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<第五〇章 魔探 前編>

 桜は散り緑が目にまぶしい頃、二か月ぶりに教授がやって来た。

 まあ政府の仕事が忙しいのだろうし、遠慮しているのだろう。

 今度もまた変装してくるかなと思っていたら、やっぱりしていた。

 白の開襟シャツでネクタイをしておらず、頭にはハンチングをかぶっている。

 いかにも都会の庶民という感じがする。

 それがあまりに似合ってなくて笑わせようとしているのかと思うくらいだ。

 教授は来るとうっとうしいだけなんだけど、居ないと少しさびしい。

 こうやって、忘れた頃に来るのが一番良い。

 それで面倒な仕事を持ってこないでくれたらもっと良い。


 高原先生の授業に教授はニコニコしながら入ってきた。


「高原君、義雄君、調子はどうだ。元気でやってるか」

「久しぶりですね、教授。

 俺は元気でやってますよ。今日は何の御用ですか」

「義雄君に聞きたいことというか、相談したいことがあってな。

 電気に関することだから高原君も居たほうが良かろうと思ってこの時間に来たのだ」

「何でしょう」


 電気に関することってなんだ。

 見当が付かない。


「義雄君、電探というものを聞いたことがあるか」

「でんたん? ないです。何ですかそれは」

「電波を使って遠距離の敵を察知する機械だそうだ」

「どんな仕組みなんですか」

「発信部と受信部に分かれていて、まず発信部から強力な電波を出す。

 するとその電波が敵――飛行機や船に当たって跳ね返る。

 受信部でその戻ってきた電波を受信する。

 電波が進む速さは分かっているので、電波が戻る時間を計れば敵までの距離が分かるという仕組みだ」

「簡単なのか難しいのか、よく分かりません」

「高原君、どうだろう。可能だと思うかね」


 先生が腕を組んで考え始めた。


「うーん、原理的にはできそうな気もしますが、技術的には難しいのではないでしょうか。

 まず遠距離まで届く強力な電波発信機が必要になります。

 物体に当たって戻ってきた電波を拾うとなると、かなり強力な電波が必要なはずです。

 発信した電波の何分の一しか戻ってこないはずですから。

 さらにその弱い電波を受信するのに大きなアンテナが必要でしょう。

 それと時間で距離を測るわけですよね。

 電波は一秒間に三十万キロ進みます。

 相当正確に計測しないと距離は実際との誤差が大きくて使い物にならない可能性があります」

「他の学者も似たような意見だったよ」

「他にも、電波は周波数にもよりますが回析が小さいです。

 ですから地平線、水平線の向こう側は調べられません。

 ただ、電波に昼夜は関係無いので夜でも使えます。

 それは利点といえるでしょう」

「人の目が利かん夜でも使えるのは良いな」

「実現できたとしても、とても巨大な装置で大量の電気を必要とするでしょう。

 となると使い道も限られてきます」

「そこは問題無い。

 帝都や軍事基地などの重要拠点に置けばよいのだ。

 だが、移動できたほうが便利なのも確かだな」

「そうですね」


 そこで教授が俺の方を向いた。


「義雄君、私は最初にこの話を聞いた時、違うことを考えた」

「何ですか」

「義雄君の探知魔法、探査魔法に似てると思った。

 それでだ、電探を作る時には魔法の、魔法を使う時には電探の考え方が利用できるのではないかと考えた」

「確かに似てないことはないと思いますが……」


 特定の物を探す探査魔法より、鉱石とかを探す探知魔法の方が似ている。

 探知魔法は魔力を飛ばして対象から戻って来る反応を探る。

 魔力を電波に置き換えたらかなり似ている。


「そこで二人に課題がある。

 電探や探知探査魔法の改良を考えて欲しい。

 できれば軍事利用が望ましい。

 軍に貸しを作れるからな。

 特に海軍には反乱未遂で泥水をすすらせたから飴の一つでもやりたいところだ」

「それが俺にどんな得があるんですか」


 考えるだけならただ働きだ。

 大切な時間を使ってやるまでのことではない。


「有益な物を発明できたら、暫定的に科学の授業に使っている静子さんの授業分の時間をこのまま正式に科学の時間にしようと思う。

 成果も無しで時間を増やすことはできんからな。

 今でも各方面から義雄君の力を借りたいという要望が来ていて断るのに苦労している状況なのだ」


 科学の時間が増えるのは嬉しい。

 だけど、もう一声欲しい。


「うーん、そうですねぇ。やりましょうか。

 でもお願いが一つあります」

「んっ、何かね」

「発動機の勉強がしたいんです。

 ツユアツに帰ったら石油を大々的に利用しようと考えています。

 でも、その石油の使い道が今の所ランプの燃料しかないんです。

 それだともったいない。

 ガソリンや重油も利用したいとなると発動機。

 発動機さえ作れれば色々なことに使えます」

「そんなことか。それはかまわんよ。

 発動機に関する書物ならすぐにでも届けさせよう。

 それで自習はできるだろう。

 講師は何らかの成果が出た時点で手配するよう約束する」

「それでいいです」

「よし、決まりだ。

 期限は三か月を目安にしてくれ」

「それは短いですよ」

「そのくらいまでに終わらせないと来年度の予算に成果を組み込めない。

 大変だろうが頑張ってくれたまえ。

 期待してるぞ。

 必要な物があれば連絡してくれ。

 できるだけの手助けはする」


 そう言って教授が立ち上がろうとしたので、俺は教授を引きとめた。


「たまには一緒に食事はどうですか。

 ハナの料理は久しぶりじゃないですか」


 教授が複雑な顔をした。


「ありがとう。

 外で車を待たせてあるし、仕事が溜まってるのでな。

 またの機会にお願いするよ。

 それではな」


 そうして教授は帰っていった。

 残された俺と先生は顔を見合わせた。


「先生、どうしましょう」

「そうですねぇ……。

 三か月という期間の短さから考えると、その電探をどうにかするというのは難しいですね。

 できたとしても理論上の助言くらいしかできないでしょう。

 やはり、魔法を改良するほうが現実的な気がします。

 電探のほうはその後でもっと時間をかけて考えましょう」

「そうですね」

「では、魔法を改良するとして、詳しく説明してもらえますか

 私にも何か助言できるかもしれません」


 俺は高原先生に探知魔法、探査魔法について詳しく説明した。

 二つの魔法の違い、使いかた、飛行機からの鉱物探査などだ。


「なるほど、だいたい分かりました。

 では第一に考えるのは探知魔法の改良ですね。

 でも今のままでも探知魔法で飛行機や船の探知はできるんじゃないですか」

「やったことはないですが、できそうな気がします。

 飛行機はともかく、船は鉄の塊ですから、鉄鉱石ではなくて鉄そのものを探知すればいけるでしょう」

「それは今度実験でもして確かめるとして、探知できる範囲は五キロから十キロというところなんですね」

「はい、鉱石がある深さや鉱床の大きさによりますけど、だいたいそのくらいです」

「それだと、船が探知できたとしてもあまり役に立たないですね。

 双眼鏡を使うほうが早い」

「ですね」

「ところで探知魔法は地中でも調べられるんですよね。

 ということは魔力は地面を通過するということですか」

「通過しますね。

 そもそも魔力というか地力は地中から湧き出してくると考えられていました」

「それなら、探知魔法は電波と違って水平線、地平線の向こう側でも調べることができるかもしれない。

 距離を伸ばすことができたら、かなり便利に使えるでしょう。

 軍事的にも偵察しないで敵の場所が分かるなら有利なはずです」

「そうですね」

「いくつか考えが思いつきました。

 電波は私の専門から少し外れるので少し調べてみます。

 善は急げです。今から大学へ行って調べてきます。

 明日いつもの時間にお話ししましょう。

 それでは、これで失礼します」


 高原先生はあたふたと帰っていった。

 何か思いつくと確かめずにはいられないところは教授に似ている。

 科学者という人達はみんなそうなんだろうか。

 俺がそう思っているとハナが入ってきた。


「失礼します。先生がお帰りになったみたいですが」

「大学で調べ物をするとかで帰ったよ」

「そうですか。夕食はどうしましょう」

「今日は戻ってこないから、いらないと思う」

「分かりました。じゃあユシウさんが先生の分もいっい食べてくださいね」

「それなら俺に任せろ。二人分なら軽い、軽い」


 ハナとの話を耳にした正一が顔をのぞかせた。


「兄さんは口を出さないでください。

 そんなことより、頼んでいた庭の草むしりは終わったんですか」

「おお、怖い、怖い。藪蛇だ」

「もう、まったく」


 俺から見るとじゃれているようにしか見えない二人は言い合いをしながら部屋を出ていった。



 翌日高原先生は少し興奮した面持ちで入ってきた。


「義雄さん、一日考えてみました。

 私の考えを聞いてもらえますか」

「もちろんです」

「探知魔法で敵の船を探せるとして探知距離を伸ばさないと利用価値が低い。

 戦艦の一番上からだと条件が良ければ五十キロくらい先の戦艦が見えるそうです。

 となるとこれ以上の性能があれば肉眼より魔法が上ということになります。

 さらに魔法だと霧や夜間でも使えるという利点があります。

 では、どうすれば良いか」


 先生がいったん言葉を区切る。

 もったいぶるところが子供っぽい。


「さあ?」

「魔力を出す範囲を絞れば良いのです。

 魔力を全方位へ放っていて遠くへ届かないのなら、同じ魔力量を狭い範囲に集中させればよいということになります。

 ユシウさん、そういうことはできないのですか」

「あっ、えっと……」


 今まで考えたことがないのでできるかどうかすぐに答えられない。


「電波で考えると電波の強さは距離の二乗に反比例します。

 魔力も同じ法則に従うとすると、魔力はそのままで範囲を四分の一にすれば距離は二倍になる。

 もっと絞って一本の線のようにできれば数倍から数十倍にできると思います」

「でもそれだと、狭い範囲しか探知できないのではないですか」

「使い方を工夫すればいいんです。

 魔力を出す方向を徐々に回転させればよい。

 それと探知魔法では方角は分かっても距離は分からないのですよね。

 それは鉱山探査と同じように三角測量で位置を特定すれば良い」


 良いような悪いようなよく分からない。

 電気はけっこう勉強したつもりだったけど、まだまだみたいだ。


「それともう一つ考えました。

 魔法で電気や電波を出すことはできないのでしょうか。

 それと電波を受けること。

 それができれば他にも色々応用ができそうです」

「電波はともかく、電気は雷魔法というものがありました。

 これは攻撃魔法に属していて私は習っていないんです」


 元の世界では電波の存在自体が知られていなかった。

 だから電波に関する魔法は一切ない。

 だが雷魔法はあった。

 名前から想像しておそらく電気を飛ばす魔法だと思う。


「世の中には体から電気を出して獲物を痺れさせて捉える魚が居ます。

 魚にできるなら魔法にできて不思議はありません。

 それに物理の世界では電気と電波は親戚みたいなものです。

 魔法で電気を使えるなら電波も使えるかもしれません。

 目に見えないことや空中を飛んでいくことなど魔力と電波は似ていますからね。

 考えてみる価値があるのではないでしょうか」

「そうですね……」


 たしかに何とかなりそうな気はする。

 発電のことは高原先生の授業で習った。

 フレミングの法則だ。

 なぜコイルの中で磁石を動かすと電気が発生するのか原理は分からないが現象は知っている。

 それに雷という電気の現物を見たこともある。

 (高原先生によると電子は目に見えない。雷が光るのは通り道の空気が光るかららしい)

 できそうな気はするが、なんせ時間が無い。

 自分のための研究時間は限られている。

 まず浮遊魔法の威力をあげるための鍛錬がある。

 これは魔力の底上げのために欠かせない。

 万が一の時のための火矢魔法も毎日短時間だが練習している。

 一番大切なツユアツへ戻るための研究もしたい。

 発動機や電気の勉強もしたい。

 化学の勉強もしたい。

 やりたいことが山ほどある。

 あきらめようかと考えていたら。

 先生が追い打ちをかけてきた。


「もし新しい探知魔法で鉱石を探すことができたら、飛行機での鉱山探しがとても楽になるんじゃないですか」

「あっ」


 俺は思わず声をあげた。

 これまでは時速三百キロで飛ぶ飛行機で両側五キロずつを探知していた。

 それをだいたい一日に四時間おこなう。

 単純計算で一日に六千平方キロを調べることになる。

 実際は飛行機が向きを変える時間などもあるので五千平方キロくらいだ。

 探知距離が十倍になれば時間は十分の一で済む。

 日本の勢力圏で今までざっと二十万平方キロを調べてきた。

 まだ二十万弱の範囲が残っている。

 普通にやったら二十万割る五千で四十日かかる。

 探知距離が十倍に伸びれば日数は十分の一になり四日で終わる。

 この差は大きい。

 嫌な飛行機に乗る時間がぐっと減る。

 俄然やる気が湧いてきた。


「先生やりましょう」

「私も協力します。がんばりましょう」


 こうして俺は新しい魔法に取り組むことになった。


更新を一週飛ばしてしまいました。すみません。

次回更新は一週間後にできるようがんばります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふと本作を思い出しました。本作もユンボもとても面白かったです。
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