思わぬ来客 その四
「ご領主様が……」
真っ先に反応したのは、ディルク村長だった。
領主の館に長らく勤めた縁から、この村の長を任された経緯があるので、人となりをよく知っているのだろう。
俺もよく知っていると言うか、何度も戦ったことのある相手だ。
むろん、こっちの世界の話ではないが。
グヴィナー子爵。
ドラクロ2の人類壊滅ルートでは、辺境伯ベルノルトとともにヴァルトルーデ女王へ反乱を起こし主人公側と対立する存在であった。
いわゆる中盤辺りの山場である。
が、中ボス風情と侮ると、手痛いしっぺ返しを食らう相手でもある。
その要因となっていたのが、反乱軍に協力する傭兵団の存在だ。
こいつらが強すぎるせいで、最初は皆同じ勘違いをしてしまうのだ。
……ああ、これ負け確定のやつだなと。
で、ゲームオーバー画面が映って、愕然とするまでがお約束である。
そして俺がルイーゼお嬢様の要望を即座に受け入れたのは、その傭兵団がラント商会のお抱えに近いからである。
現に今回も馬車の護衛に、何人か随行していたようだ。
それと酒場にそいつらの姿が見えないのは、雇い主とは同じ飯をできるだけ食べないという鉄則らしい。
現実化したこの世界でも、厄介さは変わりないっぽいな。
「なんか面倒くせぇ話になってきたな」
「領主が相手ですか……。それは困りましたね」
他国出身である獣人種と樹人種の二人も、ことの重大さは分かっているようだ。
相手はこの地の正当な権利を持っているのだ。
地下迷宮の存在がバレてしまえば、俺たちには為す術もない。
強くなった村人たちが歯向かえば、それなりに対抗はできるかもしれない。
しかし所詮は付け焼き刃であり、まともな対人戦をこなしてきた連中に敵うはずもない。
魔物へは平気で剣を振り下ろせても、同じ人間だとどうしても躊躇が生まれるものだしな。
だからこそ障害になりそうな相手を、今の段階で押さえておこうと考えたわけである。
それに他にも手がないわけでもない。
「五月の建国祭のイベント。あれでハンスさんに一踏ん張りしてもらえば……」
「何かお考えがあるのですか? あなた様」
「ああ、水質浄化薬の使い途をやっと思いついてな」
俺は考えをまとめながら、テーブルの面々を見回した。
「この件に関しては、俺に任せてください。ただ皆さんの協力も不可欠ですので、なにとぞよろしくお願いします」
「おお、さすがは頼りになりますな。なら私も頑張らせていただきます」
「おう、なんでも任せとけ、あんちゃん!」
「微力ですが、お役に立てるなら幸いです」
「私もできる限り、尽力いたします。ニーノ様、パウラお嬢様」
「ええ、どこまでもお供いたします、あなた様」
上手くいく保証は全くないが、それでもやらないよりかはマシである。
懸命に俺たちを引っ張っていった兄河童の姿に、俺は改めて強くそう思った。
ついでに嬉しい報告もしておく。
「そう言えば河童たちが仲間になってくれましたよ」
「お、それはおめでたい話ですな!」
すぐさま嬉しそうに反応する村長。
水やりの手間を考えると、その気持ちは分からないでもない。
「あと、ちょっとした収穫もありましたよ。ウーテさん、そろそろお願いしてもいいですか?」
「ああ、いい加減に蒸し上がってるよ」
待ち構えたようにテーブルに運ばれてきたのは、うなぎの蒸し焼きである。
こっそり材料を渡して、頼んでおいたのだ。
「お、魚は久しぶりだな。美味そうじゃねえか!」
「これも魔物ですか?」
「はい、細長い見た目ですが、めちゃくちゃ美味しいですよ」
蛇だと言っちゃうと、抵抗ありそうだしな。
湯気の上がる大皿に手を伸ばした村長たちは、一口食べるといっせいにとろけるような顔になった。
無言で目を合わせたあと、競うように再び手を伸ばす。
いろいろと一度に明らかになった夜であったが、無事に最後はいい感じで締められたようだ。
そう思いながら眠りについた深夜。
小さいノックの音で、俺の意識は目覚めた。
そっと扉を開けると、廊下に立っていたのはノエミさんであった。
その肩には、黒い鳥が止まっている。
俺の目を覗き込んだ魔物使いの女性は、静かに息を吐きながら用件を告げた。
「夜中にすみません、一緒に来ていただけますか? 誰かが村に入り込もうとしたようです」




