地底の山並み
十五階に続く階段を守る階層主だが、十分もかからず片付いた。
通常であれば飛び道具は全て小鬼火に妨害され、接近しようとすれば地面を覆う木の根に潜んでいた蔦に体力を吸い取られてしまう厄介な状況だ。
だが俺たちの取ったやり方は、いたってシンプルだった。
開幕にクウが<びりびり>&<ぱたぱた>をかまして、ボス吸精蔦を羽の嵐で粉砕。
あとはふわふわ飛んでいる小鬼火どもを、二匹でぱしゃむしゃすれば終わりである。
鳥っ子の魔力不足の件は、道中の小鬼火を食べたことですでに解決済みだ。
といっても、普通は魔物を倒して魔力や体力が回復するなどありえない。
魔物の体の特性を取り込んだりと、やはり<たべる>という特技は常識から大いに外れているようだ。
「にゃあ、かんたんだったにゃ」
「言っとくけど、あの二匹が特別なだけで、普通の魔物じゃあんなことは無理だからね」
そこもノエミさんの言葉通り、広範囲に放てる強力な雷属性の特技とか、ドラクロ2でも終盤くらいまでお目にかかれない攻撃である。
この迷宮の探索はヨルとクウが居なければ、まだもっと浅い層で苦戦していただろうな。
そう思いながら感謝の視線を向けると、気づいたクウがパタパタと羽ばたいて俺の肩に乗ってきた。
「くう?」
可愛く一声鳴いた鳥っ子は、俺の横顔にギュッと抱きついて鼻先をグリグリ押し付けてくる。
このあざといおねだりは、おやつの要求だな。
結構真面目な姉と違い、弟のほうは欲望にかなり忠実だったりする。
「今、小鬼火をたっぷり食べたばっかりだろ。それにすぐに昼ごはんだぞ」
そう指摘すると、いやいやと首を横に振りながら、羽が揃ってきた短い手で俺の髪を痛くないギリギリで引っ張ってきた。
こうなるとなかなか下りてくれなくなるので、仕方なく青すぐりの実を数個取り出す。
「しょうがないな。味わって食べろよ」
地下八階で採れるこの果実は、移住した妖精たちが集めてくれている物だ。
ただ最近、知恵をつけてきたのか、素直に渡してくれなくなっていた。
仕方なく村の裁縫班の奥方連中に頼んで、絹糸や毛糸製の小さな帽子や手袋、靴下を編んでもらって物々交換している。
そうなると今度は裁縫班にも便宜を図る必要が出てきて、肉やその他を優先して回す必要が出てくる。
それら素材を集めるために、ヨルやクウにも頑張ってもらうと。
そのご褒美の青すぐりを得るために――。
うん、迷宮内の経済も、じわじわと回りつつあるな。
「ごむたいー!」
クウに手のひらを舐められつつ、そんなことを考えていたら背中にボスっと毛玉がしがみついてきた。
弟だけおやつをもらっている事態に、姉も気づいてしまったようだ。
肩甲骨の間に顔を埋めて、同じくグリグリしてくる。
よく似た姉弟である。
「ほら、ヨルの分な」
肩越しに数粒差し出してやると、よじよじと背中を上ってくる。
もぐもぐと食べ出したヨルの頭を、あやすように撫でるクウ。
優しいなと思ったら、さり気なくもう片方の手で青すぐりを一粒ヒョイと持ち上げてパクっと食べてしまった。
そんな弟の残虐な行為に気づかず、無心に甘い実を貪る姉。
「……見てて本当に飽きないな。お前らは」
「しごくー!」
「くー!」
満足げな二匹を肩に乗せながら、魔物の残骸に触れていく。
吸精蔦からは回収できたのは、丈夫な蔓と黄魔石塊だった。
ちなみに二匹に食べられた小鬼火の緑魔石は、だいたいは地面に転がっているのだが、たまにヨルたちが西瓜の種のようにペッと吐き出してきたりもする。
「にゃあ、うちもお腹へったにゃ」
「キリもいいところだが、ここはちょっと飯を食うには不向きだな」
床を隙間なく這う木の根のせいで、どうにも腰を落ち着けにくい。
少し戻ったところに泉もあるが、どうせなら気兼ねなく座って食いたいしな。
「それに多分だが、次の階のほうが景色もずっといいと思うぞ」
「ええ、楽しみですね、あなた様」
どうやら、パウラも分かっているようだ。
ま、ここまで似通っているのなら、十五階も期待に応えてくれるだろう。
「次って何かあるのですか? お嬢様」
「さあ、見てのお楽しみですね」
「にゃあ、それじゃあ早く行くにゃ!」
階段を下りきった先にあったのは、とてつもなく広々とした空間であった。
真っ先に目に入るのは、視界の中央を悠々と蛇行していく川だ。
幅はおそらく五メートル以上はあるだろう。
たっぷりの水は俺たちの居る南壁から流れ出し、そのまま北へ向かって進んでいく。
その川縁は、生い茂る緑色や茶色の草花にどこまでも覆われていた。
草原は左右へ広がりながら、不意に現れた木々の群れに混じっていく。
こんもりと茂る森林が、川に沿うように延々と続いていた。
その森も、さらにゆっくりとだが次第に高さを増していく。
目で追いかけると、自然と首が上向いてしまった。
さもありなん。
森の行き着く先は、そそり立つ山々であった。
西壁と東壁があるであろう部分は、思った以上に小高い景観となっていた。
再び全体を見回して、改めて気づく。
そこはゆったりとした渓谷といった眺めそのものであった。
だが、その広さは間違いなくこれまでの階層の中では一番だ。
「ふう、当たり階だな」
予想通りだったとはいえ、俺は思わず安堵の息を漏らす。
そんな俺を見て、柔らかく微笑むパウラ。
ティニヤとノエミさんは、目をまんまるに見開いていた。
そして俺たちの足元では、ヨルとクウが眼前の風景を全く気にもかけず元気に声を上げていた。
「ひるげー!」
「くー!」




