春近し
「それじゃ進捗報告会議、始めましょうか」
酒場の片隅。
奥まった位置にあるテーブルに集まっているのは、村長とエタンさん、ヘイモにノエミさん、それと俺とパウラといういつもの面々だ。
酒場の主であるウーテさんは、まだ数人を接客中である。
最近は忙しすぎるため、そろそろ手伝いの人を増やしたいらしい。
まあ、ミアも近い内に探索に復帰できそうだし、そうなると余計に手が足りなくなるだろうしな。
ウーテさんは客が引けたら参加するとのことで、先に始めることにする。
それと内容を後で見返せるように、今回からはパウラに書記を頼んで議事録を作成することにした。
ただ他国出身のヘイモとエタンさんは鬼人文字が読めないので、西部共通語での翻訳も同時に書いてもらう。
忙しい中、揃ってくれた面々を見回した俺は、まずは新たに見つかったばかりの開拓向けの階層の説明から入ることにした。
「昨日、到達した十五階ですが、今までのどの階層よりも広いですね」
「ほほう、それは素晴らしい知らせですな」
「深い森があると聞いて、私もワクワクしてますよ」
「おいおい、山のほうが大事だろうが!」
男性三人の口ぶりに、俺は手応えを感じながら言葉を続ける。
「ざっと分かった範囲だけですが、天井にかなりの数の雨生岩があって、降水量は結構期待できるかと」
「となると、作物をさらに栽培しやすくなりますか。川もあることですし、聞けば聞くほどいい場所のようですな」
「ええ、それに新しい妖精種も見つかりましたしね」
「河童という名前は初めて聞きましたが、あの子も素晴らしい特技をお持ちでしたな」
昨日の帰り道、五階に立ち寄って畑で作業中だった村長たちにさっそくカッちゃんの<雨乞い>を披露したのだ。
水路や溜池が完成したとはいえ、水撒き自体はまだ手作業である。
そこへ小さな雲とはいえ、自在に雨を降らせる使役魔の存在は渡りに船であったようだ。
「それで五階のほうはどうなってますか?」
「夏麦の種まきは、まだ半分といったところですな。野菜のほうは、ほぼ終わりましたが」
「村のほうはどうなってます?」
「そっちも半分といったところです。正直に言いますと、少々手が足りておりません」
作付面積が、いきなり二倍以上になったことだしな。
それでも二週間足らずで、半分終わっていれば十分に優秀だと言える。
ただレベルアップの恩恵や生活環境の改善で作業効率自体は上がってはいるが、根本的な労働力そのものが決定的に不足している感はあるな。
「ゴブリンたちは、畑仕事はどうですか?」
「うーむ、勧めてはみましたが、誰も手を挙げず……。興味がないことに関しては、彼らは徹底的にやりたがりませんな」
「やはりそうですか」
よく言えば職人気質なゴブリンどもだが、悪く言えば偏屈でそそられない物事には完全に無関心である。
もっとも物作りという点では飛び抜けているので、向いていない農作業を無理やりやらせるのは損失だとも言えるが。
「でも狩りに関しては、彼らが居てくれてすごく助かってますよ」
フォローに入ったのは、ゴブリンの弓隊を率いるエタンさんだ。
前まで居た村人の弓士たちは現在、畑仕事に追われており、その穴を埋めるためにゴブリンから有志を集って、八階に追加で二十匹ほど居住してもらったのだ。
妖精たちの索敵網とも相性がいいらしく、黒毛狼や森カラスたちをなんなく仕留めているらしい。
エタンさんには八階の開拓を任せているので、次はそっちの進捗を尋ねてみる。
「家造りは上手くいってますか?」
「今、二本目の木に橋を伸ばしているところですよ。炭焼きの窯出しも、今週末の予定です」
「おお、順調ですね。そう言えば魔物から新しい素材が手に入ったんですよ。丈夫そうな蔦なんですが、使ってみますか?」
「それはぜひ。いつも、ありがとうございます」
八階の樹上の居住区は最初はウロだけを利用していたのだが、定住した妖精たちに炭焼きのゴブリンども、それに曲角羊まで増えてしまい、あっという間に手狭となる。
そこで太い枝に足場を作り、その上に幾つかの小屋がすでに建てられてはいた。
そしてさらに蔦で編んた吊橋を隣の木に繋げ、さらなる拡大を目指している最中であった。
おそらくだが魔物の部位である吸血蔦の蔓なら、もっと安全な橋が作れそうである。
笑うとより美少女らしさが増すエタンさんに、俺は小屋の件で思い出したことを聞いてみた。
「そういや、新しい屋根はどうですか?」
「あれですが。ええ、あれもすごく助かりました。頑丈ですし、今のところ水漏れ一つないですね。後はもう少し数があれば言うことなしですよ」
「分かりました。なるべく優先して探すようにしますね」
水を集めて降らせる雨生岩だが、実は八階にもあったりしたのだ。
もっともこれまでは雨が降っても、天井間際に隈なく梢を広げた皇寿杉の葉が全て受けて止めてしまっていた。
しかしながら剣尾トンボが大きな枝をバサバサ切り落としたせいで太陽岩の光が差し込むようになったが、同時に雨も滴ってくるようになってしまったと。
そこで樹上の小屋にも屋根が必要となり、粘板岩から作った屋根板を使ってみたという流れだ。
「おいおい、石ならこっちにももっと寄越せってんだ!」
俺とエタンさんのやり取りで、いきなり怒り出したのは鍛冶屋のヘイモだ。
相変わらず沸点が低いが、いつものことなので誰も騒がない。
ヘイモは現在、弟子のゴブリンたちとともに九階で鍛冶場を作成中である。
そこで造っている高炉の建材に十二階で採れる凝灰岩がぴったりなので、それをもっと欲しいという話らしい。
「で、そっちはどうなんだ?」
「おう、やっと聞きやがったが。ふん、かまどは後少しってとこだな」
「少しってどれくらいだ?」
「少しは少しだ! 細けえこと聞くんじゃねぇ!」
腕を組んでふんぞり返るヘイモだが、この会議は各階の進捗の確認であるという点を全く理解していないようだ。
まあ毎日、石を届けに行ってるので、だいたいの状況は分かっているけどな。
今の進み具合だと、あと一月以上は余裕でかかるだろう。
「ま、九階はじっくりやってくれ。もう一つの仕事はどうなってる?」
「お、あっちか? まあまあ、ぼちぼちってとこだな」
今月、ハンスさんが王都からいろいろと仕入れてきてくれた道具だが、それらをただ使うだけでなく同じ物を村でも作れないかヘイモたちに試してもらっていた。
万が一を考えると、今から準備しておくのも大切なことである。
それにその中でも一つ、探索に非常に役立ちそうな武具が一点あったのだ。
あれはぜひとも量産しておきたい。
「やっぱり難しいか?」
「うーん、ばらしてみたんだが部品はそんなに多くはねえし、あとはゴブリンどもの腕次第だな」
「そうか。なるべく早めに形にしてくれると助かる」
「早めってどれくらいだよ! 締切が曖昧すぎるとやる気が湧かねえな」
ヘイモの理不尽な物言いに思わず苦笑していると、いきなりジョッキがドンッとテーブルに置かれた。
目を向けると、顔をしかめてたウーテさんが立っている。
やっと仕事が一区切りついたらしい。
ふんわりと漂ってくる甘い香りからして、ジョッキに注がれた琥珀色の液体は最近メニューに加わった蜂蜜酒のようだ。
ただしテーブルには、五人分しかない。
ジョッキを一つだけ手にしたまま、ウーテさんは獣人種の青年に言い放った。
「仕事の期限も決められない鍛冶屋に飲ませる酒はないよ。あんたの分はいらないんだね!」
「ちっ、分かった。一週間で仕上げてやる。それでどうだ?」
「十分だ。よし、これでだいたいの進捗は分かったかな」
「そうかい? 肝心の十階はどうなってんだい?」
酒場を経営するウーテさんにとって、林檎酒や蜂蜜酒の原料が採れる十階の開拓はもっとも気になるところらしい。
俺にとっても羊肉や羊毛は奥方連中に人気なので、一定の数は常時、確保しておきたい。
が、そっちに回せる人手は、現状皆無に近い。
女王蜂退治自体はもう何度も行っており、戦闘用の職業を持たない村の老人や子どもらのほとんども、すでに十階へは直通で行けるようになっている。
なので、そうそう急いでやる必要もない。
豆リンゴや蜂蜜、蜜蝋と有益な素材が多いので、蜂どもは定期的に狩っていきたいのだが、一回やるごとに二十人近く要るからなぁ。
「話を聞けば聞くほど、人手不足が明らかになるな」
「せめて土作りだけでも、手を付けておきたいのですが……」
顔を見合わせる俺と村長に声を上げたのは、それまで無言だったノエミさんであった。
「でしたら、私がそちらを担当しましょうか?」
確かに魔物使いであるノエミさんなら、使役魔を使えば数人分の仕事が可能だ。
ただ十階へ掛り切りとなると、十五階の探索班からは外れてしまうこととなる。
「いいのですか? ノエミ」
「はい、探索に同行できないのは残念ですが、今の私では力不足は明らかです。お嬢様をお側で拝見して、つくづくそう思い知らされました。だからこそ、あの子たちをじっくり使いこなせる機会をいただければと」
考えてみればノエミさんに使役魔ができて、まだ二週間足らずなのだ。
手足のように使いこなせているかと問われれば、確かにまだぎこちない部分が目立ってはいる。
逆にどのような状況でも的確な指示を下すパウラが、ちょっとばかり異常なのかもしれないが。
「しかし、お一人では危険ではないでしょうか?」
「お心遣いありがとうございます、エタンさん。それなんですが、盾代わりの人たちを何人か連れて行こうかと」
「ああ、あいつらですか。うん、ぴったりだと思いますよ」
「うん、言われてみればちょうど手が余っていますな。ぜひ鍛え直してやってください」
「うちの娘に色目を使われなくて大助かりだね。なんなら一生、迷宮から出さなくてもいいんだよ」
村長らに散々な言われようをしているのは、村の青年団の一部の若者たちだ。
こういった辺境の開拓村に単独でやってくる年若い人間は、だいたいが土地をもらえなかった農家の三男坊以下とかである。
つまり男性の比率が非常に高いのだ。
そして男女比に差がありすぎると、一部の男性陣はいろいろと持て余すこととなる。
一応、独り身の妙齢の女性としてミアが居るのだが、手を出すのははばかられるらしい。
まあ村を裏から仕切るウーテさんの愛娘だしな。
そこで耐えきれなくなった数人が、酔っ払った勢いで夜中に村を抜け出そうとしたのだ。
で、森カラスの警報に引っかかり、あえなく逮捕される憂き目になったと。
笑い話のようであるが、笑って済ませられる話でもない。
ただ同じ男として、そういった気持が抑えられないのも痛いほど分かるしな。
貴重な戦力でもあるのでおいそれと処分もできず、今は交代で五階の階層主であるゴブリンキングに盾だけで挑む罰を受けさせていた。
なので、十階でこき使ってもらうの十分にありではある。
「そっちもハンスさんにお願いしてるけど、まだ半月はかかるしなぁ」
そう呟きながら俺は、カウンターで勉強中の少女の姿を眺めた。
都会に憧れていたミアだが、このところ服装が見違えるほど可愛くなってきている。
それがおそらく青年団の暴走の引き金になったと思われるのだが、本人には欠片も自覚がないようである。
「ふう、春めいて来ると、いろいろとたいへんだな」
遅くなりました。すみません。




