64.異質なルーン
セリスの作業はちょうど、船体の甲板らしき部分だ。
ひしゃげているので、エミリアも自信はないが。
「見てみましょうか」
セリスについていき、反対側に回る。
日傘の影――柵の名残らしき部分が、その変なルーンのある場所らしい。
「こちらです。この曲がっている部分に……」
高さ的にはエミリアが腰を少し曲げればいい程度だ。
ふむ……とエミリアは錆だらけの残骸に触れる。
手で触れてみる。ルーンの魔力がかなり弱い。
いや、元から他のルーンに比べて弱いのか……?
さらにルーン自体が走り書きのように思われた。
他の船体のルーンと明確に違う。
ルーンの刻み方には様々な流派があるが、そのほとんどは読みやすく構成されている。
例えるなら明朝体のような……。
この船体のルーンはまさに工業製品みたく四角ばっている印象だ。
それが、このルーンは即座にわかる程度には異質である。
そう、まるで行書体で書かれているような……どんな初心者の魔術師でも混同はしないだろう。
「……確かに変ね」
この船体に刻まれたルーンは画一的だ。
ルーンが歪んでいるのは、経年劣化と刻まれた土台である船体の破損のせいである。
恐らく、ひとりの親方の監督でルーンを刻んだはず……なのに、このセリスの指摘したルーンは別人が作業したとしか思えない。
とりあえずルーンに指を這わせ読み進めて――エミリアの背中が一気に冷たくなった。
「……これ」
「ど、どうかしましたか?」
セリスの問いかけに即座に返答できない。
このルーンは言うならば行書体だ。
刻んだ人間の癖が強く出ている。
だからだろうか、エミリアの脳裏にひとりの人間が思い浮かぶ……。
(この魔力の質と字は――ロダンだ。彼に一番近い。だけど、そんなはずは……)
学院時代、エミリアはロダンのルーンを何度も見た。
もちろん、刻んでいる現場も。
だから見間違えるはずかない。
このルーンはロダンが刻んだもののように思える。
でも、そんなことがあるはずない。
この船が沈んだのは15年前だし、手元のルーンは間違いなく経年劣化している。
年齢的に彼が刻んだ可能性はない。
(ロダンじゃないとすると、残るのは……)
頭をフル回転させ、エミリアはなんとか言葉を紡ぐ。
「……ごめんなさい、読み取るのにちょっと集中しないといけないみたい。あなたはこのルーンを読んだのよね?」
「なんとか読めましたが……。適当な文字を刻印しているだけみたいなんですよね。意味のあるルーンなんでしょうか」
「どうかしら……。とりあえず、私のいたところから作業を続けてもらえる?」
「はい……! そちらはお任せいたしますっ!」
セリスは反対側に回り、エミリアの作業の続きを担当することになった。
ひとりになったエミリアは必死にルーンを読み取ろうとする。
ルーンは特定の文字、デザインを刻んで効果を発揮させる魔術だ。
エミリアの理解ではルーンはプログラム言語のようなもの。
なので知識さえあれば、他人が刻んだルーンを解読することができる。
この謎のルーンに特段の効果はなさそうだ。
防護、航海、錆止め……既存のルーンではない。
いや、それよりもこのルーンを刻んだのは……。
エミリアの首元に冷や汗が流れる。
(ロダンのお母様……しかいない)
血縁関係で魔力の質は似る。
これは魔力を生み出す身体構造そのものが似るからだと言われる。
そしてルーン文字の筆跡そのものもロダンによく似ている……。
母親から教えを受けたのだろうか。
海軍の船長なら、相当な魔術師でも不思議はない。
エミリアはかすれかけたルーン文字をなぞり続ける。
だがルーンは混ざり、重なり、無意味な文字列にしか見えない。
(……読めない)
あえて日本語に直したなら『ぬぬべひらまくのとえとささせになるめ……』などだろうか。
だが、確信はない。
暗号かもしれないし、読み間違えているだけかもしれない。
ただ、これが何らかのメッセージなのは明白だ。
でなければ、こんな甲板に刻むはずがない。効果のないルーンにする必要もない。
しかしエミリアにはルーンは読めても意味がわからなかった。
セリスも同じだ。これに意味が込められているなら……読める人間を連れてこなければ。
(それはひとりしかいない、よね)
ロダンをこの場に連れてきて、読んでもらうしかない。
幸い、離婚調停の件で2日後に会う。
その時に話してみよう。
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