94.王都へ
……墓掘人?
エミリアにはこれだけが意味不明だった。
マルテの職業は海軍士官で、墓掘人とは全然違う。
それとも墓掘人はイセルナーレにある組織名だろうか。
にしては、ちょっと不穏な署名だれけど……。
エミリアが心中で首を傾げていると、ロダンがそっと耳元で囁く。
「そろそろ行くか」
「……いいの?」
「ああ、もう充分だとも」
ロダンの甘く、湿った声。
「充分すぎる。ありがとう」
「ううん……ロダンの気が晴れたなら、良かった」
ふたりは腕を取ったまま、立ち上がる。
精霊アザラシがむにむにと床に身体を擦りつけていた。
「あなたもありがとう。おやすみなさい」
「……ふにゅ」
夢見心地のままで精霊アザラシがヒレをぺちぺちさせていた。
可愛い……。
ロダンとエミリアは船へと戻り、出発させる。
帰路にきちんと岩の扉も閉じて……。
夜空の星が一層、輝いて見える。
心配した雲も雨も遥かに遠い。
アルシャンテ諸島が見えなくなって、エミリアはロダンに尋ねた。
「あの石板とか、どうするの?」
「秘密にしておこうかと思う。公表すべきではない」
舵を取りながらのはっきりとした意思表示。
意外な結論ではなかったが、エミリアにとっては惜しい気もした。
考古学的には大いに価値がありそうなのに。
でもロダンの気持ちを考えれば、やむを得ない。
「お母様の意思を尊重するのね」
「ああ、どのみち過去の遺物だ。俺たちが関わるべきものではない。墓堀人という署名も気になる――」
「そうだ、あの最後の署名の墓堀人って?」
エミリアの疑問にロダンが答える。
いつも通りの雰囲気の中に、わずかな痛みが潜んでいた。
「墓堀人というのは、イセルナーレに存在した諜報機関だ」
「……海軍だからおかしくはないのかしら?」
「公的な文書には一切残らない、秘密部署だ。他国の領土にも乗り込んで魔術の秘密を暴き、漁るだけの連中……」
ロダンの言葉には軽蔑の響きがあった。
母の所属していた組織をそう評するなんて、意外だった。
「あまり良い組織には聞こえないけれど」
「その通りだ。誉れはなく、名も残らない。墓堀人という名も、その仕事振りから付けられた通称だ」
ロダンの迷いない口振りからエミリアはイメージを描く。
要は魔術の探求をする秘密機関……スパイ映画にあるみたいな組織だ。
「母が所属していたとは初めて聞いたがな」
ロダンは苛立っているように思えた。
あの署名にそれだけの意味があったのか、エミリアにはわからなかった。
イセルナーレの組織を聞いてエミリアが納得できないのは仕方ない。
残された問題はあの署名の内容だ。
ロンダート男爵がマルテの調査結果を持っているとか。
「……これからどうしよう? イヴァンさんへ聞きに行く?」
「それしかないな。墓堀人のキーワードを出せば、恐らく聞き出せるだろう」
ロダンが星を見ながら息を吐いた。
「イヴァンとは面識があったが、こうまで秘密を抱えられているとは」
「そ、そうなの?」
「つい先日も話したばかりだ。まぁ、母も暗号を追っているのが俺だとは夢にも考えなかっただろうが……」
話している間に船は東の港に到着した。
静かで、人の気配はほとんどない。
埠頭に戻ってきて、ようやく一安心。
地面が揺れずに濡れていない感覚が懐かしくなる。
「で、いつ行くの?」
「明朝すぐに」
「……相変わらずね」
「早いほうがいい。そして、行くのは俺だけだ」
その言葉もエミリアは予期していた。
エミリアがついてきたのは暗号があるかもだからだ。
マルテの調査結果を受け取るだけなら、エミリアは必要ない。
むしろエミリアがいると話が混乱するかも――。
それはエミリア自身も危惧していた。
「うん、わかった。結果は後で教えてね」
「もちろんだ」
ロダンと一緒にエミリアは東の港から市街地へと移動する。
だけど、街には妙な雰囲気が漂っていた。
西の市街地が少し明るい気がする……。
それに煙が上がっているような。
「……どうやらイセルナーレの西で事件のようだな」
「多分、そうよね」
「悪い。急いで確認してくる」
「うん、いってらっしゃい。気をつけて」
「ああ……今日は本当にありがとう」
ロダンが駆け出すのをエミリアは見送る。
これが彼の役割だし、もう市街地。エミリアひとりでも大丈夫だ。
この時、エミリアは単なる火事か何かだとしか思っていなかった。
翌朝、新聞の記事を見てエミリアは驚愕することになる。
『ブラックパール船舶株式会社の事務所で謎の爆発事故。
専務のイヴァン・ロンダート男爵は意識不明の重体で発見される』
これにて第2部第2章終了です!
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