85.弁明とサラダ
夕方、エミリアの自宅にセリスがやってきた。
料理を学ぶため兼フォードとの留守番のためである。
(夜にフォードとルルを残すのは、やっぱりね)
セリスが引き受けて夜もいてくれるなら、エミリアとしては大いに安心だ。
それとセットで料理を教えるわけであるが……料理実習の前に、エミリアはさきほどのランチの件をセリスへと謝った。
「ごめんなさいね、雨の中に置いてきてしまって……」
「いいえ! 全然……精霊カモメくんとイワシを頂きましたし」
うん……?
イワシというと、あの作業現場に置いてあったやつだろうか。
ほとんど意味のない験担ぎのイワシ缶……。
怪訝な顔が伝わったのか、セリスが急いで弁明する。
「雨が降ってきて、さすがにイワシ缶もしまうってなって――それでは私が頂きますということで、その場で食べたんです。イセルナーレの缶詰めってやっぱりウォリスより断然おいしいですよね。小腹が良い感じに満たせました」
「そ、それで後半部分のほうは……?」
「結界の外に小さな精霊カモメくんがいたので、精霊魔術で呼んで一緒にイワシを食べたのですが……マズかったですか?」
多分、エミリアが先日呼び寄せた精霊カモメだ。
まだあの辺を飛んでいたのか。
「60メトロ以下なら合法でいいかな、と……」
「まぁ、そうね……」
精霊カモメと並んでイワシを食べるセリス。
ブラックパール船舶の作業員は驚いたと思う……。
マニュアルの発動にはならなかったのだろうか?
まぁ、誰が呼んだのかは明白な状況ではあったのだろうけど。
「精霊魔術をいきなり使うとびっくりさせてしまうかも」
「むむっ、確かに……一般の方は精霊魔術を見る機会が少ないかもです。気をつけます」
ウォリスでは精霊を呼ぶことは結構気軽な行為だ。
貴族のほとんどが精霊魔術を使えるのだから、そうなるのだが。
しかしあの夜の港での反応を見る限り、イセルナーレの一般人全員が同じとは思えなかった。
セリスも理解してくれて話が終わる。
次は料理の実習のほうだ。
まずは野菜の切り方――とりあえずはレタスだ。
精緻な切り方もあるが、これはざっくりとでオッケー。
まずは包丁に慣れることから……。
「きゅーいきゅい! きゅいきゅい!」
「んふー……」
フォードはテーブルに顔を乗せて、ルルのサンドバッグになっている。
ぺしぺしぺし……。
羽の運動で摂取した栄養をきっと消費してくれるだろう。
ぺしぺしされたほうも幸せになる一石二鳥の方策だ。
力の入りやすいセリスをなだめつつ、エミリアは料理の基礎を教えていく。
これらはまだ基礎のひとつでしかなく、まだまだ時間はかかるだろうが。
「パスタを茹でる時は水に対して1%の塩を入れて……」
塩の量については諸説あるが……。
2%のほうがいいという人もかなりいる。
とはいえ、まずは基本から。
沸騰した鍋のお湯をセリスがじっと見つめる。
「……パスタは折っちゃいけないんですよね?」
「イセルナーレで折った形は珍しいわ。料理本にも『絶対に折るな。罪に値する』って書いてあるし」
パスタをどう出すか、これはもう国次第だ。
イセルナーレのレストランで折られたパスタが出ることはない。
ウォリスではぱきぱきに折って出てくるのだが……。
そんなことを話しながら、貝のスパゲッティーと酢漬けのイカとレタスのサラダ、トマトスープを作り上げる。
「んー、貝のスパゲッティー、おいしいー」
「きゅーい!」
フォードとルルは好き嫌いがないので作り甲斐がある。
ルルは酢漬けのイカをよく噛み噛みしていた。
セリスはサラダを食べて唸っている。
「うーん、サラダもトッピングで味が大きく変わりますね」
「漬けられた水産物やハーブ類は結構、お手軽に変化が楽しめるわね」
「食料品店でチェックしてみます……!」
サラダには酢漬けのイカ、それに少量のハーブも入れていた。
適度な酢や発酵と香辛料は野菜の旨さを引き立たせてくれる。
まだまだセリスから目は離せないけれど、教えられたことの吸収速度は早い。
数か月で形になるのではないだろうか。
皆で夕食を食べた後、セリスにフォードとルルを任せ、エミリアは夜の街に出る。
待ち合わせの時間に間に合うように。
身体のアルコールはすっかり消えている。
夜空は昼の雨が嘘のように星で輝いていた。
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