96.現場
ロダンが覚えのある魔力を探知した。
「来たか」
「ご無沙汰しております」
王都守護騎士団の構成員に伴われ、イセルナーレ魔術ギルドのフローラが事件現場に到着した。
フローラはいつもの魔術ギルドの服ではなく、厳粛さを示す紺色の服を着ている。
フローラは緊張していた。
新聞で読むのと現場に来るのでは感じる凄惨さの度合いが違う。
ロダンが燃え残った倉庫に目を向けながら、フローラに問うた。
「事件のあらましは聞いているか?」
「新聞程度のことは」
「なら充分だな。爆発元はこの倉庫の奥だ。事務所まで延焼したが……」
エミリアの上役であるフローラに忖度するロダンではない。
つらつらと事件現場のあらましを語っていく。
「残念ながら倉庫の最新目録は事務所とともに焼けてしまった。俺の手元にあるのは予備の不完全なリストだけ……」
「他の従業員は……?」
「倉庫にいた当直従業員も被災した。ロンダート男爵ほどではないが、すぐに話が聞ける状態ではない」
フローラがごくりと息を呑む。
自分が呼ばれた、ということでフローラは嫌な予感がしていたがどうやら的中していたようだ。
単なる失火ならばフローラが呼ばれるはずはない。
フローラは相当の確信を込める。
「倉庫にあったのは……ブラックパール号の解体待ち船体でしたか?」
「恐らく。最新状況を把握しているとは言えないが……」
「…………」
この状況では魔術ギルドが疑われるのは当然かもしれない。
だが、誓って作業内容に不備はなかった。
ロダンは厳しい表情を浮かべるフローラに向き直る。
その顔には硬質だが温かみがあった。
「君らに責任があるとは思ってはいない」
「…………?」
「最新状況を確認したかったが、君らも知らないようだな」
「え、ええ……船体を動かすのはブラックパール船舶の作業範囲でしたから。この倉庫は作業範囲外です」
「……そうか」
フローラはいまいち飲み込めなかった。
朝一番に呼び出されたのは、てっきり何らかの疑いをかけられたからだと思っていた。
その程度のことを確認するなら、わざわざ現場にまで呼び出す必要はない。
「我々に不備の疑いがないのでしたら、なぜここに……?」
「ロンダート男爵は万一に備え、遺言書を残していた。これは正式なものだ」
イセルナーレの貴族は何かあった時のために遺言書を作成しておく。
それ自体は不思議なことではないが。
「一部、この場で彼の遺言書を読み上げる」
ロダンがテリーから紙の束を受け取り、視線を落とす。
「沈没したブラックパール号の引き上げ、解体作業中に当方が職務不能な状態に陥った場合。イセルナーレ魔術ギルドに当該事業の推移を委ね、完遂すること」
「――!!」
「また、その場合には監督省庁たる王都守護騎士団の行政的及び法的な指示に従うこと……」
ロダンが紙の束から視線を上げ、フローラを見つめた。
「ということだ。これは正式な法的文書であり、現在有効と認められる」
「そ、それは……だから、私をここに呼ばれましたので?」
「早急にブラックパール船舶の社長とも話してもらわなければならないからな」
ブラックパール船舶の社長については、フローラも知っている。
現在の社長はイヴァンの母、先代ロンダート男爵の未亡人である老女のはず。
「彼女は経営面、経理面のみで実務はロンダート男爵が取り仕切っていた。打ち合わせが必要だろう」
「……ですね。カーリック伯爵もお立合いに?」
「無論。君の用意ができていれば、今からでも」
さすがに仕事の速い男であった。
テリーも心の中で舌を巻く――この人、寝てないはずなのに。
とてもそうは感じさせない仕事振りだ。
「実務担当者はエミリア嬢とセリス嬢だったか」
「はい――エミリアが主担当として実務を」
「ふむ……」
今、呼び出すべきか。
昨夜の疲労もあるだろうしとロダンは迷った。
そこへ――エミリアが事故現場に到着した。
新聞を読んで居ても立っても居られなくなったのだ。
警戒線の外側にいる騎士がエミリアを中へ導く。
「はぁ、はぁ……! 遅れました!」
「……いや、君は遅れていない」
ロダンは全員を見渡す。
「これで当事者が揃ったな」
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