80.第一工程の終わり
予想通り、分割することによって作業は円滑に進んだ。
分割後の塊をエミリアとセリスが見て回る。
「この塊は思ったよりもルーンがありませんね」
「そうね。さくっと終わらせようかしら」
3つの塊のうち、ひとつはさほどのルーンもない。
記録するまでもなく、エミリアとセリスの作業分担でルーンが消えていく。
これで残りは大きな塊がふたつ……だが、時間はさほどかからないだろう。
イヴァンが消去の終わった塊を検査していた。
「ふむ……問題はありませんね。これは移動させましょうか」
「あれ? グロッサムさんの検査は……」
「このサイズなら港入り口の、もっと交通の良いところに動かせますので。そちらで検査はお願いしましょう」
イヴァンはやはりかなりの合理主義者だった。
彼はそのまた次の工程を考えているらしい。
「2番口なら魔術ギルドからそう遠くもありませんし、鉄鋼工場も近い……。作業長、早速移動させてください」
イヴァンのてきぱきとした指示が飛ぶ。
作業員も一糸乱れず、イヴァンの指示通りに動く。
部下からも信頼されているのだろう。
仕事のできる男だ……。
「エミリアさんの提案のおかげで、スペースが空きますね。先々の工程まで考慮されるとは……」
「…………いえいえ、私なんかまだまだです」
イヴァンの混じり気のない称賛にエミリアはすまし顔で答える。
エミリアはそんなところまで全然考えていない。
せいぜい自分の工程くらいだが……いい方向に勘違いしてくれている。
罪悪感がないわけでもないが、その程度の世渡りはできる精神年齢だ。
そうして作業に戻って、小一時間。
昼が近くなってきた。相変わらず曇り空なのが気になる。
否、空はますます暗くなっているような。
指揮を行うイヴァンは作業現場に出たり入ったり……。
やはり大きな鉄塊が動くので忙しそうだ。
だが、イヴァンは疲れた様子を微塵も感じさせない。
「残りのふたつも順調そうですね」
「ええ、この面にはルーンがさほどありませんでしたので。時間にして半日もかからず終わるかと」
「承知いたしました。実は2個めの残骸がまもなく引き上げられ、港に到着します。サイズ的にはこの1個めよりも小さいはずです」
残骸がないとエミリアの作業もなくなってしまう。
引き上げも予定通りなのは喜ばしい。
「おおー……わかりました、到着次第そちらも着手いたします」
「ぜひお願いいたします」
エミリアは仕事をしていたい人間だ。
次の残骸も来る、となってエミリアはモチベーションが上がってきた。
(こうやって次々に処理していけば、夏の間には終わるかな?)
ルーンの処理速度は恐らく問題ない。
野外での作業、あとは荒天の時が問題か……。
空を見上げると、今日の曇りは本当に色濃い。
風も湿っている。遠くの空は明るいのだが、王都周辺は雨が降って来そうな――。
「あっ」
ぽつりとエミリアの額に水滴が当たる。
予想通りというか、なんというか。
大きな雨粒がぽつぽつと港に降ってきた。
「……ふむ、雨が降ってきましたね」
「ですね。さほどの勢いではありませんが」
雨が降っても作業はできる……日傘があるからだ。
とはいえ、雨の状況下ではルーンの消去は一段と難易度を増す。
雑音と雨の気配が集中を邪魔をしてくる。
とはいえ、長雨にはならない。
作業全体の影響はたかが知れているだろう。
イヴァンがそっと作業場の傘に入り――ふたりを見渡す。
「降雨の中では作業も難しいでしょう。昼時でもありますし、少し休憩されては?」
「そのほうがいいかも知れませんね」
エミリアがそう、何の気にもなしに答える。
確かにもうランチタイム。少々、お腹が減った。
が、セリスは残骸のそばへ屈み、集中している。
「私はもうちょっと……少しずらします」
「……大丈夫?」
「集中を続けたいので……。それに雨にも慣れたくて」
その気持ちはよくわかる。
魔術にはリズムというか、流れがあるのだ。
セリスにとっては初仕事。
不意の雨でさえ経験にしたいのだろう。
イヴァンがふっとエミリアに完全無欠の笑顔を向ける。
女性を魅了する甘い微笑み――。
そして仕事先としてはある意味、当然の提案が彼の口から飛び出してきた。
「では、せっかくですから昼食をご馳走いたしましょうか?」
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