思わぬ来客 その三
「よろしかったのですか?」
短く尋ねてきたノエミさんに、俺は酒場中に視線を巡らせながら頷き返した。
すでにルイーゼたちの姿はない。
話もまとまったし慣れない長旅の疲れもあるだろうとのことで、お嬢様とメイドと機織り職人の女性三人は村長が自宅に案内済みである。
ただ空き部屋は一つしかないため、大工や御者たちは酒場の床で眠ってもらうことになるが。
もっとも彼らとは長い付き合いになりそうなので、その代わりとして怪しまれない程度に料理と酒をウーテさんに頼んで振る舞ってもらった。
最初はまともな宿屋もない寂れた村の有り様に不満げだった職人連中も、今は林檎酒とウサギ肉の料理に夢中で舌鼓を打っている。
「この酒、甘酸っぱくて、いくらでも飲めちまうな」
「肉はやっぱり脂が滴ってこそだぜ。ああ、うめぇな」
「ほら、おかわりはいるかい?」
「おう、ありがてえ!」
「女将、こっちにももう一皿だ!」
保存食ばかりの道中だったせいか、がっちりと胃袋は掴めたようだ。
大工連中の何人かはできれば、この村に残って欲しいところである。
「人手が増えるのは大歓迎だからな」
「ですが……」
彼らが仕事を始めれば、この村の特殊さが早々に露呈することは間違いない。
警備隊長として、そこを心配するのは当然であろう。
だがそれ以外にも、気に入らない点があるようだ。
「先にちょっと確認したいんだが、ルイーゼお嬢様の印象は前と比べてどうだった?」
「えっ? そうですね。その、ずいぶんと大人しく……。いえ、お淑やかなお人柄の方でございますね」
「やっぱりか」
こんな僻地の村までわざわざ出張ってきた行動力については、あまり疑問に思わなかったようだ。
名家のご令嬢ならありえない行為なのだが、それが不自然ではないキャラクター。
それこそが、俺が知っているルイーゼお嬢様だ。
と言っても、ゲームの中での話だが。
ドラクロ2の中盤に現れる彼女は、そこそこ発展しだした村にいきなり店を出し主人公のアトリエを脅かすポジションのキャラであった。
そして数回の対決イベントの後、高飛車だった言動が一転して可憐なお嬢様に様変わりし、ヒロイン候補に加わるという流れだった。
俺が初見で気づけなかったのは、彼女がその強烈な縦ロールと毒舌を失った後の姿だったというのが大きい。
しかしわずか数日の出会いだけで、その変化を起こさせてしまうとは……。
ハンスさん、恐るべしだな。
感嘆のため息を漏らしながら、俺は集まってもらったテーブルの面々を見回した。
パウラにノエミさん、村長にヘイモとエタンさんといつもの顔ぶれが揃ってくれている。
ヨルとクウはティニヤと一緒に裏口経由で、ベッドにこっそりと移動済みである。
今頃はくーくーと寝息を立てているだろう。
「じゃあ緊急会議を始めますか。まずルイーゼお嬢様のご要望だが、断るのは無理だと思う」
動機はなんであれ、この村にラント商会が関わってくるという部分はゲームと同じであった。
おそらく、避けようがない流れなのかも知れない。
だからといって、その後の展開が同じだという保証はいっさいないが。
それにゲームで見知ったキャラだから信用したと言っても、俺の頭が疑われるだけだしな。
「ほう、そんなに偉いのか? あの嬢ちゃん」
「ラント家は領主であるグヴィナー家の遠縁であらせられるので、おいそれと顔を潰すわけにはいかんでしょうな」
貴族の肩書はないものの、それに近い立ち位置でもある。
この地方で商売に携わるなら、けっして無視できる相手ではない。
「機織り機を持ってきてくださったのは、とても嬉しいことですしね。妖精たちもきっと大喜びですよ」
「ええ、家内も目を輝かせておりましたな」
逆に言えば、それほどの影響力を持つ商会と懇意になる機会を棒に振るのはあまりにも惜しい。
ハンスさんもその点を考慮して、俺に判断を預けたのだろう。
「商館が出来上がるまで、まだ結構時間はかかるでしょうし、偽装工作をできるだけ頑張っていきましょう。それに販路が確立できれば、いろいろと村もまた変わるでしょうし、好機を逃す手はないかと思います」
最悪、露見した場合は、ハンスさんに説得してもらえばなんとかなりそうでもある。
俺の言葉に男性三人は、それぞれ顎を引いてみせた。
だがパウラたちはそれほど楽観はできないようで、心配げな視線を向けたままだ。
俺も迷宮の存在を隠し通すのは、ちょっと無理があるとは思う。
しかし今はラント商会を仲間に加えるしか、選択肢がないと言える状況なのだ。
その最大の理由は、ハンスさんの手紙の二枚目に記されていた情報だ。
会頭のイェルク氏経由でもたらされたそれは、あまりにも見過ごせない内容であった。
テーブルを再び見回した俺は、一息置いてから言葉を続ける。
「実はハンスさんが知らせてくれたんだが、どうやら領主様が白照石のランタンを売った商人を探しているらしい」




