双極の怪物
分厚い鉤爪を有した足は、大の男でも軽々と踏み潰せそうなほどに太い。
白い羽毛に包まれた体の高さは、周囲の木の梢をあっさり抜き去るほどだ。
さらに視線を上に向けると、人の頭程度なら余裕でついばめそうなくちばしと、赤々と燃え盛るとさかが目に飛び込んでくる。
ニワトリそっくりの外見であっても、あれだけ大きくなるとモンスター感が半端ないな……。
しかも、それだけではない。
化け物らしさを際立たせているのは、そのお尻辺りからニョッキリと突き出すうなぎの上半身だ。
こちらも通常の大水蛇より一回り太く、面構えも凶悪そうに見える。
「たぶん、コカトリスとかが元ネタなんだろうな」
鳥と蛇が合体しているデザインからして、制作チームの意図はその辺りだと思う。
しかしぶっちゃけると、臀部から黒く長いブツがはみ出してる図は、未消化の何かがもがいてるようにしか……。
「でも、初めて見るとさすがにビビるか」
言葉を失っているのは、村の若者たちや仲間のモンスターだけではない。
場馴れしているはずのノエミさんやティニヤ、豪胆なヘイモさえも立ちすくんでしまっている。
「まずいな……。だけど、こっちは前もって見せるわけにもいかなかったしな」
こればっかりは仕方がない。
本当にユニークモンスターが居るかどうかの確証もなかったし、迂闊に遭遇して戦闘になってしまうと簡単に全滅する危機さえある。
だからこそ、こうやっておびき出して――。
ぐるぐると回り始めた俺の思考を中断したのは、空気を斬り裂く鋭い鞭の音だった。
間を置かず、凛とした声が響く。
「さあ、皆さま。ここからが本番ですよ!」
冷静なパウラの一言に、完全に足を止めていた仲間たちは慌てて動き出す。
「よーし、お前らちゃっちゃと矢をつがえろ! ぶちかますぞ!」
「盾、前に出て! 弓はもう少し下がって!」
「ク、クパァ!」
「いざまいるー!」
「くー!」
「おちびたち、まだ早いにゃ! もうちょっと我慢にゃ!」
「ニーノ殿、周囲の確認が終わりました。他の魔物の反応はないとのことです」
「助かります、エタンさん」
口々に叫びだす皆の声に交じって、俺の耳に届いたのは妖精探索網を率いるエタンさんからの報告だった。
うん、冷静な人間が二人もいると、めちゃくちゃ安心できるな。
「やっぱり、"貪欲なる恐嘴"とは挙動が違うか」
地下五階で遭遇したユニークモンスターは、同種である突撃鳥を率いる感じであった。
なので今回もその点を警戒していたのだが、どうやら火吹鳥たちが乱入してくる気配はないようだ。
もっともそれだけで安心できるほど、初見殺しは甘くはない。
「来るぞぉおお!」
大水蛇の死骸を食べ終えた二つの頭がぐいと持ち上がり、こちらへ向いた瞬間、俺は大声を放った。
間髪容れずにニワトリのくちばしからは炎の渦が、うなぎの口からは凄まじい水の激流が放たれる。
「にゃあ! なんかヤバいにゃ!」
「ぎょうてんー!」
「くぅ!」
<火の吐息>と<水の吐息>。
こいつらは両極の特技が使えるのだ。
灼熱の炎の奔流は、島の周りに残っていた数匹の大水蛇を包み込み一瞬で火だるまへと変える。
のたうち回る巨大なうなぎたちのせいで、嵐の海のように湖面は荒れ狂った。
そして大水蛇たちの上をやすやすと飛び越えた水流は、真っ直ぐに俺たちへと向かってくる。
歯を食いしばり、両足で踏ん張って盾を突き出す若者たち。
が、あっけなく吹き飛ばされ、ゴロゴロと後方に転がされてしまった。
「おいおい、なんてパワーだよ……」
消防車の放水を間近で浴びたような味方の姿に、俺は唖然として言葉を漏らした。
威力もさることながら、射程距離も尋常じゃない。
普通の大水蛇の二倍以上はあるぞ。
「あなたたち、いつまで気を抜いているの。さっさと起きなさい!」
「ヤァー!」
すぐさま響いたノエミさんの声に、盾持ちたちは威勢よく返事をしながら立ち上がった。
悠長に怯んでいる暇もないようだ。
「次、来ますよ!」
続けざまに飛んできた水塊を、真正面で受け止める盾たち。
が、またも派手に転倒してしまう。
俺たちの守りの要をあっさりと弾き飛ばした"貪婪たる双頭"は、のしのしと湖へ近づくと残っていた大水蛇を仕留めにかかった。
放たれた高熱の息吹が、たちまち水面を蒸発させうなぎたちを焼き殺していく。
力尽き次々と浮かび上がる大水蛇を、ガツガツとついばむニワトリ。
むろんその食事の間も、威嚇するようにお尻の蛇の頭がこっちへ水流を放ってくる。
「うぉおおおお!」
「ぐぁあああ!」
苦痛の声を上げつつも、放水に耐えてみせる若者たち。
その背後では、ギリギリと弓の弦が引き絞られる。
「いくぞ! ぶっ放せぇえええ!」
ずらりと岸辺に並んだゴブリンたちが、ヘイモの合図にいっせいに引き金を引く。
空気を穿つ重い音が鳴り響き、一息遅れてニワトリの足に針山の如く大量の矢が突き刺さった。
「クッククァァァアア!」
「よーし、上出来だぞ、お前ら!!」
大きな叫び声を上げたユニークモンスターの姿にヘイモが負けじと上機嫌で叫び、ゴブリンたちは跳び上がってハイタッチを交わした。
そしてゲラゲラと笑いながら、手にした武器を肩に担いで後方へと逃げ出す。
もともとゴブリンたちは弓の扱いが上手であったが、身長の問題で威力の弱い短弓しか使えなかった。
そこでハンスさんに頼んで仕入れてきてもらったのが、このクロスボウだった。
これなら小柄なゴブリンでも、簡単に取り扱いができるはずである。
射程はこれまでの倍近くになり、威力はレベルが遥か上の相手でも遜色ない。
唯一の欠点は、矢をつがえるのにちょいと時間を要するくらいだ。
いや、問題はもう一つあって――。
「うん、これならなんとかなりそうだな。しかし、よくこんだけの数を作ってくれたな」
実は予算の関係で、クロスボウは二台しか購入できなかったのだ。
それをヘイモとゴブリンたちが分解し構造を調べて、なんとか量産してくれたというわけだ。
実際、かなりの無茶振りだったが、よく成し遂げてくれたな。
食事の邪魔をされた"貪婪たる双頭"は、顔を上げると無機質な眼差しで俺たちを睥睨した。
やっと俺たちのことを、ただのデザートじゃないと認識したらしい。
巨大なモンスターは、ゆっくりとこっちへ体の向きを変える。
その威圧感にまみれた姿に生唾を呑み込みながら、俺は静かに呟きを漏らした。
「さて、ニワトリ退治の始まりだ」




