69.塵に消えて
その言葉を聞いて、エミリアも考える。
確かに……この『アルシャンテ諸島 月の交差する岩壁 ふたつの首』という文。
ロダンへのメッセージのようには思えない。
最初のアルシャンテ諸島が地名だとしたら、残りも地名かなにかだろうか。
暗号文のようにも感じる。
少し彼の横顔を見ていると、目に力が戻ってきていた。
「……すまなかったな」
「いえ、私は全然……気にしないで」
「残るは――」
ロダンがルーンをなぞり、瞳に愛おしさが浮かぶ。
潮風が彼の銀髪を撫でつける。
彼が指を離すと、そこには揺るぎない決意があった。
「このルーンを消してくれ」
「えっ……えっ?」
「それが君の仕事だろう」
ロダンに真正面から言われ、エミリアは口ごもる。
そうなのだ。最終的にエミリアはこの船に残されたルーンをすべて消す。
それが仕事である。
今、消さなくてもいずれ消す。
……ロダンの母の残したものを。
改めてその重みをエミリアは感じてしまう。
「いいの?」
「最後に見ることができたんだ。もう悔いはない」
ロダンの涼やかな声はしっかりと地に足がついていた。
強い決意にエミリアは頷くしかない。
彼には彼の考えがあって、エミリアにも仕事がある。
いつまでも残してはおけない。もう消すしかないのだ。
ゆっくりと息を吐く。
集中すれば数分で終わる。
「わかった。やるわ」
ロダンの指先がエミリアに重なる。
ほんのわずかに彼の人差し指が震えていた。
(……そうだよね)
言葉でははっきり言えても、それがすべてとは思わない。
人の心は複雑で、色々なことに揺れ動く。
ロダンの理性は消すべきと主張し、感情は残せと叫ぶ。
だが、理性が勝ったのだ。
青白いロダンの魔力が包む中、エミリアも魔力を同調させる。
感情を追い出し、心をからっぽにして。
小さな波の音、精霊カモメの翼をはためかせる音、潮風の鳴る音。
ロダンの心臓の鼓動……すべてが通り過ぎ、指先に魔力が集まる。
ふたりで魔力を合わせて指先を走らせ、弾けさせる。
ロダンの白い魔力がルーンを覆う。
ロウソクの火が雪に落ちたら。
きっとこんな風に溶けて消えてしまうのだろう。
ふっとかすかな魔力の露が空に飛び、何も残さずルーンが消えた。
どっと心が疲れた気がする。
「ふきゅ」
精霊カモメがイワシをくわえ、すーっと夜の闇へと舞い上がる。
人の気配はまだない。
ただ、長居はしないほうがいいだろう。
「……行きましょう」
ロダンの反応はすぐに返って来なかった。
彼の青い瞳が粒になって消えた魔力を追うように動き――エミリアに戻ってくる。
「そうだな。もう行くべきだ」
ふたりは港を出て、そのまま言葉を交わすことなく道を歩く。
若干の気まずさを感じながらもエミリアは沈黙を選択した。
ロダンはひとりで考え込む。
それを邪魔しないほうがいいと知っている。
市街地に着くと、やっとロダンが口を開いた。
「……あのルーンだが」
「うん」
「あれは間違いなくメッセージだ。ただ、向けられたのは俺ではない――君と俺が見つけたのは偶然だろう」
「じゃあ、誰に向けて……?」
子ども以外にメッセージを残す相手。
あとは仕事関係か。あるいはロダンの父に向けて……だろうか?
「沈んだブラックパールが引き上げできたのも幸運の賜物だ。誰があのメッセージを見つけるか、母には見当がつかなかったはず」
「…………」
「ただ、ルーン魔術師以外に解読はできない。それは確かだ。あのメッセージはいつか、才能あるルーン魔術師に向けてのものだろう」
「なるほど……」
うーん、まず魔術師向けではあるか。
でないと魔力感覚もないし解読もできない。
「で、問題は――書いてあった文字列だ」
「……どんな意味があるんだろう?」
「そこは俺が探っておく。多分、イセルナーレの人間向けではあるはずだ……」
ロダンが顎に手を当てる。
「恐らくだが、次も君の協力が必要になるな」
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