<第二四章 探査 前編>
長くなったので前後編に分けました。
お盆という不思議な風習の過ぎたある日、教授が言った。
「もう一月が過ぎた」
「んっ?」
何のことだ?
「私と義雄君が会ってからだ。
半年以内には何か成果を出さねばならん。
今のままでは、成果というには少し弱い。
ここいらで大きくドカンと花火を打ち上げたい」
俺としては教授の時間が無くなっても全然困らない。
だが、教授といると新しい発見があるのも事実だ。
もう少し付き合っても良い気がする。
「義雄君の魔法の中に探知と探査というのがあるな。
この二つには非常な可能性を感じておる。
今日はそれを検証したい。
まず最初に聞くがこの二つはどう違うのだ。
両方とも物を探す魔法と聞いておるが」
「探知は知っているものを探す。人とか」
実際に正一を探知してみる。
家から離れた所に反応があった。
距離にして一キロ弱だ。
近所の地図から考えて、おそらくいつもの店でハナと買い出しをしているのだ。
荷物持ちだろう。
「例えば正一は町で買い物をしている」
「それは人しか分からないのか。物はどうなのだ」
「物でもできる。良く使う物は分かる。
身の回りの物、これとか」
俺は横に会った万年筆を手に取る。
「物をなくしたときに便利」
「では、探査はどうなのだ」
「同じ種類の物を探す。
例えば森の中で木の実やキノコを探す。
他に金鉱石を探す」
「何! 金の鉱石を探せるのか。
では、金以外の鉱石はどうなのだ」
「探せる」
元々探査魔法は金鉱石や砂金が取れる場所を探すために作られた。
大魔法時代、錬金術の発展で金は作り出せないと結論付けられた。
それなら、金を多く掘り出さないといけないということで探知魔法を元に金を探す魔法が作り出された。
それが探査魔法だ。
その後、対象が各種鉱石や動植物へと広がっていった。
俺は食料探しに森で良く使っていた。
「初めて行った場所でそこに何の鉱石があるか調べることはできるか」
「種類が少なければできる」
「というと」
「例えば、鉄、金、銀、銅」
「特定の物があるか調べることはできるが、何があるかを調べることはできないということか。
要するに魔法で頭の中の情報と比較しているのかな。
比較対象が分からないと比べようがないと」
微妙に違うがだいたいは合っている。
探査魔法はまず自分の周りに魔力を飛ばす。
金や銀の鉱石があるか、という感じだ。
魔力が目的の物に当たれば反応がある。
反応は物の種類によって違う。
それで何があるかが分かるのだ。
ちなみに探査は方向だけ分かる。
距離は分からない。
だから何度か使わないと目的の場所が調べられないのだ。
正確な説明は難しいし面倒なので、とりあえず教授の問いにうなずいておく。
「よし分かった。そうとなったら善は急げだ。
さっそく計画を作らないとな」
そう言って、教授は時間前にもかかわらず帰ってしまった。
「忙しい人だな」
教授が帰るのを見た正一が部屋に入ってきた。
「そうだな」
「あら、教授はもう帰られたんですか」
今度はお茶を持ってハナがやってきた。
そのすぐ後から今度は静子が入ってきた。
「教授は帰られたんですね。
では、その分私の授業を早く始めましょうか」
「駄目、駄目、休み、休み」
せっかくの空き時間を潰されてなるものか。
「これまで、何度も臨時の研究で授業時間を削られてきたんです。
予定よりも遅れています。
今日は少しでも追い付きましょう。
正一さん、ハナさんは席を外して頂けますか」
静子の強い口調に、
「そうか、それは仕方が無いな。
俺達は退散するとしようか。
ユシウ、頑張れよ」
「お勤め頑張ってください」
そう言い、兄妹は部屋を出ていってしまった。
裏切り者だ。
「では、早速始めましょうか。
今日も昨日と同じで漢字の勉強から始めましょう」
俺は夕食を挟んでみっちり静子にしごかれた。
これなら教授の話のほうがましだった。
数日後、教授はいつものように楽しそうにやってきた
「義雄君、お楽しみの実験計画を作ってきたぞ」
探査はキノコや木の実を探すのに使っていたが探鉱は初めてだ。
知識としては知っているがやったことはない。
俺にもできるのか少しだけ心配だ。
「まずは簡単なことからやっていこう。
実験は三段階を計画している」
教授が説明してくれる。
「最初に既知の鉱山で既知の鉱石を探す。
場所は石見銀山。ここは銀や銅が取れる。
比較的大規模で現在は休山していて飛行機で行けることから選んだ。
ここの上空を飛行機で飛び、鉱脈を探査できるか確認する」
また飛行機かと思ってげんなりする。
飛行機が嫌だと言ったら、おそらく教授は『君は探査魔法の可能性を知りたくないのかね』とか言うのだ。
勘弁して欲しい。
「二番目は既知の土地で未知の鉱石を探す。
場所は串木野。ここも昔の鉱山で現在は休山中だ。
ここの上空を飛行機で飛び、何の鉱石がどこに在るかを探査する。
事前に五種類の鉱石を見せるので、その中のどれがあるかを当ててもらう。
ここまでは練習だな」
「はい」
「次が本番だ。
三番目は未知の土地で未知の鉱石を探す。
日本全国を飛行機で飛び回り、新しい鉱山が無いか調べてもらう。
有望な鉱山を新規に発見すれば功績としてかなりのものだ。
それで義雄君に探査してもらいたい物を持ってきた。
それぞれ鉱石状態の物と精錬後の物だ。
これらを探して欲しい」
教授はそう言って、鉱石や金属を並べ始めた。
「順に鉄、アルミニウム、金、銀、銅、白金、水銀、鉛、錫、亜鉛、ニッケル、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン。
それとこれだ」
と言って瓶に入った黒い液体を出してきた。
「石油だ」
「こんなに一度に探査できない」
「これでも数を絞ったんだぞ。
同じところを何度か飛ぶようにしたらできるのではないか。
やり方は徐々に詰めていけばよい。
まずは義雄君のやりやすい方法で始めてみよう。
新しい魔法を覚える良い機会ではないか」
新しい魔法と言われると俺は弱い。
そして俺はまたしても飛行機に乗ることになってしまった。
探査実験前日、俺達は汽車で東京から大阪へ向かった。
大阪は毅と台湾へ行った時に乗り継いだ場所なので一度行ったことがあるらしい。
だがあの時は初めての飛行機でフラフラになっていて場所をよく覚えていない。
それで転移で飛べず汽車で行くことになった。
一緒に行くのは教授と次郎。
汽車に乗るのは久しぶりだ。
最後に乗ったのはアメリカだった気がする。
日本で乗ったのは宇佐から東京へ来た時以来だろう。
帰国してからは車での移動ばかりだったので汽車は半年ぶりだ。
欧州で飽きるほど乗ったので、もう緊張することはない。
余裕で景色を楽しむことができる。
教授は本を読んでいる。
次郎は目を閉じ静かにしている。
寝ているのかと思ったら人が近づくと目を開けるので瞑想しているようだ。
俺は窓の外を飽きずに眺めている。
あらためて思うのはこの国が豊かだということだ。
いたる所に田があり、濃い緑の色が広がっている。
これで人々が生活に苦しんでいるということが信じられない。
よほど税が重いのだろうか。
その日は丸一日汽車に乗り大阪の宿に泊まった。
実験当日、まだ日が昇る前に起こされ食事を済ますと飛行場へ向かった。
そこに待っていたのは前に乗った飛行機と同じものだった。
「少しでも慣れたものが良いと思って同じ飛行機を用意した」
教授も少しは気を使うんだなと少しだけ見直した。
「今日はこれで午前に四時間、午後に四時間で計八時間実験を行う」
八時間!
少しでも教授を見直した俺が馬鹿だった。
一日八時間も飛行機に乗ったことがない。
体力がもつのだろうか。
次郎も明らかに嫌そうな顔をしている。
「飛行機を借りるのは高いんだぞ。
できるだけたくさん飛んで多くのことをやらねばならん。
実験が終わりしだい帰るから、がんばって早く終わらせよう」
俺は始まる前からやる気をなくしていたが、早く終わらせるためには頑張るしかないと気持ちを入れ替える。
飛行機は離陸後一時間ほど飛んで目的の石見銀山へ到着した。
「まずは高度三千の定速で飛んでみよう。
ここには銀と銅の鉱山がある。
と言っても、銀はほとんど掘り尽くされてほとんど残っていないらしい。
では、義雄君、よろしく頼む」
「はい、始めます」
俺は銀と銅に絞って探査魔法を掛けた。
飛行機は鉱山の辺りを行ったり来たりしている。
だが、反応が薄いというか、ほとんど無い。
ありそうな気もするし、気のせいとも思える。
はっきりしない。
高度が高すぎるのか、速度が速すぎるのだろう。
「義雄君、駄目か」
「はい。反応が分かりません」
「では、少し速度を落としてみよう」
教授が機長へ指示を伝えに行った。
それからまた二十分ほど魔法を掛けたが同じことだった。
「今度は高度も下げてみよう」
ということで高度を千メートルまで下げて実験した。
そして何度目かの通過の時だ。
俺の頭に懐かしい反応があった。
探査の反応だ。これは、銅、いや、銀もある気がする。
反応は左前方から左横へ移ろうとしている。
「教授、左。もう少し左をもう一回」
「左だな、分かった。待っててくれ」
教授が機長へ伝えに行く。
そうしている内に反応は薄くなり消えてしまった。
機体が旋回して先ほどの場所へ近づいていく。
「教授、左、もう少し左」
「よし、少し左」
俺の指示が教授経由で飛行機の針路を変える。
「はい、そこ、そのまま」
「このまま、まっすぐだな」
反応がほぼ真正面から来る。
だんだん大きくなっていく
「そのまま、そのまま」
「そのまま、そのまま」
教授が真剣な顔で俺の言葉を繰り返す。
そして、大きくなっていった反応が減り始めた。
「今、過ぎた」
「よし、まかせろ」
次郎が窓から外の景色を写真に収める。
教授は何かを記録している。
「義雄君、探査できたな」
「できました」
「できるものだな」
「そうですね」
教授の顔がにやけている。
その後も実験を続けた。
高度を変え、速度を変え、何度も確認する。
探査に最適な条件を調べるのだ。
その結果分かったことは探査には高度が大きく影響するということだ。
速度は探査自体には影響がないが、速すぎるとあっという間に通り過ぎてしまい場所の特定が難しくなる。
「燃料も残り少ないだろう、これで一旦引き返して昼休みにしよう」
そして飛行機はまた一時間かけて大阪の飛行場へ戻った。
教授はホクホク顔だが俺は魔法と飛行機に疲れてぐったりだ。
こういう時は甘い物が食べたくなる。
俺はカバンから羊羹を取り出してかじった。
甘さが体中に染み込んでいく気がする。
これは家を出るときにハナが持たせてくれたものだ。
長旅で疲れるでしょうと気が利くことだ。
「午後はもう少し高度を下げて試してみよう。
今はまだこの山に在るというくらいしか分からない。
これをもっと精度を高めてこの山のこのあたりという感じで特定できるようにしたい。
そうせんと、実際に鉱山を開発するときに山全体を掘り返さんといかんからな」
教授が弁当を食べながら説明してくれる。
「それと、どのくらい距離が離れていても探査できるかも調べよう。
それで、日本全土を探査するのに必要な時間が分かる」
日本全土。
それを聞いて俺の手が止まる。
教授が何か恐ろしいことを言っている。
日本列島はたしか端から端で二千キロくらいあったような気がする。
それを全部調べるとなると何時間飛行機に乗らなくてはいけないのか。
考えただけで気持ちが悪くなってくる。
もう、探査できないとか言って止めてしまうか。
しかし、午前中に探査できることが分かってしまった。
少なくともあの場所はごまかせない。
教授は良い話も悪い話も後から出してくるからずるい。
俺が飛行機を嫌いなのは知ってるはずだから、わざとやってる気がする。
教授の手の上で転がされてるような気分だ。
いつか、まいったと言わせてやりたい。
午後からはさらに高度を下げて実験を行った。
あまり下げると危険だし飛行機が揺れるということで高度八百で飛んだ。
そして、もっと細かく場所を特定できないか、どのくらい離れていて探査できるかを調べた。
午前の疲れも残っていて大阪に帰った時はヘロヘロになっていた。
「元気が無いな義雄君、大丈夫か」
「大丈夫じゃない。疲れた」
「それはご苦労だったな。
でも、これで色々なことが分かった。
高度千、時速二百で飛べば約五キロの幅で探査できることが分かった。
これで全国探査の予定が立てられる。
内地の面積が三十八万平方キロ、山地の割合が七割として約二十七万平方キロ。
一時間当たり千平方キロの探査ができるから二百七十時間。
一日当たり五時間探査したら五十四日で全国を探査できることになる」
「えええええぇー」
一日五時間を五十四日。
無理、絶対無理。絶対嫌。
「慌てるな、実際は北海道や沖縄など飛行場の問題で調べられんところもある。
山奥過ぎて発見しても開発できんところもあるだろうし実際はもっと少なくなる。
鉱山や地理の専門家に聞かんと分からんが、半分以下になるのではないかと思う」
半分でも二十七日になる。絶対嫌だ。
「それに金の問題もある。
飛行機を借りるのは高い。
航空会社の都合もあるだろう。
だから連続して毎日というわけではない。
ちょっとずつ調べていつかは日本全国という感じだな。
やる気があるなら飛行艇を借りれば全国どこでも調べられるが、義雄君は飛行艇のほうがいいか」
なんならもっときつい条件もあるぞという形で言ってくる教授はずるい。
向こうは何日も前から俺を説得する準備したのだろう。
なんとか教授の鼻を明かしてやりたいが良い案が思い付かない。
もう何度目か分からないが、またしても教授の思い通りに動くことになってしまった。
とてもくやしい。
次回更新は明日2/27(土)19時頃投稿の予定です。




