再びの火葬
「だ、誰か埋まってるにゃ!」
そう思うのも無理はない。
地面からニョッキリと生えていたのは、間違いなく人間の手首そのものだ。
しかもその泥まみれの指先はもぞもぞと蠢き、何かを掴もうとさえしている。
地中に埋められた誰かが、必死に助けを呼んでいる――。
と、見えなくもない光景であった。
だが、よくよく観察すると、それは造形は人と同じであったが細部が異なっていた。
丸みを帯びた指先には爪らしきものは見当たらず、手首のくびれもほとんどない。
その上、皮膚の色は濁った黒色である。
不気味な通路の手は、しばらくあちこちを掴もうと動いていたが、肝心の獲物が周囲に居ないことに気づいたようだ。
土が擦り合わされる音とともに、腕が次第に伸び始める。
肘から二の腕、そして肩。
そこで地面をぐっと掴んだかと思うと、地中から上半身が一気に現れる。
そして驚きで口を開くティニヤたちの前で、続々と残りの部分も登場した。
毛髪がない丸みを帯びた頭部にあるのは、それぞれ目と口に当たる部分にポッカリと空いた三つの穴だけだ。
のっぺりとした胸部や腹部に、丸太のように太い両脚。
それは人に似てはいたが、明らかに人ではない存在であった。
「にゃあ! なんか出てきたにゃぁぁあ!」
「こ、こんな魔物まで居るんですね……」
地中から現れた泥まみれのそれは、両腕を伸ばしながらこちらへゆっくりと向かってくる。
手首だけでも相当、不気味だったのだ。
全身となると、言うまでもない。
「かんにんー!」
「くー!」
「スー、ラー、足止めを! ノエミ、止めはお任せしますね」
「は、はい!」
いつもは先陣を切るヨルとクウが、珍しく俺にしがみつくのも無理はない。
先日、調子に乗って石の上を飛び跳ねて石肌蛙にぶっ飛ばされた二匹だが、その飛ばされた先が間が悪いことに通路のほうだったのだ。
そしてコロコロと暗がりに転がり込んだ二匹を待ち受けていたのが、この不気味な魔物であったと。
地面から出てきた手にいきなり足を掴まれたことが、ちょっとした精神的外傷になってしまったらしく、すっかり苦手意識が生まれてしまったようだ。
仲良しの二匹をかばうように、果敢に前に出る青スライムたち。
その丸い体を一瞬で弾ませ、勢いよく突っ込んでいく。
――<体当たり>。
素材が土だけに、あっさりと魔物の腕や腹部が砕け飛ぶ。
しかし体をわずかに揺すっただけで、たちまち欠損部分が塞がってしまった。
まあ体の材料は、足元にいくらでもあるしな。
泥屍人。
死者の灰を泥に混ぜ合わせて造られたこのモンスターは、体力というか持久力が異様に高いのだ。
特技は先ほどの地面下に隠れて獲物を待つ<潜伏>と、地面に触れている限り無限に体が修復される厄介な<再生>である。
ただ素早さは低く、初っ端の奇襲さえしのげれば逃げるのはそう難しくない。
そしてもう一つ。
屍人であることが、この魔物の最大の弱点であった。
「今です、ノエミ!」
「はい! アカス、ライム、<炎身>して<体当たり>です!」
振り回された泥屍人の長く太い手を、青いスライムのぷにぷにボティが鮮やかに弾き返す。
刺突攻撃には弱い軟体系だが、逆に打撲攻撃にはほぼ無敵を誇るため相性は抜群だ。
攻撃をいなされた泥屍人の体が傾き、大きな隙が生じる。
そこへ間髪容れずに、炎をまとった二匹の赤いスライムが突っ込む。
一瞬にして燃え散った泥が周囲にばらまかれ、魔物の体には大きな空洞が穿たれた。
今までならすぐに元に戻っていたはずだが、その気配は微塵もない。
弱点である炎の効果で、<再生>が無効となってしまったのだ。
わざわざノエミさんに赤スライムを<従属>してもらったのは、まさにこの面倒な魔物への対策であった。
よろめく泥屍人に、燃え盛る体を容赦なくぶつけていく赤スライムたち。
そのたびに体のどこかが消え去り、みるみる間に魔物の体積は減っていく。
そして一分も経たないうちに、泥でできたアンデッドは完全に消え去ってしまう。
その様子に、ヨルたちは嬉しそうに声を上げた。
「あんしんー!」
「くー!」
「にゃあ、すごかったにゃー!」




