回る河童たち
「クパパパ!」
仲間の姿を目にした途端、笑い声を上げながらカッちゃんが駆け出す。
不意の声に驚いたように、河童たちはいっせいに身を起こした。
そして元から丸い目をさらにまんまるにしてから、岩の上で次々と跳び上がった。
同時に喜びの大きな笑い声も、口々に上がる。
が、次の瞬間、カッちゃんの背後から俺たちが姿を現すと、それが悲鳴へと変わった。
「クパッ!」
「クパパー!」
慌てふためいて川面へ飛び込む河童たち。
「クパッ、クパッ、クパアア!」
急いで制止するカッちゃんだが、見慣れぬ人間の姿に河童たちのパニックは収まらない。
またたく間に水音も立てず、青い肌の妖精たちの多くは消え失せてしまう。
後に残されたのは、なぜか仰向けになったまま動かない数匹だけであった。
「にゃあ、こいつら大物にゃ。よく寝てるにゃ」
「のんきー!」
「くー!」
「いや、多分逃げ遅れただけだろうな……」
おそらく初対面の時のカッちゃんのように、死んだふりをしているのだろう。
ぽっこりしたお腹が上下しているので、傍から見てもバレバレである。
「クパパ! クパクパ!」
近寄ったカッちゃんが同胞たちの体をゆさゆさと揺らすが、一匹たりとも起き上がろうとしない。
野生動物的にそれで正しいのかと、疑問に思うほど無防備である。
皆に無視されて、悲しげな顔になるカッちゃん。
だがすぐに水かきのついた手を、ポンと叩き合わせる。
見ているとカッちゃんは、背中の甲羅の間に手を器用に入れてゴソゴソしだした。
しばし待つと、手のひらにいっぱいの青い実を取り出す。
どうやら塩漬けの翠硬の実のようだ。
減りが早くてよく食べるなと思っていたら、あんなところに隠していたのか。
「クパア!」
死んだふりを続ける仲間の口に、カッちゃんはグニグニと翠硬の実を押し付ける。
懸命にくちばしを閉じて、付け根にある鼻孔で息をして耐える河童。
しかしそのせいで、匂いを余計に嗅いでしまったのだろう。
ヒクヒクと鼻孔を広げた河童だが、耐えきれずにくちばしをわずかに開けてしまう。
すかさずねじ込まれる青い実。
目をつむったまま河童の口がもぐもぐと動き、そして文字通りカパッと両目を見開いた。
「クパパパ!」
「クパッ?!」
「クパー!」
飛び起きてしまった仲間の姿に、たぬき寝入りをしていた他の数匹も驚いた声を上げる。
そこへカッちゃんが青い実を差し出すと、起き上がった仲間たちもおずおずとした様子で受け取る。
が、先に食べて岩の上をコロコロとのたうつ仲間の姿が心配なのか、誰も口に入れようとしない。
「クパ!」
「クパパ?」
「クパ!」
「クパパパ……」
早く食べろとせっつかれる河童たち。
そこへ最初に食べた一匹がコロンコロンと転がってきて、カッちゃんの足にぶつかって止まる。
そしてぱっくりとひな鳥のようにくちばしを開けて、もっと寄越せと請求しだす。
「クパパッパア!」
もう一粒、口の中に入れてもらった河童は、再び笑い声を発して岩の上を転がりまわった。
そのあまりの喜びっぷりに意を決したのか、もう一匹が口へ翠硬の実を投げ入れる。
転がる河童がもう一匹増えた。
数秒後、逃げ遅れた河童たち全員が、岩の上で転がりまわっていた。
中央には塩漬けの翠硬の実を掲げるカッちゃん。
それに対しおかわりをもらおうと、回転しながら近づく河童たち。
が、互いにぶつかって弾き合ってしまう。
負けた河童は水に落とされ、勝者だけが岩の上に残り続ける。
さながらベーゴマ状態である。
一匹一匹脱落していく河童たち。
気がつくと、平たい岩の縁にはずらりと河童たちがしがみついて、勝負の行方を見守っていた。
逃げた河童たちも気になって、戻ってきたようだ。
全員、熱中しているらしく、クパクパと可愛い声援を送っている。
そしてとうとう、岩上には二匹だけとなった。
互いに慣れてきたのか、コロコロと横転していた動きが甲羅を下にした本格的な横回転となっている。
ギュンギュンと速さを増しながら、河童たちは激しくぶつかり合う。
固唾を呑んで勝負の行方を見守る観客たち。
ガツガツと甲羅同士がぶつかって弾かれる音が響きわたり、すでに最初の頃のほのぼのとした雰囲気はほとんど残っていない。
何度も何度も衝突を繰り返した甲羅たちだが、ついに勝負を決する。
唸りを上げて跳び上がった甲羅が、激しくもう一匹へと落ちていく。
だが、狙われた河童は寸前でその攻撃をふわりと躱すと、逆に縁を下から当てて完全に浮かしてしまう。
あっけなく水面へ落とされる一匹。
残ったもう一匹に惜しみない拍手が注がれ、妖精が勝者を称えるキスをする。
「にゃあ、面白かったにゃ」
「あっぱれー」
「くー!」
「本当にのん気な種族だな……」




