68.解読
目的のルーンは魔力灯のすぐそばだ。
警備が去ったとは思っても、戻ってこないという保証はない。
(急いだほうがいいよね……)
エミリアは小走りに駆け寄り、ルーンの場所をささっと指差す。
「これです……!」
「……ふむ」
ふたりが並んでルーンを見つめる。
近い。ロダンの顔がエミリアの顔に近い。
だが意識するのもいまさらで癪だった。
異質なルーンに手袋をつけたロダンの指が触れる。
ロダンの顔に力が入っていくのがわかった。
彼の顔に懐かしさがはっきりと表れている。
「……ああ、母の魔力だ」
「やっぱり……そうだったんですね」
「母のルーンにはたくさん触れてきたが、新しいものが見つかるとはな」
ロダンがそっと息を吐き出し、愛おしさを込めてルーンをなぞる。
そのルーンはもう、魔力が途切れかけていた。
絡まって、摩耗して……それでも最後に残り、息子に再会したのだ。
「君が気づけたのは、運命だったのだろうな」
「……私はただ居合わせただけです」
「それも含めて運命だ」
ロダンがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あとの問題はこのルーンの解読か……」
「私の知識では読み取れなかったんですが、どうです?」
「俺にも読み取れない」
「えっ」
「安心しろ。これは簡単な暗号だ」
ロダンの指が刻まれたルーンの文字列の中間に触れる。
「これらの文字列は複数のルーンをあえて絡ませ、記述している。その中で特定のルーンを消せば読み取れるようになる」
「そんな方法が……」
このルーンはあえて重ねていたのか。
読み取れないのも仕方がない。
「母が教えてくれた、子どもの遊びのようなものだ。軍用は複雑だが、これは比較的簡単に作ってある――」
ルーンの光が断続的にちらつく。
「経年劣化が激しく、俺の技量だと必要なルーンも消してしまう。君の力がいる」
「わかった…!」
ここまで来たら最後まで付き合うだけだ。
皮の手袋をつけたエミリアもルーンに手を伸ばす。
絡み合う複雑なルーンのきらめき。
錆ついた鉄の中に光るルーン。
手袋をしたエミリアの手にそっとロダンの手が重なる。
彼も手袋をしているので、布越しの重なりだった。
「……集中します」
エミリアがルーンの消去にすっと意識を合わせる。
これがロダンの母のルーン。そう思うと、手先が震えてしまう。
失敗は許されない。
息を吸って、吐いて。
心臓の鼓動を抑え、集中を続ける。
「エミリア、大丈夫だ」
「はい……」
ロダンの声は限りなく優しい。
エミリアを信頼している。
「まず右から。これは下のほうを消してくれ。俺も合わせる――」
ロダンの身体から魔力が放たれる。
白くて、月明かりを反射する。
涙のようにほのかに冷たい。
感覚を研ぎ澄ませたエミリアには、綺麗で儚い舞い散る雪のように思われた。
真夏なのにロダンの魔力は心地良い冷たさを含み、エミリアの指先に絡む。
(こうやって一緒に作業するのは、学院以来ね……)
5年近く前の学院時代は、しょっちゅうこうしていた。
ルーン魔術のアレコレをロダンがエミリアに教え、エミリアは精霊魔術を教える。
ふたりで課題に頭を悩ませ、創意工夫をし、切磋琢磨した。
イセルナーレで再び共同作業をすることになるなんて。
1か月前のエミリアには夢の中でさえも想像できない話だった。
ロダンは徹頭徹尾、エミリアの指先を導いてくれる。
魔術においてロダンはいつもそうだった。
エミリアのサポート役に徹していた。
(変わらないものね……)
ロダンの魔力に過ぎ去った日々を思い、魔力を重ねる。
そうして少しずつルーンを消してゆく。
指を躍らせ、魔力を操り、絡み合ったルーンを解きほぐす。
行って戻りつつ、ふたりで息を合わせ。
やがてエミリアにも刻まれたルーンの意味が読み取れるようになった。
『アルシャンテ諸島 月の交差する岩壁 ふたつの首』
「……これは?」
「アルシャンテ諸島はここからすぐ近くの諸島だ。残りの意味は……すぐにはわからない」
ロダンがすっと目線を落とした。
そこには明らかな失望が浮かんでいた。
意味がわからず、エミリアはロダンを見つめる。
「どうやらこれは、俺へのメッセージではなかったようだな」
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