探索の後のひとっ風呂 前篇
十三階は太い通路から細い脇道が何本も枝分かれしていく入り組んだ造りであった。
大ナメクジどもを駆逐した俺たちは、もう一度隈なく全ての通路を歩いて確認してみる。
が、ことごとく最後は土の壁で終わっていた。
いつもなら絶対にあるはずの鉄格子付きの階段は、どこにも見当たらない。
「……ここが最下層ということでしょうか?」
「いや、それはありえないな」
パウラの問いかけに、俺は即座に否定の言葉を発した。
入口の位置や見つけ方、内部の仕様からして、ここが龍玉の宮殿であることはほぼ間違いないだろう。
仮に違っていたとしても、一日で魔物や採取物を再発生させるような凄いダンジョンが、こんな規模であるはずがない。
せめてこの地下迷宮を司るそれらしい存在が居てくれたら、納得もできたがそれすら見つからないとなると……。
「おそらくどこかに隠し通路とか、感覚を惑わす仕掛けがあると思うんだが――」
考えを口にしながら、俺は他のメンバーの顔を見回した。
外はすでに夕暮れが迫っている時刻だ。
朝からずっと危険な探索を続けてきたせいで、ティニヤやノエミさんの目にはかなりの疲労が見て取れる。
そもそも未知の階層の探索自体、二人は初めてだしな。
パウラや他の従属魔たちはまだ余裕がありそうだが、大ナメクジを潰して回ったヨルとクウは返り血ならぬ返り粘液をたっぷり浴びたせいで、ちょっとくっつかれるのは勘弁して欲しい有り様になっている。
「うん、今日はここまでにしておくか。詳しく調べるのは明日にしよう」
少しでも早く当り階を引き当てたいが、焦って効率を落としても仕方ないしな。
そんなわけで、本日の探索は十三階の途中で切り上げとなった。
帰り道は期待が大きいせいか皆の足取りも軽く、一時間足らずで十一階に戻ってくる。
「にゃあ、やっとお風呂にゃ!」
「ふう、ちゃんと戻ってこれたわね……。というか、あなたすっかり元気ね」
「あったかいお湯が、あんなに気持ちいいとは知らなかったにゃ。きっとここが天国というところにゃ」
「ごくらくー!」
「くー!」
「お疲れ様でした、あなた様」
「ああ、ゆっくり体を休めてくれ」
階段前の大きめの部屋は、朝とは見違えるように変わっていた。
温泉を取り囲むように置かれているのは、木枠に黒毛狼の毛皮を隙間なく張った仕切りだ。
さらに仕切りの内部も、ボス狼の大きな革できっちり真ん中で区切られている。
二箇所ある仕切りの入り口部分だけ、大コウモリの翼革がぶら下がっており暖簾のようになっていた。
右が女湯、左が男湯だ。
これらを設置してくれたのは、村の青年団の若者たちである。
もともと村人だけでなく、パウラたちの帝国にもお湯に全身で浸かって疲れを癒やす習慣はあまりないようだ。
風呂自体はもちろん存在するのだが、たいがいは蒸し風呂や足湯だけであり、後はお湯で体を清めて終わりである。
まあ大量の綺麗な水を汲み上げる必要や、莫大な薪代がかかるとなると現実的ではないしな。
ただ獣人種の祖国であるフラム首長国は、山をくり抜いて造られた地底の洞窟が居住域のせいか、そこそこ温泉は見つかるらしい。
なのでこの泉を見たヘイモは、小躍りして喜びを示していた。
むろん俺もいっしょに踊った。
そして二人でこっそり泉を湯船代わりにして、広々と楽しんでいたのだがあっさりバレた。
春間近とはいえまだ肌寒い最中、温かなお湯が絶えず溢れ出しているとなれば、洗濯を受け持つ女衆が見過ごすはずもないしな。
そんなわけで洗濯物を抱えた奥方連中に男二人で裸の付き合いをしているところを目撃され、あらぬ誤解を受けそうになったので慌てて湯に浸かる素晴らしさを勧めてみたら大好評になったというわけだ。
今ではこのように俺たちが十一階のボスを倒して灯した白照石で安全を知らせておくと、昼の間に誰かがやってきて洗濯場兼浴場に仕様変更してくれるようになっていた。
物音が聞こえてこないので、幸いにも今日は先客は居ないようだ。
湯船が半分になってしまったせいで、三人ほどでキツキツになってしまうため、これは素直に嬉しい。
「無駄とは思うが聞いておくか。ヨル、クウ、今日はどっちと入る?」
「あるじどのー!」
「くー!」
「わ、分かったから、くっつくな!」
なぜか毎回、二匹は俺と入りたがるのだ。
嬉しそうに微笑むパウラに肩をすくめてから、ヨルとクウの手を引いて男湯の暖簾をくぐる。
スーとラーも、なぜか男湯である。
赤スライムたちは女性陣に続き、カエルのくせに水嫌いな石肌蛙は入り口で留守番となった。
中に入ると、入口近くにちゃんと脱衣籠まで用意されている。
脱いだ服をそこに入れた俺は、毛糸製のタオルを腰に巻いて湯船に近づいた。
泉の縁に置いてあった蟹の甲羅に取っ手がついた手桶でお湯を汲み、体の汚れを軽く流す。
それからヨルとクウ、青スライムにも、頭からザバザバとお湯をかける。
「せっしょうー!」
「くぅぅう!」
姉のほうは耳に水が入るのは嫌なのか体をプルプルと震わせているのに対し、弟のほうは両手を上げて大喜びしている。
その違いが、なんとも可愛く面白い。
「今日はずいぶんと汚れたからな。先に体を洗うか」
俺の言葉に、二匹の目がたちどころに輝く。
こいつら体を洗ってもらうのが大好きなのだ。
仲良く両手を上に伸ばし、気をつけの姿勢をしながら万歳する二匹。
同じく置いてあった蜜蝋石鹸で手を泡立てた俺は、まずは姉であるヨルから取り掛かった。
毛皮に覆われた肩から背中、腕をもみ洗いしてやると、くすぐったげに口元を緩ませる。
脇腹や胸やお腹に触ると、クスクスと楽しげに笑い出した。
こそばゆいのが気持ちいいのだろう。
お尻は嫌がるのでさっと揉むだけにして、足は丁寧に洗ってやる。
今日もいっぱい頑張ってくれたからな。
「かたじけないー!」
「どういたしましてだ。痒いところはないか?」
ブルブルと頭を横に振ってきたので、仕上げに耳を除いた部分ももみ洗いしてやると、全身泡まみれになったヨルは俺の足に飛びついてきた。
今度は俺を洗ってくれるようだ。
背中を擦ってくれる柔らかな感触を楽しみながら、次は弟のクウに取り掛かる。
羽は意外と丈夫なようで、濡らしても問題はないようだ。
ただし背中の翅はくすぐったがるので、いつもお湯をかけるだけにしている。
クウの大好きな場所は、首周りのふさふさの羽毛だ。
ここを丁寧に指で梳いてやると、目を閉じて心地よさげに鼻息を漏らしてくる。
「くぅ……くぅ……くぅ…………」
爪先までしっかり泡立ててやると、こっちも嬉しそうに俺に飛びついてきた。
二匹にあちこちをスリスリしてもらいながら、青スライムのスーとラーのつるつるの表皮を、もう一度泡立てた石鹸で洗ってやる。
洗う意味はあまりない気がするか、こいつらも喜んでいるっぽいしな。
最後に全員の泡を流して、一匹ずつ抱えて湯船に入れてやる。
熱いお湯に全身の疲れが溶け出す感覚に、俺は深々と満足の息を吐いた。




