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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
2-1 沈没船ブラックパール号

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68.解読

 目的のルーンは魔力灯のすぐそばだ。

 警備が去ったとは思っても、戻ってこないという保証はない。


(急いだほうがいいよね……)


 エミリアは小走りに駆け寄り、ルーンの場所をささっと指差す。

 

「これです……!」

「……ふむ」


 ふたりが並んでルーンを見つめる。


 近い。ロダンの顔がエミリアの顔に近い。

 だが意識するのもいまさらで癪だった。


 異質なルーンに手袋をつけたロダンの指が触れる。

 ロダンの顔に力が入っていくのがわかった。


 彼の顔に懐かしさがはっきりと表れている。


「……ああ、母の魔力だ」

「やっぱり……そうだったんですね」

「母のルーンにはたくさん触れてきたが、新しいものが見つかるとはな」


 ロダンがそっと息を吐き出し、愛おしさを込めてルーンをなぞる。

 

 そのルーンはもう、魔力が途切れかけていた。

 絡まって、摩耗して……それでも最後に残り、息子に再会したのだ。


「君が気づけたのは、運命だったのだろうな」

「……私はただ居合わせただけです」

「それも含めて運命だ」


 ロダンがゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あとの問題はこのルーンの解読か……」

「私の知識では読み取れなかったんですが、どうです?」

「俺にも読み取れない」

「えっ」

「安心しろ。これは簡単な暗号だ」


 ロダンの指が刻まれたルーンの文字列の中間に触れる。

 

「これらの文字列は複数のルーンをあえて絡ませ、記述している。その中で特定のルーンを消せば読み取れるようになる」

「そんな方法が……」


 このルーンはあえて重ねていたのか。

 読み取れないのも仕方がない。


「母が教えてくれた、子どもの遊びのようなものだ。軍用は複雑だが、これは比較的簡単に作ってある――」


 ルーンの光が断続的にちらつく。


「経年劣化が激しく、俺の技量だと必要なルーンも消してしまう。君の力がいる」

「わかった…!」


 ここまで来たら最後まで付き合うだけだ。

 皮の手袋をつけたエミリアもルーンに手を伸ばす。


 絡み合う複雑なルーンのきらめき。

 錆ついた鉄の中に光るルーン。


 手袋をしたエミリアの手にそっとロダンの手が重なる。

 彼も手袋をしているので、布越しの重なりだった。


「……集中します」


 エミリアがルーンの消去にすっと意識を合わせる。

 これがロダンの母のルーン。そう思うと、手先が震えてしまう。


 失敗は許されない。

 息を吸って、吐いて。

 

 心臓の鼓動を抑え、集中を続ける。


「エミリア、大丈夫だ」

「はい……」


 ロダンの声は限りなく優しい。

 エミリアを信頼している。


「まず右から。これは下のほうを消してくれ。俺も合わせる――」


 ロダンの身体から魔力が放たれる。


 白くて、月明かりを反射する。

 涙のようにほのかに冷たい。


 感覚を研ぎ澄ませたエミリアには、綺麗で儚い舞い散る雪のように思われた。


 真夏なのにロダンの魔力は心地良い冷たさを含み、エミリアの指先に絡む。

 

(こうやって一緒に作業するのは、学院以来ね……)


 5年近く前の学院時代は、しょっちゅうこうしていた。

 ルーン魔術のアレコレをロダンがエミリアに教え、エミリアは精霊魔術を教える。


 ふたりで課題に頭を悩ませ、創意工夫をし、切磋琢磨した。


 イセルナーレで再び共同作業をすることになるなんて。

 1か月前のエミリアには夢の中でさえも想像できない話だった。


 ロダンは徹頭徹尾、エミリアの指先を導いてくれる。


 魔術においてロダンはいつもそうだった。

 エミリアのサポート役に徹していた。


(変わらないものね……)


 ロダンの魔力に過ぎ去った日々を思い、魔力を重ねる。

 そうして少しずつルーンを消してゆく。


 指を躍らせ、魔力を操り、絡み合ったルーンを解きほぐす。

 行って戻りつつ、ふたりで息を合わせ。


 やがてエミリアにも刻まれたルーンの意味が読み取れるようになった。


『アルシャンテ諸島 月の交差する岩壁 ふたつの首』


「……これは?」

「アルシャンテ諸島はここからすぐ近くの諸島だ。残りの意味は……すぐにはわからない」


 ロダンがすっと目線を落とした。

 そこには明らかな失望が浮かんでいた。


 意味がわからず、エミリアはロダンを見つめる。


「どうやらこれは、俺へのメッセージではなかったようだな」

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― 新着の感想 ―
 つまり、海軍の、大佐である兄に向けた暗号? その場所に何かを沈めた?
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