階段前のお手々畑
泥屍人から回収できたのは、黒魔石と屍人の泥土というアイテムだった。
記憶にないので、現実化したこの世界特有の物だろう。
うーん、死者の灰が混じった泥とか、もう名前だけでも呪われそうに思える。
畑にうっかり撒いたりしたら、作物が確実に枯れそうな代物だな……。
「とりあえず保管だけしておくか。こっち関係の本も次の時に頼んでおかないとな」
おそらく屍霊を操る屍術士に関連するアイテムだろうし、本場である帝国出身のレオカディオさんなら詳しい書籍も手に入れやすいだろう。
この地下迷宮ではゲームには存在しなかったアイテムがちょくちょく出てくるのだが、コウモリの糞尿石とか冥土の呼び鈴といっためちゃくちゃ役立つ物も多い。
なので、もっと用途が判明できればと、資料をできるだけ集めるようにしているのだ。
「あ、オイゲン爺さんに聞くのもありか」
酒場の物知り爺さんなら、もしかして意外な使い方を知っているかもしれない。
ちなみに博識の呑んだくれ老人だが、驚いたことに魔法陣にもある程度精通していた。
そのため今は魔術が使えるミアやご婦人方の、魔法陣習得を手伝ってくれているらしい。
「お、何かあったな」
いろいろと考えつつ、部屋中に転がる石を触っていたらアイテム欄に一つ現れた。
白砂岩という名前だ。
文字通り砂が固まった岩といった感じで、加工しやすく建材に向いている鉱物である。
どうも、この十二階は岩の産地であるらしい。
白砂岩と同様、建材に向いている凝灰岩や粘板岩。
さらに石英が採れる閃緑岩などまで。
特に火に強い凝灰岩は鍛冶用の炉造りに最適らしく、ヘイモからたっぷり集めてきてくれとせっつかれている。
地図に採掘場所を記した俺は、待たせていた皆に声をかけた。
「じゃあ、次の部屋行こうか」
「がってん!」
「くー!」
「はい、あなた様」
「次もお任せください、ニーノ様」
「にゃあ、またうちの出番だにゃ。仕方ないけど頑張ってやるにゃ」
一度、流れが決まれば、後はそれに乗るだけだ。
ティニヤの偵察で石肌蛙の<擬態>や泥屍人の<潜伏>は次々見破られ、ヨルとクー、ノエミさんの赤スライムたちが入れ代わり立ち代わりでどんどん仕留めていく。
俺のほうは安全になった部屋で岩を採集したり、それを地図に書き込んだりと大忙しであった。
途中に休憩を挟みつつ、三時間ほどで十二階の地図は綺麗に埋まる。
残すところは、あと一部屋となったのだが……。
「ぎょ、ぎょうてんー!」
「くうううううう!」
二匹が驚きの声を上げるのも納得だ。
ランタンの明かりに照らし出されたのは、無数の手が地面からウニョウニョと伸びる不気味過ぎる光景であった。
奥のほうにはちゃんと鉄格子が見えるので、ここが階段前なのは間違いないらしい。
となると、この大量の手が階層ボスとなるわけだが……。
「ほら、出番でしょ。あなた、頑張るって言ってたわよね」
「にゃあ! 押すにゃぁ! 殺す気にゃ! 無茶振りにゃ!」
さすがにこの数は、ティニヤでも厳しいようだ。
<びりびり>&<ぱたぱた>なら一掃できそうだが、手の部分だけやっつけても本体が無傷では意味がないしな。
かといって、連発できるほどの魔力はクウにはまだない。
同じアンデッドである骨子ちゃんには無反応だから、囮作戦も無理か。
「あなた様、ここはわたくしが」
困った時はパウラである。
頼りとなる美女は俺に微笑みながら、使役魔となったばかりの傍らの魔物に凛とした声で命じた。
「カー、薙ぎ払いなさい」
「ゲコ!」
名前の由来はカエルの一文字目らしい。
命令を受けた石肌蛙のカーは、気持ち悪い手の群れから少し離れた場所にのそのそと移動する。
頑丈な体を持つ反面、機動力にやや乏しいのが欠点だな。
そして俺たちが見守る中、目にも留まらぬ速さで舌を繰り出した。
安全な位置からの狙撃で手首を砕かれた不気味な手は、あっさりとその場に崩れ落ちた。
だがそこでカエルは舌を止めず、魔物の手は次から次へと破壊されていく。
さらに離れた箇所の手には、真下から伸びた石の棘が容赦なく貫いた。
またたく間に、石肌蛙の前面にぽっかりとした空間ができあがる。
そこを埋めるべく地面から、今度は本体が登場するはずだ。
「よし、来るぞ!」
「はい、任せてください、アカス、ライム!」
「にゃ、なんかおかしいにゃ!」
「…………あれ?」
ゆっくりと土が盛り上がり、這い出てくるはずの魔物だが――。
俺たちの前に姿を現したのは、またも同じく手だけであった。
にょきにょきと生えてきた手が、先ほどと同じく虚しく空中に指を伸ばしてもがくだけである。
「どうなってんだ?」
「……泥屍人の群れではないのでしょうか?」
「うーん、よく分からないな。もう一度、頼んでいいか?」
「はい、やりなさい、カー!」
「ゲココ!」
またも喉を鳴らした石肌蛙が、舌を撃ち出して手をまとめてなぎ倒す。
だが数秒も経たないうちに地面から生えてきたのは、全く同じ無数の不気味な泥の手のみであった。




