆の動きに見入っていた俺だが、慌てて視線を奥に移すと、すでにボススライムは紫色に染まってぺったんこになっていくところだった。

 その横ではヨルとクウが、誇らしげに仲良く手を上げている。


「うちとったりー」

「くー!」


 また尻尾の正体を見損ねたようだ。

 戦利品を回収して、噴水前で一休みする。

 迷宮水苔も綺麗に生え揃っていたので、安心して今回は根こそぎ採取しておく。

 

 綺麗な噴水を驚きの目で眺める村長たちに、これが迷宮水だと説明するとたちまち用心した顔になる。

 が、ミアたちが平気で飲んでいるので、おそるおそる口にしていた。

 

「それじゃあ、次の二階ですが……」


 骨相手だと刺突攻撃の短槍は効き目が薄いので、ハンスさんには剣と盾に装備を変えてもらった。

 すると面白いことに、特技で<連撃>が使えるようになったのだ。

 おそらくレベル10の時点で覚えていたはずだが、槍を装備していたためステータスの欄に出てこなかったのだろう。

  

 さっそく使ってもらったところ、素早く二回の斬撃を繰り出して骸骨犬の頭部を打ち砕いたりと、なかなかの活躍ぶりだった。

 前衛系の特技は魔力の消費ではなく体力の消耗を伴うが、減った分は魔活回復薬で十分こと足りそうだ。

 なので骨の犬はヨルとハンスさんに任せておけば、もう大丈夫そうである。 


 厄介な耳鳴りコウモリが出現した時は、妖精がすぐに警告してくれるので迅速に対処することができた。

 明かり代わりになるだけでなく、斥候まで務まる優秀ぶりである。

 

 ボスの大コウモリは以前と同じ方法で始末して、復活していた糞尿石もちゃっちゃと回収する。

 危険な雰囲気とは裏腹に、ここまで全く危なげなかったことに、村長が始終驚きっぱなしであった。


「三層はやや時間がかかりますが、今まで通り落ち着いて焦らず行きましょう」


 この階で時間を要するのは、素材が採れる場所を紙の地図に記すためだ。

 こればっかりはメニューコマンドの地図に表記されないので、場所を一つ一つ記載していくしかない。


 ハンスさんはレベル13になっていたが、用心のため大ミミズをもう一匹、パウラに<従属>してもらった。

 それとミミズは戦闘以外でも便利すぎるからね。

 名前はミズさんとなった。


 銅鉱石を採取し、帰りに回収する白照石の位置を手製の地図に記していく。

 それとこの階からは、村長にもそこそこ経験値が入るので戦闘に参加してもらった。

 最初は困惑した素振りだったが、すぐに慣れて平然とミミズやネズミに槍を突き立てていた。


 五十近いとはいえ、さすがは鬼人種。

 大きな体から繰り出す一撃は、後衛職と思えない迫力だった。

 もっとも物理攻撃力はそんなに高くはないので、トドメを刺せるほどじゃなかったけどね。


 階段前のボスミミズも昨日と同じやり方で片付けて、また小休止する。

 ここまでで、だいたい二時間ほどだ。

 昨日に比べると、思った以上にサクサク進んでいるな。


「四階は安全地帯ですので、ボス以外の戦闘はありません。気楽に行きましょう」


 なぜか少し残念そうな顔になる男性二人であった。

 虫こぶが採れる位置を手元の地図に記しながら、こちらも迷うことなく進む。

 三十分ほどで階の端までたどり着いた俺たちは、またもクウの<ぱたぱた>で妖精と芋虫部隊を壊滅させた。


 さて次はとうとう五階層である。

 パウラとクウがレベル17。

 ヨルとミア、妖精のヨーちゃん、大芋虫の芋っちがレベル16。

 ハンスさんと大ミミズのミズさんはレベル14で、村長がレベル20。


 これまで通りなら出てくる魔物はレベル14から16で、よほどのことがない限り苦戦することはないだろう。

 一応保険として、メインアタッカーであるヨルとクウに攻撃強化薬だけ与えておく。

 実は強化薬や増幅薬の材料が、ちょいと残り少なくなってきたのだ。

 この階辺りで、そろそろ何か出てくれるとありがたいのだが……。


「こ、これは、なんという広さ…………」

「ここは……、本当にどうなっているのですか……?」


 広々した空間を前に、男性二人は息を合わせたように感嘆の声を漏らした。


「あれは白照石ですか……? とてつもない……大きさですな…………」


 ハンスさんがあんぐり口を開けて指差したのは、高い天井でさんさんと輝く巨大な岩だ。


「いえ、あれは白照石の元になる太陽岩ですね。ちょっと変わった光り方をするんですよ」


 名前の通り日中だけ輝き、夜になると光が消えてしまうらしい。

 太陽岩が細かく砕けたものが白照石となるため、あれ一つだけでも凄まじい金額となる。

 もっとも天井が高すぎて手が届かないから、回収できないんだけどね。


「そういえば地下なのに、うっすらと風がありますな」

「ええ、あの太陽岩の熱で、空気が動いてるみたいですね」

「そうなのですか、真冬とは思えない暖かさですな」


 今さらだがこんな地下深くなのに、空気の補給がどうなっているのか全く不明である。

 まあ呼吸ができているし、深く考えても仕方ないか。

 

 目を丸くしてあれこれ尋ねてくるハンスさんとは逆に、村長は眼前の平原を食い入るように見つめて身じろぎもしない。

 どうやら、十二分に驚いてもらえたようだ。


 今回、村長に同行してもらったのは、この地下迷宮のイメージを覆すためであった。

 その決め手になると思ったのが、このだだっ広い階層だ。

 そして加えてもう一つの目的は、長らく農夫を続けてきたその目で確かめてもらうためでもある。


「どうですか、村長。この土地は?」

「え、ええ。地下深くにこんな場所があるなんて、心底驚きましたよ」


 しゃがみこんだ村長は、土をすくい上げ指でこねて感触を確かめた。


「重くもなく軽くもなく……、水はけもよさそうですな。うん。いい土だ」

「そう言っていただいて一安心です」

「それは……。どういう意味でしょうか?」

 

 いぶかしげに問い返す村長に、俺は胸を張って答える。

 むろん、昨日の失敗は繰り返さない。


「実はここに畑を作ろうと考えておりまして」

「畑ですか? わざわざこんなところに?」

「ええ、迷宮の土には大量の魔素が含まれていますので、植物が特別育ちやすいんですよ。ここは広くて土地も余ってますし、どうせなら薬草園でも作ろうかと」

「ほう、そうなのですか」

「上手くいけばどんどん耕作地を増やして、薬草以外も作って、住居も作ったりして、皆が住めるようになったら……」

「ゆくゆくは迷宮帝国の建国ですね、あなた様」

「はい、パウラさんは余計なこと付け足さない」


 慌てて止めたが間に合わなかったようだ。

 村長は呆気にとられた顔で、俺たちをしばし見つめる。

 それから小さく喉を震わせて笑い始めた。


「何かを企んでおられるとは思っておりましたが、私の想像など遥かに超えた壮大で……とても愉快な夢ですな」


 しみじみとつぶやいた村長は、真面目な顔に戻って言葉を続けた。


「ニーノ様の仰るとおり、ここまでで大きな危険は見当たりませんでしたな。それに畑を作るというお話、たいへん興味深く聞かせていただきました。微力ながら、私どももお力になれれば幸いです」


 差し出された村長の手を、俺は驚いて見つめた。

 狙っていた方針転換だが、こうも上手くいくとは。

 もしかしたら、正直に畑を作りたいと言ったのがよかったのだろうか。


 つい戸惑いを浮かべてしまった俺の表情に気づいたのか、ディルク村長は唇の端を優雅に持ち上げて笑ってみせた。


「それもありますが、これまでのお言葉や振る舞い、それに魔物たちの懐き具合から、ニーノ様は他人を欺くようなお方ではない。そう思えてきまして」

「え、声に出てましたか?」

「いえ、なんとなくそう感じてらっしゃるのではと」


 怖い。なんでみんな、心読んでくるんだ。

 でも協力してくれるのは、本当にありがたい。

 経験の足りない俺だけじゃ、人をそう簡単にまとめられないからな。


 村長としっかりと握手を交わしたその瞬間、急に鋭い音が鳴り渡った。

 同時に俺の足元に何かが突き刺さる。

 

 それは真ん中で折れ曲がってはいたが、れっきとした矢であった。



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[良い点] おっさんたちの戸惑いからの理解への変化が分かりやすく。 そして、侵略者サレ! 会いたかった平原の原住民は如何に
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