66.深夜のふたり
エミリアはぶんぶんと首と手を振る。
「いやいや! それはマズいですって!」
「王都守護騎士団はいついかなる時でも王都の安全のため、ルーンの消去を要する作業の抜き打ち調査を行うことができる」
ロダンが朗々とイセルナーレの法を読み上げる。
「深夜、こっそりと調査することに法的問題はない」
「私が同行するのは駄目でしょう!?」
「魔術的要素を含む調査に際し、王都守護騎士団は見識の確かなる者を選定し、同行させることができる。君の経歴は同行者の要件を満たしている」
「くっ……! ああ言えばこう言う!」
なんという理屈っぽさ。
……いいや、ロダンはこんな無茶は普段言わない。
母親が関わるからか。
エミリアがそう言ってしまったからだ。
ロダンがじっとエミリアを見つめる。
澄んだ蒼海の、吸い込まれそうな瞳がエミリアを捉えていた。
その瞳で見つめられると、エミリアは断れなくなる。
「…………」
「そ、そんなに深夜にこっそり調べたいの?」
「……駄目か。他の人間には知られたくない。君だけが頼りだ」
「うっ……」
しっとりとした声音と、飾り気のない言葉。
いつも平静だからこそ――嘘偽りないとはっきり分かる。
今、エミリアはロダンに頼られていた。
それがどういう意味を持つのか、わからないエミリアではなかった。
そして、深夜。
フォードとルルを寝かせたエミリアは家のすぐ外で待ち合わせをしていた。
(な、なぜ私が……)
そう思いながらもエミリアは変装もしっかりしていた。
目立たない紺色の服を着て、慣れない伊達眼鏡をかけている。
いつになくロダンは強引だ。
だが、事故死した母が関係しているとなれば無理もないこと……なのだろう。
(……お母様が亡くなられたのは15年前、6歳の頃か)
自分に置き換えたら、あとたった2年ほど。
そんな年齢で子どもと永久に離れなければいけない。
想像してしまうと背筋が凍る。
ルーンの件を伝えたのはエミリアだし、なんとかしてあげたい。
ロダンの誘いをエミリアは断りきれなかった。
「……ふぅ」
フォードの眠りは深い。
一度寝れば起きることはないだろう。
にしても、夜に忍び込むなんて。
そもそも夜にロダンと会うこともめったにない、というのに。
「……待たせたな」
「ひゃい!?」
ロダンがいつの間にかエミリアの横に来ていた。
考え事をしていたので、気づかずに素っ頓狂な声が出てしまう。
「特に気配は消していなかったが……。驚かせたか?」
「……はぁ、いいえ。今のはこちらが悪かったわ」
言って、エミリアはロダンを上から下まで見つめる。
ロダンは非常に目立つ男だ。
男も女も魅了してやまない、遠くからでもすぐわかる……。
だが、その辺はロダンも承知していた。
今のロダンの髪はいつもの白銀ではない。
ルーンの髪留めにより、ロダンの髪は夜に溶け込む漆黒色に変わっている。
服も金属部品のない地味な茶色のコートだ。
しかし、端正な顔立ちは変わらない。
普段よりは目立たないのは確かではあるが。
(うーん……まぁ、合格かしら)
隠密用のルーンもある。
精霊魔術の心得を応用すれば、気配を絶つことも容易だ。
多分、大丈夫だろう。
と、ロダンもエミリアを見分していることに気づく。
「君も相当、地味にしてきたな」
「……普段から目立っているつもりはないんだけれど」
「君より美しい女性はそうそういないと思うが」
真面目ぶったロダンの口調にエミリアは口を曲げる。
正直、エミリアの顔の作りはめちゃくちゃ良い。
体型も学生時代ほどではないが、魅力的なラインである。
思い返すと学院時代も相当モテていた……。
相当に鈍かったし、あの馬鹿との婚約を優先して気にしていなかったが。
しかし、間違いなくロダンのほうが格好良い。
どんな顔をしても、彼より整って絵になる男はいない。
傾城の美貌、とでも言おうか。
女性(エミリアを除く)には抗えない魔性の魅力がある。
そんな男に言われても、あまり嬉しくはない。
「あなたに褒めてもらうとムズムズするわ……」
「客観的事実も駄目か」
「……はぁ、今の私に美しさって意味あるかしら? それよりも行きましょう……。フォードが起きる前にね」
「そうだな。手早く終わらそう」
こうしてふたりは深夜のイセルナーレへと繰り出す。
さらなる冒険と謎が待っていることも知らずに。
そしてエミリアは、ロダンが他人の容姿を褒めることの意味をわかっていなかった。
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







