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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
2-2 残されたモノ

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90.浮島のルーン

 浮島の直径は十数メートル四方だ。

 ライフジャケットを着ているとはいえ、すぐそばに海。


 中央には板のような、細長い石が鎮座していた。

 高さは2メートルほど。厚さは数十センチだろうか。


 この浮島と石板は人工物のような印象を受ける。

 いや、岩の扉の時点で人工物か……。


(ん……?)


 今、エミリアは気がついた。

 抱えたのを下ろされても、ロダンがエミリアの手を握っている。


「……手を離さないようにな」

「そこまで子どもじゃないんだけど……」


 さすがに浮島から落ちるマネはしない。

 ここまでくると心配性も行き過ぎだ。


 だが、ロダンは真面目な顔を崩さなかった。


「いにしえの海賊の拠点なら、罠があるかもしれん」

「……え?」

「数年前も海賊の島を探索していた者らが、罠の矢に撃たれた。君にそうした罠も回避できる自信があるのなら手を離すが」

「そ、そんなことが……」


 リアル海賊の宝探しがそんな事件を起こしていたとは。


 だが、魔術のあるこの世界なら何百年も起動する罠もありうる。

 エミリアの背筋がさーっと冷えた。


「……このままで」

「うむ、気をつけて進もう」


 ロダンがエミリアの一歩前に進む。

 足元の岩は外の岩壁と同じように思えた。


 一歩、一歩。

 息が詰まりそうだが、距離はたかが5メートルほど。

 中央の石板までは何の問題もなく到着できた。


 近くに寄ると、石板の中頃に魔力の気配を含んでいるのがわかる。


「ルーン文字ね」

「ああ、だが消えかかっているようだな」


 ロダンの言う通り、石板の魔力はかなり微弱だった。

 普通の魔術師なら読み取るのに苦労するレベルだ。


「私が先に見ましょうか?」

「……注意しろよ。手は離すな」


 エミリアはロダンに頷き、石板に向かい合う。

 目の高さより少し下に魔力の反応――非常に細かいルーン文字だ。


(これを刻んだのは相当、腕が良い魔術師ね)


 エミリアが石板のルーンに手をかざす。

 ロダンの手から伝わる魔力、前に読んだマルテの魔力とは系統が違う。


「……これを刻んだのはお母様じゃないみたい」

「やはりか……」


 ロダンはエミリアの答えを予期していたようだ。


「ルーンには何と刻んである?」

「うん、待って――」


 エミリアがルーン文字に意識を集中する。

 

 瞬間、石板に膨大な魔力が宿った。

 2メートルの石板表面すべてにルーンの文字が出現する。


 それはエミリアもロダンも知らない、超高密度のルーン。

 エミリアがイセルナーレ魔術ギルドで見たあらゆるルーンを超越していた。


(罠……!? いえ、これは――)


 異常なまでのルーンの魔力に引き込まれる。

 暗く、漆黒の闇。


 それはエミリアの髪色と内包する魔力に似ていて。

 真なる闇色の魔力が石板からエミリアの魂へと投射される。





『――憎い』


 エミリアの意識はぼんやりと浮島にいた。

 石板の前に、人がいる。

 その人はエミリアに背を向けていた。


(これは、この声は目の前の……?)


 憎悪、絶望、復讐……。

 負の感情が空間に渦巻く。


 強烈なプレッシャーと魔力の旋律。

 エミリアの知る、他のあらゆる魔術師を圧倒する存在感。


(……この人が石板を?)


『――絶対に許さない』


 腰まで届く、漆黒の髪と細長い腰つき。

 石板の前にいるのが女性だとエミリアは察した。


 彼女はただ、石板に向けて呪詛(じゅそ)を唱えている。


『――だから私は言葉と力を残す』


 女性の手にはねじ曲がり節くれだった杖がある。

 その杖には石板と同じ、超高密度のルーンを感じた。

 

『どれほどの月日が経っても、精霊の裁きがあらんことを』


 女性の首が動く。

 マズい、とエミリアは直感した。


 ――彼女はもう、生きていない。

 そして恐ろしい魔術師だ。


(嫌だ……っ)


 彼女の顔を直視してはいけない。

 本能が彼女を拒絶する。


 エミリアは意識をそらそうとするが、できなかった。


『ウォリスを滅ぼせ』


 駄目だ。彼女の顔を見てしまう……。

 もがくようにエミリアが虚空に手を伸ばす。


 ここから逃げなくては。

 今すぐに。

 

「エミリア!」


 暗黒に満たされた空間に白い魔力が雪のように散る。

 それはロダンの呼びかけだった。


「ロダン……!」


 エミリアはロダンの手を握っていたことを思い出す。


 きっかけがあれば、それがすべてだった。

 あらゆる闇が遠ざかり、エミリアははっと意識を戻す……。


「はぁ……あれ……?」


 石板の前でエミリアは倒れていた。

 目の前には、心からエミリアを気遣(きづか)うロダンの顔。


「……大丈夫か?」


 まだふたりの手は繋がったままだった。

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― 新着の感想 ―
取りあえず。 何をやらかしたんですか、ウォリス……
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