河童生き地獄
川面から覗く背びれの長さは、およそ二メートルから三メートル。
なので水面下の全長は、軽く見積もっても四メートルは超えるだろう。
水を波立たせる胴体の太さは、ざっと見ても電信柱に近い。
体表は真っ黒で、細かな部位の判別は無理そうだ。
体を左右に揺らす泳ぎ方からして蛇っぽいが、背びれらしいのが生えているしな。
まあ龍とか巨人がいる世界だから、なんでもありと思えばありか。
となると、俺の知識から当てはまるのは――。
「…………大水蛇だな」
「おおみずへび、ですか?」
「ドラクロ2じゃ、ほぼ水場限定で出てくる大型種だ。固くて体力もあるし、遠距離攻撃まであるからめちゃくちゃ厄介だった」
ゲームでも面倒な相手であったが、生で見ると迫力が段違いだな。
水面を大きく揺らしながら、大水蛇は中洲の周囲を威嚇するように泳ぎ回っていた。
巨大な質量が水中からヌッと現れるたびに、横たわる河童たちはビクッと体を揺らす。
うん、死んだふりになるのも仕方ない。あれは怖いわ。
傍から見てると、ぶっとい丸太が水中で自在に暴れまわっているようなものだ。
伸し掛かられたり絡みつかれたりしたらどうなるか、想像に難くない。
小柄な河童たちなら、ひときわ恐ろしい相手だろう。
「なるほど。あいつが居るから、あそこから動けないんだな」
中洲に寝転がる河童たちは二十匹ほどである。
その全てが地面に伏したり、仰向けになったまま、祈るように目をつむっていた。
大水蛇は一応陸上でも動けるが、動きが極端に鈍くなってしまうため、進んで水から出ることはない。
それと河童たちも死んだふりで気配を上手く消しているので、どうにか感づかれずに済んでいるのだろう。
だが……。
あの場から動けないとなると、それは延々と終わりなきまま大水蛇の脅威に晒され続けるということである。
さらにもしあの中洲が河童たちの発生場所だとすれば、もうどうあがいても逃げようがない。
想像するだけで、背中に冷たい汗が浮かんできた。
おそらく上流に居たのは、辛うじてあそこから逃げられた河童たちだろう。
大半が幼かったため、どうやって生き延びたのかそれとなく分かってしまう。
大水蛇の口は一つだけだ。
つまり一度に頬張れる食事の量には、限界があるということだ。
そして無事に逃げたものの、たどり着いた安全な場所はまともな食料もない場所だったと。
「のん気な種族とか言って悪かったな」
「クパ? クパパ!」
首を横に振りながら、大柄な河童は俺をじっと見上げてきた。
その目は、期待に満ち溢れているようでもある。
兄河童が俺たちを森に連れて行って試したのは、あの大水蛇をなんとかできる相手かどうか知りたかったのだろう。
しかし水中に潜むあの魔物相手には、こっちもそうそう有効な手立てがない。
パウラが手懐けてしまえば一瞬で済むが、そのためにはまず接近しなければならない。
だがその前に、大水蛇の特技である<水の吐息>で吹き飛ばされてしまうだろう。
弓などの遠隔攻撃を仕掛けても、もう一つの特技<水まとい>で物理防御力を上げられてしまえばおしまいだ。
唯一、通じそうな雷属性の<びりびり>&<ぱたぱた>だが、まず間違いなく近くに居る河童たちも巻き込んでしまうだろうしな。
助けに来て大虐殺とか、全くもって洒落になっていない。
どうすべきか途方に暮れる俺に、兄河童は目をキラキラさせながらいきなり手を伸ばして輪っかを作った。
それからパッと離して、少し後ろに下がるとまた輪っかを作ってみせる。
そして最後に中洲に横たわる河童たちを、小さく飛び跳ねながら指差した。
なんとも可愛らしい仕草である。
しかし意味がよく分からない。
首をひねる俺に対し、答えをくれたのは猫耳の少女であった。
「にゃあ、あれきっと卵のことにゃ」
「卵って、さっきの火吹鳥のか?」
「うにゃ、出したり消したりしてたから、あいつらにも同じことしてくれって言ってるにゃ」
「なっ!」
慌てて兄河童に向き直ると、大きく頷かれた。
どうやら今回も正しいようだ。
つまりあそこに居る河童たちを、アイテム一覧に回収して助けてくれということか。
だが謎空間に魔物は入らないし、そもそも直接手に触れないとダメである。
勢い込む河童に対し、俺も何も言えずただ首を横に振るしかなかった。




