70.帰宅
「この文字列だけじゃ終わらないってこと?」
「母の意図がどこにあるのか、ルーンの解読が次も必要な可能性はある……」
そもそも、なぜ暗号文などを残したのか。
そこからして謎ではあった。
「あの暗号文を残さなくちゃいけない、そうした事情に心当たりは?」
「……ない。俺の母のマルテはルーン魔術師で海軍士官だったが、それ以上ではなかったはず」
しかしロダンの沈む声からすると、確固たる自信はないようだった。
自分の親が何をしていたのか?
実際、それを知るのは簡単なことではない。
15年前に亡くなられたのなら。
伯爵家として、扱いが正室じゃなかったのならば。
なおさら知るのは困難だろう。
エミリアはふと、ロダンの父はどうだったかと思い出した。
彼の父は健在のはずだ。
何か知っているなら、ロダンからも聞けるのではないか。
……あまりロダンが親とうまくいってなくても。
エミリアは探るように尋ねる。
「お父様はご存知でないの?」
「父は俺と連絡を取りたがらない。イセルナーレの西で隠居生活に勤しんでいる」
ロダンが吐き捨てる。
それは、はっきりとした拒絶の言葉だった。
「俺が爵位を継承してから、父はすぐ王都を出ていった。それからたまに手紙は来るが、それだけだ。もう1年以上会っていない」
「……ごめんなさい」
「いや……」
ロダンが足を止めて首を振った。
過去と感情を振り払うように。
「どうも今日の俺はおかしい。君が謝ることなど何もない……気を遣わせてばかりで、悪いのは俺だ」
「……当然だと思うわ。お母様のことなんだから」
ロダン自身は気づいているのだろうか。
父よりも母のほうにずっと思い入れがあることを。
あるいは伯爵家ではない、母だから……?
家族関係は結局のところ他人がどうこう言えるものではない。
寄り添う以外にないのだ。
「君には助けられてばかりだな」
「そう? この国に来てから、私のほうがお世話になりっぱなしなような……」
「そうか……?」
離婚調停とルーンの件を比べると、離婚調停のほうが遥かに重い気がする。
あれはふたつの国を巻き込んでしまったのだから。
「だから、私のほうは気にしないで。ロダンのことなら、いくらでも付き合うから」
「……ありがとう。頼りにさせてもらう」
ロダンがふっと顔を緩める。
今夜、一番の微笑みだった。
エミリアにとっては馴染み深い、彼の顔。
謎は残ってしまったが、彼の助けにはなったのだろうか。
「家まで送ろう」
「うん、ありがと」
街灯の灯りがふたりを照らす。
……ロダンのことについて、エミリアはまた少しわかった気がした。
家に戻ったエミリアは軽く化粧を落とし、そーっと寝室へと向かう。
が、寝室の扉を開けてエミリアは驚いてしまった。
「んんっ……」
小さな室内灯の下、フォードが寝室の小テーブルにもたれかかって寝ていたのだ。
フォードがベッドから抜け出すなんて、めったにないことだった。
フォードの顔のすぐそばにはルルがいて、頭をくっつけて寝ている。
「きゅいー……」
テーブルの上には他に画用紙とクレヨンがあった。
4歳児らしい、赤色の図形がいくつも……カニだろうか。エビかもしれない。
寝ぼけてベッドから出て、お絵描きをして――また寝たのだろうか。
とりあえずベッドへ移動させないと。
そう思い、エミリアは息子を抱える。
正直、もうかなり重い……まだ持てるが、あと少しで限界だろう。
「んん? お母さん……?」
「ただいま」
寝ぼけ眼のフォードを刺激しないよう、エミリアはそっと答える。
「お仕事、終わったの……?」
「うん」
「お疲れさまぁ……」
フォードの声はぽやぽやで、半分寝ていた。
ベッドに寝かせれば、すぐ寝入りそうなほどだ。
「ルルとね、お絵描きしてたの……」
「……楽しかった?」
「うん。お母さんには、お仕事があるもんね……」
ルルを見ると、お腹の下にクレヨンが隠れている。
ルルはルルでフォードと遊んでくれていたのだ。
自分はいくつもの存在に囲まれている。
それを噛みしめながら、エミリアはフォードをベッドに寝かせた。
「お母さん、頑張ってね」
「……ええ」
良き親であり続けたい、エミリアはいつもそう思っている。
そう思わせてくれるのは、フォードだ。
エミリアが今度はルルを抱え、フォードのそばに寝かせた。
「きゅうー……」
「んふふー、ルル……」
フォードがルルに頭をすり寄せ――すぐに眠り落ちる。
その隣にエミリアも入っていく。
「おやすみなさい……」
ふたりの体温を感じながら、エミリアも目を閉じたのだった。
これにて第2部第1章終了です!
お読みいただき、ありがとうございました!!
もしここまでで「面白かった!」と思ってくれた方は、どうかポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて頂けないでしょうか……!
皆様の応援は今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







