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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
2-2 残されたモノ

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87.夜の島々へ

 漁船でありながら、シートは防水加工の柔らかめだった。

 これなら長時間座っても痛くはないだろう。


 シートには腰にかけるベルトもあった。


(……車みたい)


 ファミリー向けの船だからか、相当安全に気を配った作りのようだ。

 さらにロダンが船上の箱からジャケットを取り出して、エミリアに渡す。


 ジャケットは空気を含み、防水と浮遊のルーンが刻まれている。

 

「これを。水に浮かぶから、万一の時も安心だ」

「ありがとう」


 受け取って、エミリアはちょっとドキドキする。

 シートベルトにライフジャケット……どこまで想定しているのか?

 

 とはいえ、用意はありがたい。おとなしく従うことにする。

 ウォリスには海がないし、前世でも水泳はさほど……海に投げ出され、溺れない自信はまったくなかった。


 紺色のジャケットを上から着て、シートベルトを締める。

 さらにロダンが近寄り、ぽんぽんとジャケットとベルトを確認していく。


「ふむ……ジャケットも、ベルトもよし」


 やっぱりロダンは気になるのだな……。

 普段はクールだが、こういうところはしっかりしている。


 エミリアの用意が整ったところで、ロダンが船を動かし始める。

 新型の蒸気タービンが駆動し、ゆっくりと海へ進む。


 船上からは魔力灯の強烈な光が夜の海を照らす。

 風もないし、遠くに雲と島が見える。月と星、人工の灯り。


「アルシャンテ諸島まではどれくらいなの?」

「小一時間ほどだな」


 王都東の海からはすでに小さな島が見える。

 あれらの島の、奥に行ったほうにアルシャンテ諸島がある。


 静かに、しかし速く船が航行する。

 船酔いが起きるかもと思ったが……今のところは大丈夫だった。


 舵を取りながらロダンの声がエミリアの耳に届いてくる。


「イセルナーレでの生活は順調か」

「ええ……お陰様でね。ロダンのほうは?」

「可もなく不可もなく」


 ロダンらしい言い回しだった。

 夜の船でふたりきり――別にデートではないのだが、情緒の欠片もない。

 でもそれがふたりのちょうどよい関係なのだ。


「何か面白い事件はなかったの?」

「……面白いことか。前にテリーのことを話しただろう?」

「あなたの副官っていう金髪の男性ね」


 ロダンに恋愛相談をしているとか。


 エミリアとして、その選択は賛同しかねるところではある。

 嫉妬だとかではなく、ロダンには不向きだと思うのだ。

 

(しかも正論で絶対に返してくるだろうし)


 エミリアには配慮を見せるが、他の人にはどうだろうか。

 テリーはきっとロダンの正論パンチで泣いているのでは……。

 

「コテージで待ち合わせをした日、俺が女性陣を他に行かせたのを覚えているか」

「最後にあっちのほうでいい出逢いがあるとか……。まぁ、適当なことを言って追い払ったわよね」

「テリーがあの時の女性から声をかけられたとか」

「えっ……ええ?」


 あの日、ロダンがあしらった女性たちが?

 めちゃくちゃ適当な言葉でどこかへやって……それでロダンの右腕であるテリーとエンカウントしたというのか。


(なんていう偶然……!)


「後日、舞い上がったテリーが『東の港で友人と飲んでたら、良さそうな女性陣と意気投合しちゃって……』ということで俺に喋ってきた。日付や女性たちの特徴からして、多分当たりだ」

「……ま、まぁいいんじゃないかしら?」

「妙な偶然もあるものだ。うまくいってくれればいいがな」


 それはロダンにしては意外な発言だった。

 部下の恋愛事情にまで気を配るようになっているとは……。


 目を見開いたエミリアにロダンがため息をつく。


「あいつのささやかな欠点は、個人事情で仕事のパフォーマンスにまで影響が出ることだ」

「そ、それは問題なんじゃ?」

「絶不調でも良い査定を出すレベルにはある。非常に有能なだけに悩ましい……」


 こうして聞くと、テリーは感受性が豊かで社交的なのだろう。

 魔術師的な能力は知らないが、ロダンの副官ならば相当なレベルにあるはず。


 恋愛事情は人それぞれとはいえ……なんという悩みか。

 平時が有能ゆえ、そこだけ切り離すこともできないのだろう。


「――これが最近の面白いことだ」

「なるほどね。本当に面白かったわ」


 そしてロダンがコンパスを見て、海の先を指差す。

 遠く、闇の向こう。月明かりでぼうっとだけ島が見える。


「見えた。あれがアルシャンテ諸島だ」

【お願い】

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