各進捗の状況 その二
「どうかされましたか? あなた様」
川辺に到着した俺に、パウラが開口一番で発したのは心配の言葉だった。
やっぱり、すぐに見抜かれてしまったか。
「ああ、まだちょっと迷っていてな」
「そうなのですか。……皆様はもう集まっておいでですよ」
現在、龍玉の宮殿は十四階層まで攻略済みであり、踏破した各階は人が住みやすい環境へと調整してもらっている最中だ。
今日はその進捗具合を確認するために、忙しい中、責任者に来てもらったのだが……。
「おう、やっと来やがったか、錬成のあんちゃん」
「なんだかお会いするのは久しぶりな気がしますね、ニーノ殿」
「おはようございます、ニーノ様。あの子、ちゃんと役に立ててますか?」
迷宮の入口前で待っていたのは、腕組みをして踏ん反り返っている鍛冶屋のヘイモに、愛らしく微笑む美少女狩人なエタンさん、そして今日も生真面目な調子で猫娘の心配をするノエミさんの三人だった。
「お待たせしてすみません。調子はどうですか?」
「調子だと? 忙しくて気にしてる暇もねえぜ!」
「僕のところは順調ですね。今のところ特に問題はありませんよ」
「私のほうは、若干士気が気になりますね。働きぶりは申し分ないのですが……」
「ああ、ノエミさんのところは大変そうですしね」
現状、地下一階から十階に出現するモンスターの掃討や資源の回収は、村の皆さんにお任せしている。
五階までの浅い層はモンスターも弱く面倒な仕掛けもないため、もう苦戦するような場所ではない。
なので最近は五階へ農作業に行く人たちに、さくさく倒して回収してもらっていた。
対して六階以降は初級戦闘職だと、まだまだ気が抜けないモンスターが多い。
ここらへんの担当は、ノエミさん配下の独身男性連中にやってもらっているが、十階の開拓作業もあるためなかなかに厳しいようだ。
一応、体力回復薬や外傷治療薬はたっぷり持たせているし、装備も一番頑丈なのを優先で回しているのだが……。
「そういえば装備で思い出したが、いい物作ってくれたな。助かったよ」
「いい物? ああ、あれか。ふん、あいつら放っておくとすぐ死にそうだからな。ついでだ、ついで!」
小柄な熊そっくりの男は、俺の言葉に地面を強く踏み鳴らした。
相変わらず、礼を言われることに慣れていないようだ。
ヘイモたちが製作中の九階の鍛冶工房だが、かなり完成が近づいていた。
そこの大型炉の試運転に使われていたのが、近くの坑道に出る鉄甲虫どもだ。
巨大なダンゴムシどもを火に焚べると、頑丈な鉄製の甲殻だけが手に入る。
それを加工して兜や肩当てを作っていたのだが、きれいな丸みを帯びたその形状を生かしてヘイモが新たに作り出したのは、河童たちの防具であった。
具体的に言うと鉄製の甲羅である。
「見た目がゴツくなって胡桃の殻の甲羅よりちょっと重いけど、それ以上の利点があるのが素晴らしいな」
「火を吐くでっけぇ鳥が天敵なんだろ。ま、完璧な守りとは言えねえがマシになはるだろ」
ヘイモの言葉通り、鉄甲虫の甲殻は非常に高い炎熱耐性があるのだ。
おかげで火吹鳥に襲われても、安全な水場まで逃げる時間が稼げるようになったというわけだ。
「頼んでいた例のブツもちゃんと仕上げてくれたしな。本当に感謝しきれないよ」
「お、おう! な、なんだよ。気持ち悪いから、持ち上げんじゃねえよ」
武器や防具だけではない。
村にある鍛冶工房では弟子のゴブリンたちが農具や生活用品を次々と試作していて、まだ出来は悪いものの村のあちらこちらに行き渡りつつあった。
これからの発展性を考えると、俺の期待を大きく超えてくれたと言える。
「ちっ、俺たちが鉄をバンバン打てるのは、俺たちだけの手柄じゃねえぞ!」
「ああ、分かってるよ。いつもありがとうございます、エタンさん」
「いえ、お役にたってるなら嬉しいよ」
褒められすぎてプンスカと怒り出したヘイモを見ながら、緑の蔦を生やした男性はにこやかに微笑んでみせた。
八階の森林を切り拓いてくれているエタンさんは、今ではとても大きな縁の下の力持ちとなってくれていた。
鍛冶に必要な大量の炭作りに、建材用の木の確保。
さらに森のめぐみである木の実やきのこの採取に、重要な素材である枝角鹿のよだれの回収までと。
しかもそれだけでに留まらず……。
「解体のほうは、ほぼ全員習得できた感じですか?」
「一通り、基礎は覚えてくれましたよ。あとは経験を積むだけですね」
弓士やゴブリンたちにそういった知識を惜しみなく指導してくれたおかげで、俺が居なくてもモンスターの素材が無駄になる確率は大きく下がりつつあった。
それに加えなめした革の加工や、余った肉の燻製までと。
今や村の食糧事情は、エタンさんの功績抜きでは語ることが出来ない有り様だ。
「乳製品の加工場も近いうちに完成しますし、お楽しみに待っててくださいね」
「はい、とても期待してますよ」
鈴を転がすような声に、俺は思わず声を弾ませた。
さて、お次はノエミさんだな。
「十階の進捗はどうですか?」
「拠点の確保はそれなりに。麦畑のほうも、かなり広くできましたね」
「ほう、それはいい知らせですね」
前々から地下に活動用の住居を作ってくれと頼んでおいたのだが、毎日せっせと七階の骸骨たちの塔から石を運んだかいがあったらしい。
十階の南側にはゆるい斜面があり、モンスターが徘徊しないため、農作地に出来ないかと考えていたのだ。
村長の話にもあったが五階の農地と合わせると、地上の村とほぼ遜色のない面積が地下に作られつつある。
安堵する俺に対し、ノエミさんは浮かない顔で言葉を続けた。
「ただ問題もまだまだ残っていますね。特に水回りは厳しいです」
「うん、それがありましたね」
自在に雨を降らせる河童たちが居れば、水不足など楽勝だと思われてしまうがそう簡単ではない。
雨雲を呼ぶには、ある程度の湿り気が必要なのだ。
十階の場合、水源は中央の池がまっさきに挙がるが、そこは凶暴な剣尾トンボの生息地でもある。
安全に雲を作れるのは池に流れ込む川辺しかなく、移動や安全確保が少々大変だったりもする。
「無理に水路を引こうにも、段差がありますし……」
「そうですね。ちょっと考えておきます」
三人の話をまとめると、少なくとも全村人が向こう半年は余裕で暮らしていける基盤は整いつつあるようだ。
だとしたら……、もう危険を冒してまで地下深くへ突き進む必要は……。
「にゃあ、おまたせしたにゃ」
「もう、やっと来たのね」
「こいつらがお寝坊すぎて、たいへんだったのにゃ」
ぐるぐると巡る俺の思考を遮ったのが、のん気に放たれたティニヤの声であった。
近づいてくる猫耳娘の背後には、ヨルとクウの姿も見える。
青スライムに勇ましくまたがってはいるが、二匹の目は半分しか開いていない有り様だ。
うつらうつらと船をこぐヨルとクウの鼻先に、ティニヤがひょいと猪の燻製肉をぶら下げる。
それに釣られて、青スライムを操ってずるずると前に進む二匹。
よだれを垂らしながら口をあんぐりと開けるヨルとクウの様子に、ふいに王都に居るオッリとエンニの子どもらの姿が重なった。
……あいつらも、よくあんな風に腹を空かせていたな。
「そうだな、迷うこともないか。今はただ前にひたすら進むだけだ」
「お決まりになりましたか?」
「ああ、十五階も攻略するぞ」
俺の宣言にパウラは大きく唇の両端を持ち上げると、手を差し出しながら囁いてきた。
「では、参りましょうか。あなた様」




