ファーストプレゼンテーション
「う、うごくな!」
野太い声を発しながら、男が両手で長い棒を持ち上げた。
その隣にいたもう一人も、声を張り上げながら同じく棍棒を構える。
「バカ、魔物に言葉が通じるか! い、いくぞ、センセたちの敵討ちだ!」
うん?
どこか聞き覚えのある声に、俺は慌てて手を振った。
「ちょっと待って――」
「どきな、魔物なんぞ俺の鉄槌で粉々にしてやるぜ! うおおおおお!」
だが制止しようとした俺の言葉は、さらなる大声にかき消されてしまう。
威勢のいい雄叫びを上げた小柄な影は、問答無用で大きなハンマーを振りかざして突進してきた。
「あなた様、失礼いたします」
耳元で囁かれるのと同時に、俺の目に柔らかな何かがかぶさる。
間を置かず静かだが、明らかに怒りを含んだ命令が響いた。
「ヨー、やりなさい。<目くらまし>」
「キヒヒヒヒ!」
甲高い笑い声が上がったかと思うと、まばゆい光が一瞬だけ強く閃く。
たちまち周囲から、口々に悲鳴が上がった。
「な、なんだ!」
「目がぁああ、目がぁああ!」
「ちぃっ、何しやがった!」
「その無礼者を捕まえなさい、ミー」
石を擦り合わせたような返事とともに、足元の地面から振動が伝わってくる。
続いて誰かが暴れるような音と、苦しそうな声が聞こえてきた。
「お、おい、離しやがれ、この魔物め!」
「芋っち、残りを拘束しなさい」
返事はなかったが、代わりにビュルっと粘つくような音が響き、即座に複数の悲鳴が上がった。
間髪容れずに、今度は空気を切り裂く鋭い鞭の音が鳴り渡る。
そして氷のように冷え切った声が最後に響いた。
「死にたくなければ、じっとしていなさい。動くものは敵とみなします」
一瞬で喧騒がぴたりと止まる。
そこでようやく俺は、目を覆っていた感触が消えていることに気づいた。
急いでまぶたを開け周囲を見回し、唖然と言葉を失う。
ダンジョンの出入り口を取り囲んでいたのは、見知った村の人たちであった。
武器と勘違いしたのは、鋤などの農具である。
そして全員が大芋虫の<粘つく糸>によって、地面に縫い付けられて動けなくされていた。
さらに鍛冶屋のヘイモにいたっては、大ミミズに足を咥えられ逆さ吊りになっている。
「あなた様、この者たちをどうされますか?」
平然とした声音で尋ねてくるパウラに、俺は深々と息を吐いた。
「どうもしないよ。はやく解放してあげてくれ」
「うう、まだ目がチカチカするー。って、これどうなってるの!?」
<目くらまし>に巻き込まれたらしいミアの言葉に、全く同じような問いかけが重なる。
「これは一体、何ごとですか!?」
声の方角に目を向けると、松明を手に川岸に立つディルク村長の姿が目に飛び込んできた。
さらにその背後には、それぞれ農具を手にした村人がずらりと並んでいる。
何をどう言っても誤解がすぐに解けそうもない状況に、俺は両肩を持ち上げて首を斜めに傾げるしかなかった。
§§§
すっかり日も落ちかけた頃。
とりあえず色々と片付けた俺たちは、明日の酒樽亭へ場所を移していた。
かなり広いはずの店内は、ぎゅうぎゅう詰めと言っていいほど人が溢れている。
昨夜の飲み会と違い、今日は奥様方も参加中なのだ。
いや、正確には一定年齢以上の村人全員が集まっていた。
ところで俺たちがダンジョンに潜っていた間に起こった出来事だが、だいたいこのような流れであった。
まず夕方近くになっても娘が帰ってこないことに、母親であるウーテさんが怒ったらしい。
店の手伝いをサボって、てっきりどこかで羽根を伸ばしているに違いないと。
そこへ井戸掘りを終えて店に立ち寄った村人が、俺たちが川へ向かったことを喋る。
しばらくすると水汲みを終えて戻った村人が、川べりに他の人影がなかったと話した。
さらにまた違う村人が、村長が俺たちを探していたと告げたらしい。
そうやってどんどん情報が集まってくるのは、狭いコミュニティの強さだな。
で、俺たちが川を見に行ったまま行方知れずだという結論に達したウーテさんは、すぐさまディルク村長に相談する。
あっという間に捜索隊が結成され、村人たちは川辺一帯の調査に乗り出す。
そして、どう考えても怪しいとしか言えない横穴が見つかってしまう。
ただすぐに中へ乗り込むというわけにもいかず、数を揃えようという話になった。
村長が男衆に声をかけて集めている間、腕に覚えのある連中が穴の見張りに残ったのだが……。
そこへ魔物を引きつれた俺たちが、のこのこ中から現れたというわけである。
その後はパウラさんの暴走、もとい活躍により人間同士が争うことは避けられたという結末だ。
まあ誰が悪かったという話にするとこじれるので、連絡を怠った俺が深々と頭を下げて場を収めたが。
そしてあの怪しげな横穴について説明するために、皆に集まってもらったというわけだ。
「うむ、村の主だった者は全員居りますな。ではニーノ様、そろそろ詳しいお話をお願いしてもよろしいですか?」
「分かりました」
村長に促された俺は、カウンターの前に歩み出た。
俺の隣にはパウラとミア。
使役魔たちは混乱の種になるだけなので、一匹を除いてダンジョンの前で待機中だ。
ヨルとクウはあの騒ぎでも起きなかったため、スライムの上で寝かしたままである。
スーとラーに任せておけば安心だろう。
小さく咳払いをして、俺を半円状に取り囲む村人の顔を見回す。
さすがに多すぎて全員が席につくのは無理なため、一番手前は床に直に腰を下ろし、後ろのほうは立ったままである。
パウラの使役魔の話はすでに広がっているようで、こちらを見つめる視線には強い恐れと緊張が入り混じっていた。
うん。
無難に生きてきた俺に、こんな大勢を安心させつつ説得できる説明など絶対に無理だな。
なので率直に打ち明けることにした。
「川の横穴ですが、あれ地下迷宮でした」
理解できず首をかしげる大半をよそに、村長の顔から血の気が引いて真っ白に変わった。
だが五年もの間、この開拓村をまとめてきただけのことはある。
ぐっと顎を引いて、すぐに隣に居たハンスさんへ要請する。
「領主様に急いでご相談せなばなりませんな。ハンス殿、朝一番で馬車を出してもらえますか」
「ええ、分かりました。準備しておきます」
しかし他の村人は、まだ事態がよく呑み込めていないようだ。
ざわついたまま互いの顔を見合わせていたが、そのうちの一人が焦った口調で村長に尋ねた。
「まったくもってサッパリだべ。なんか危ねぇってことか? 村長」
「なんで領主様とこいくんだ? そんなたいへんなことなのか?」
「イヤだよ、あんた。どうなっちまうんだい?」
ちらりと俺を見て頷いた村長は、分かりやすく噛み砕いてくれた。
「えー、つまりですな。ニーノ様の言葉が正しければ、村の近くに危険な魔素溜まりができたというわけです」
「なんだってぇぇえ!」
「そ、そんな……」
「おいおい、たいへんじゃねえかよ!」
あ、魔素溜まりで通じたのか。
もう一度、俺に頷いた村長は、皆を安心させるために質問してくる。
「落ち着いてください、皆さん。差し迫っての危険はないということでよろしいですか? ニーノ様」
「ええ、大丈夫です」
と言ってはみたものの、新参者の言葉では説得力がないようだ。
特に昨夜飲み交わして仲よくなった男衆はともかく、初対面が多い女性陣は不信に満ちた眼差しで俺を見つめてくる。
「ほんとうに信用していいのかい?」
「そこに関しては詳しい調査をしないと、はっきり言い切れません」
「じゃあ調べたら分かるのかい?」
「なんだか曖昧だねぇ」
「もっと、ちゃんと教えておくれよ」
助け舟を出してくれた村長に、たちまち村のおかみさん方から質問や要望が殺到する。
もっとも子どもを抱えた夫婦が多く、心配になるのも無理はないのだろう。
腕を上げて皆を静めた村長が、俺の代わりに具体的な説明を続けてくれた。
「そうですな。まず領主様に調査していただいて、あまりにも危険なようでしたら、この村は…………放棄せざるをえないでしょう」
いっせいに息を呑んだ音が鳴り響いた後、怒声や悲嘆の声が酒場中に飛び交った。
次いで互いの肩を抱き合ったり、床を殴りつけたりと、ひとしきり感情の嵐が吹き荒れる。
「そんな。そんなことって……」
「五年だぞ、五年。歯を食いしばってここまでやってきたのに!」
「すべて終わりか!」
「あんた、どうすんだい!?」
「ど、どうしよう……」
「おい、まだ決まったわけじゃねえんだろ! 諦めるのは早すぎじゃねえか!」
一際大きな声を発したのは、獣人のヘイモであった。
小柄な熊のような体を揺らして、村人たちを怒鳴りつける。
「嘆くのは危険がすくねぇ場合も聞いてからで遅くねえよ! で、どうなるんだ、村長?」
「その時は領主様の兵隊が、地下迷宮を訓練の場として使う可能性があります。だとすれば、おそらく家や畑は徴収されるでしょうな」
「おい、変わんねえじゃねえか! 期待して損したぜ!」
プンスカと怒り出す小熊。
ちょっと可愛い。
「くそ! 先生、あんたなんて物を見つけたんだ……」
「先生様は悪くねえよ。むしろ危険な場所を見つけてくれたんだぜ。感謝してもしきれねえよ」
「で、でもよぅ……」
「もう何もかも終わりか……」
「いえ終わっていませんよ。むしろこれからが始まりです」
正反対の俺の言葉に、床にこぶしを打ち付けていた男性は驚いて顔を上げる。
俯いていた村長たちも、いっせいに視線を向けてきた。
よし、ここが今日の正念場だな。
「そもそもピッタリじゃないですか」
「何がでしょうか?」
「地下迷宮がですよ。まさしくおあつらえ向きじゃないですか、俺が呼ばれた理由に」
特産物の開発に、問題解決のための労働力の確保。
さらに貴重な薬品などの素材の宝庫。
まさにダンジョンとは、村おこしのための存在だと言い切っても過言ではない。
「おっしゃる意味がよく分かりかねます、ニーノ様」
「今日一日、俺たちが何をしてたか分かりますか?」
「え?」
「実はあの地下迷宮の探索をしてました。地下五階まで行けたのですが、有意義な収穫がいっぱいありましたよ」
得意げに言い切った俺の言葉に、たちまち村人たちが騒ぎ出す。
まあ、当然の反応だ。
上手く関心を引き寄せたことに、俺は内心でにんまりと笑う。
「先生よ。慰めてくれるのは嬉しいが、ホラを吹くならもうちょっと上手くやってくれよ」
「いえいえ、嘘じゃないですよ」
「でも、地下迷宮……、魔素溜まりってのはすげぇ危ない場所なんだろ? 言っちゃ悪いが先生はその……」
言葉を濁しているが、言いたいことはよく分かる。
身長はそれなりにあるが、農夫の皆さんと比べると筋肉量が格段に落ちる俺の体格じゃ、魔物をバンバン倒すイメージは無理だろう。
実際、戦闘に関しては何もしてないしな。
思い描いていた展開になったことに、俺はもう一度心の中で笑みを浮かべた。
「そこは頼もしい仲間が居ましたから」
俺の返事に、腕組みをしていた鍛冶屋のヘイモが重々しく頷く。
「たしかにその嬢ちゃんの操る魔物は手強かったぜ。オレも危うくやられるところだったしな」
「うむうむ、わしに飲み比べで勝つほどだし只者ではないのう」
「ああ、それにとびっきりの美人だしな! 胸もでっけえし!」
ヘイモは逆さ吊りの時点で負け確定だったし、いくら酒に強くてもダンジョンとは無関係だ。
ツッコミが追いつかないと思っていたら、最後の男性だけ隣の女性から肘鉄を食らっていた。
「頼りになったのは、パウラだけじゃありませんよ。優秀な魔術士も居てくれましたからね」
そう言いながら俺は、ミアへ目配せしてみせた。
とたんに周囲の視線も、少女へと集まる。
カウンターにもたれてのん気に爪を弄っていたミアは、注目を浴びていることに気づいて慌てて自分を指差した。
「へっ、あたし?」
「はぁはっは、先生様も意外と面白いこと言うじゃねえか」
「うははは、そういやミアは魔力持ちだったな。うんうん、言われてみりゃ魔術士かもな」
「くははっ、でも焚き付けぐれえしかできない魔術士様だぞ」
「ふふふ。だったら、わたしも今日から魔術士様かねぇ」
一時に笑い出す村人たちに、俺はわざとらしく肩をすくめた。
そして部屋の片隅を見つめながら、全員に聞こえるように声を張り上げる。
「だいぶ暗くなってきたし、うん、そろそろ明かりが欲しいかな、ミア」
「あ、ランタン灯すやつ? まっかせてー、センセ!」
「いや、違うだろ。ほら、あっちあっち!」
俺が顎を何度も振って暖炉を示すと、ミアはようやく意図を理解してくれたようだ。
ポンッと手を打って、満面の笑みを浮かべる。
「ねー、母さん。けっこう暗くなってきたし、明かりとかそろそろ欲しくなったりしない?」
「いや、その前振りもうやったから!」
「なんだい、あなたら……。なんか企んでいるのかい? まあ冷えてきたし、お願いしようかね」
「まっかせてー! あ、そこどいてどいて!」
暖炉前から村人をどかしたミアは、何度も体や腕の向きを変えて決めポーズを探しだす。
その微笑ましい仕草に、周囲からまたも笑いと野次が飛んだ。
「おいおい、すっかり魔術士様気取りじゃねえか」
「ちょっと張り切りすぎじゃないの、ミアちゃん」
「お前ら、何回目に点くか賭けねえか?」
「お、だったら俺は全部失敗に一杯賭けるぜ」
すっかり先ほどまでの悲壮感は、薄れてしまったようだ。
娯楽が少ない場所だし、仕方がないか。
そうこうしてる内にポーズが決まったのか、楽しげに腕を持ち上げた少女は高らかに宣言する。
「じゃあ、いっくよー!」
「うん? 離れすぎてるぞ」
「おーい、もっと近寄らねぇと届かねえぞ」
「どうした、どうし――!?」
村人らの声を聞き流したミアは、その場でクルリと回ってから指をパチンッと弾いた。
次の瞬間、少女の指先から赤ん坊の頭ほどもある火球が生じる。
さらにもう一度回って、両手の指でパチンッ、パチンッ。
止めとばかりパチパチパチッ。
続けざまに現れた六個の火の玉は、最大限に目と口を開ける村人たちを照らし出す。
そして一つたりとも外れることなく、部屋の隅の暖炉に次々飛び込んでいく。
当然、中に置いてあった薪は、ひとたまりもない。
一瞬で完全に燃え上がったが、さらなる炎の圧力に煙突内へ吹き飛ばされ、これまた一瞬で姿を消した。
暖炉の中でぶつかりあった炎は、凄まじい渦となり激しい熱を撒き散らす。
ついでに、そこら中に灰や火の粉も派手に舞い上がらせた。
「やりすぎだ、バカ……」
俺の言葉から一呼吸置いて、村中に轟く大絶叫が上がった。
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