74.魔性の魅力
ロダンからの連絡は手紙だった。
内容はあの件について進展があり、なるべく早く会いたいということ。
もちろん、あの暗号の件は付き合うつもりでいた。
(あれ、でも会う場所が……東の港か)
会う場所は王都東の港が指定されていた。
ロダンの屋敷ではないらしい。
ただ、その意味はわかっていた。
アルシャンテ諸島は王都からすぐ東にあるからだ。
8月第2週、夏の熱気がいちばん強い時期。
午後の早め――太陽も一番強く輝いている。
セリスにフォードを預け、エミリアは王都東の港に来ていた。
イセルナーレも夏季休暇だ。
多くの店や企業は休む。ただ、飲食や観光業の分野はその限りではない。
むしろ人、人、人だ。
国内からも国外からもバカンスを楽しもうという人で東の港はいっぱいだった。
(……フォードはまだ連れてこれないわね)
国外からもたくさんの人が来て、通りのいくつかは肩がぶつかるほどだ。
エミリアは前世の江の島を思い出してしまった……。
4歳のフォードにとっては恐怖だろう。
万が一、迷子になったらと思うとエミリアも怖い。
それほど東の港は活気にあふれ、盛況だ。
指定された待ち合わせ場所は、そんな東の港の入り口のひとつ。
この区画は富裕層の別荘近くであり、人混みはまだ少ない。
それでも観光客は絶え間なく行き交っているが。
「えーと、イルカのアーチね……あれかな?」
港の入り口にはご機嫌な踊っているイルカの看板のアーチがあった。
麦わら帽子を被り、観光客にアピールするイルカ君。
『イセルナーレの海、太陽の輝く先へ行ってみよう!』という文句もでかでかと書かれている。
看板の装飾はきらびやかで、遠くからでもはっきりと読み取れる。
この看板が富裕層に船の購入やクルージングに誘う目的なのは明らかだった。
すすっとエミリアはアーチに近寄ってみて……ロダンが見当たらない。
彼は絶対に早く来る人間なのだが。
何か遅れるような事件でもあったのだろうか。
あるいは変装しているだろうロダンを見落としているだけ?
「んん……?」
アーチの左側、数人の女性観光客に囲まれている人がいる。
人混みで見えないのだが……。
「ねぇ、いいじゃないですか。行きましょうよー」
「別荘でパーティーなんだよ?」
なんだか中心の人が口説かれている気がする。
……まさか、もしかして。
エミリアがアーチの右側に寄って、意識を集中する。
声が遠く、耳の後ろへ飛んでいく感覚。
額にある形のない目で人混みを見通す。
わずかだが感じる。
ロダンの雪のように白い魔力だ。
やっぱり女性観光客の中心から、わずかに漏れていた。
「はぁ……」
どうやらしつこい逆ナンにひっかかったようだ。
普段の騎士服ならそんなことは起こりえない。
治安維持の軍人を誘うマヌケはさすがにいないからだ。
でも今はきっと私服で、アーチを離れるわけにもいかない。
ロダンが異常にモテるという事実をすっかり忘れていた。
「……ふーっと」
あの中に割って入るのはちょっと面倒だ。
エミリアが魔力の隠匿を少し、解く。
夜の闇を塗り潰す漆黒の魔力が放射される。
これは合図だった。
さて、どうかな。伝わるだろうか。
と、瞬時に人混みが割れて黒髪のロダンが顔を出す。
「すまない。人が来た。ここまでだ」
「えー、そんなぁ……」
「出会いを求めるなら、あちらの浜がいい」
ロダンが南のほうを指差し、そのまま女性観光客に目をくれることもなくエミリアのほうへと歩き出す。
一瞬、女性観光客がエミリアを見て――エミリアは彼女に笑みを返した。
エミリアも顔の作りは非常に良い。
ロダンと比べられると困るが、並んで馬鹿にされないレベルではあるはず。
ロダンがエミリアの隣に立ち、女性観光客も諦めて去っていった。
開口一番、ロダンがうんざりした声を絞り出す。
「……助かった」
「いーえ、学院時代のサインを忘れてなくて良かったわ」
ロダンがウォリスに留学していた頃、エミリアは何度もこうやって助けていた。
すぐ異性に囲まれてしまうのはロダンの性質である。
もうエミリアは慣れていた。
「にしても、ちょっと離れて戻ってくるとかじゃダメだったの?」
「そうしていたんだが、今の連中で4組目だ」
「……うーん」
予想以上だった。ただ、わからなくもない。
ウォリスの留学時代は少年と青年の間だった。
格好良くはあったけど、今のほうが魔性の魅力は増している。
不思議なことだが、この魅力にエミリアはひっかからない。
セリスも多分、そうだ。魔力が関係しているのだとエミリアは思っているのだが。
(今の女性陣も魔術師じゃないしね……)
魔術師かそうでないかの判別をエミリアが間違うことはほぼない。
それにもし魔術師なら、さっきエミリアの魔力に反応したはずだ。
「私服で出歩けないわね」
「騎士服を着ていないとどうなるか……久し振りに味わった」
ロダンの疲れた声にちょっと笑いそうになる。
これはこれで苦労しているのをエミリアは知っているのだが。
「じゃあ、さっそく移動しましょう。ここで話すわけじゃないでしょ」
「そうだな。近くのコテージを確保している。そこに移ろう」
ようやくこの回を書けました。
騎士服は鉄壁のガード……!
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