79.イヴァンの仕事
レッサムが去った後、イヴァンは公園のベンチに腰掛けた。
「ふぅー……」
天を仰ぎ、肺の空気を押し出す。
公園に植えられた木々の緑がいやに濃く感じる。
悲願はもう達せられた。
それなのに、どうしても横槍が入る。
イヴァンが首を持ち上げながら、眉間を揉む。
すると……ひんやりとした冷気が顔のすぐ近くに来た。
それは小さな、きんきんに冷えたレモネードの瓶を持った黒髪のロダンであった。
「隣に座っても?」
「どうぞ。狭いベンチですが」
「座れるだけいい」
ロダンが手に持ったレモネードの瓶をイヴァンへ押しつけた。
最近、売り出し中の小瓶レモネード……よく冷えていて、中にガラス玉がはめ込まれている。
王冠のレモネードに押されているとはいえ、小瓶のレモネードは庶民には人気だ。
王都の守護神と称されるロダンがこのような気遣いをするのが、イヴァンには意外であったが。
ありがたくイヴァンは頂戴することにする。
お互いの身分、立場は脇に置いて――今なら話せるということだ。
「……このようなものも飲まれるのですね」
「王都の夏でレモネードを飲まないのは、人生を損している」
「違いありません」
イヴァンとロダンが慣れた手つきでガラス玉を押し込み、封を解く。
そのままぐっとレモネードを喉へと流し入れる……。
ちりちりと肌を焼く熱気と強烈な炭酸、ハーブと甘味。
アルコールとはまた違った愉悦だ。
「カーリック団長の伯父上とお会いしていましたよ」
「そうか。君にもちょっかいをかけてきたんだな」
「まぁ……そうですね」
イヴァンは目つきが鋭くならないよう、注意しながらロダンを観察した。
彼の評判は無論、イヴァンも知っている。
若くして王都守護騎士団を任される実力者。
王族とも閣僚とも繋がりがある大物。
社交界にめったに顔を見せない、変わり者とも……。
法と正義の執行人、精霊の擁護者などなど。
ロダンはイヴァンを見ず、公園の彼方に視線を向けていた。
「……俺は君らを高く評価している。沈没船の引き上げは簡単な話ではない」
それはロダンの嘘偽りない感想であった。
ブラックパール船舶は船の建造と解体を請け負うが、同時に沈没船の引き上げにも尽力している。
正確な位置がわからない沈没船を探すこと。
さらに沈んだ船体はそれぞれ異なった壊れ方をする。
それらの調査と引き上げ。
根気と技術力がなければ、到底継続できない事業だ。
「海に消えていった魂と荷、その重みを君らは知っている……。ブラックパール船舶は情熱と技術を持った、素晴らしい船舶会社だ」
「お褒め頂き、光栄です」
それはイヴァンの誇りでもあった。
ロダンほどの人物が認めてくれるのは、素直に嬉しい。
同時にイヴァンは嘆息せざるを得なかった。
「墓堀人は活動を縮小したと聞いていましたが……」
墓堀人。
イセルナーレ海軍の諜報機関だとイヴァンは亡くなった父から聞いていた。
「俺もその認識だ」
「なら、テトス大佐は何を?」
イセルナーレは形式主義だ。
国として活動規模が縮小されるのなら、それに従う人間がほとんどだろう。
その形式を破ってまで、彼は何をしようとしているのか。
ロダンにもその全貌はわからない。
ふっと……ロダンの口から辛辣な言葉が漏れ出た。
「……亡霊」
「あなたが仰ると、笑うに笑えませんね」
「なんにせよ、気をつけることだ。伯父はまだ何も諦めていない」
翌日の午前。
本日は珍しく雲が分厚く、太陽光が遮られている。
だが、作業にはちょうどよい。
今日の夜にアルシャンテ諸島にエミリアはロダンと向かう。
(その前にお仕事はしなくちゃね)
エミリアとセリスは再び船の解体作業に従事する。
船の残骸は三等分され、ひっくり返されていた。
あの巨大な塊を、ちょっといない間にこうも変えてしまうとは。
技術的にできると知っていても、やってのけるのは別だろう。
例えるなら……東京タワーの当時の建築現場を見るような。
エミリアは臨席するイヴァンに感嘆を述べる。
「わぁ、凄いですね……」
「はは……作業的にはこれで支障はなさそうですか?」
「はい! もちろんです!」
と、残骸の近くにテーブルと日傘が置いてある。
作業台ではない……。
テーブルの上には、いくつもの開けられたイワシ缶だけが置いてある。
セリスが首を傾げ、テーブルに疑問を呈する。
「あれは何でしょうか? どなたかの食べ残し……?」
「ああ……先日の夜、精霊カモメが出たようで」
ぎくっ!
エミリアが表情を取り繕う。
だが、イヴァンはエミリアの変化に気づかずに話を続ける。
「それで精霊カモメにイワシを盗られたようなんですが、なんと銀貨を落としていったそうで」
「へぇー! ラッキーな話ですね」
セリスがふんふんと頷く横で、エミリアの背中には汗が浮かんでいた。
「まぁ、それで……縁起が良いとのことで置いて欲しいと。そんな話がちょうど昨日の作業会議でありましたので」
……あの銀貨はロダンのものだったんだけど。
まぁ、いいか……。
験担ぎはどこにでもあるものだ。
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