58.星の重み
それもエミリアが思ってもみなかった提案だった。
まだイセルナーレ魔術ギルドに所属して2週間程度しか経っていない。
さすがに受けられないと思い、エミリアは断ろうとする。
「私はまだ新人なので……」
「腕はある」
グロッサムが淀みなく答える。
エミリアがどう反応するか、わかっていたかのように。
「その点は俺が保証する。いや、俺だけじゃねぇ。この工房の全員が同じ意見だ」
「……ですが、早過ぎませんか?」
「前例はある」
そこもグロッサムの想定内だったようだ。
「まぁ、200年以上前の話だがな。その頃は20歳でも弟子を持っていたらしい」
「時代が違いすぎます!」
「そりゃそうだが……ウチの制度はもう知ってるだろ。お前はもう星2つでも遜色ない」
イセルナーレ魔術ギルドでは所属魔術師をランク付けしている。
ランクは駆け出しの星1つから特級の星5つまで、計5段階。
これはギルドというよりイセルナーレの法的要請でもあるが。
客観的な評価基準を設けたい、そういう意図があるようだ。
その中でエミリアは星1つ。どんなに実力があっても所属したては星1つからスタートする。
グロッサムはもちろん星5つ。イセルナーレ全体でも名工中の名工だからだ。
とはいえ駆け出しの星1つでも価値は大きい。
そもそもイセルナーレの上位大学の首席級でなければギルドに所属できないからだ。
そこからだいたい、5年から10年の経験と実績で星がひとつ足されていく。
星が足されるたびに待遇も良くなり、星4つからは騎士階級への叙任を皮切りに貴族階級さえも夢ではなくなる。
(ギルドからの書類だと、星2つから弟子を持つことが許されるってあったはず……)
星2つは経験豊富な職人に認められる。
ここから他の人を弟子にしたり、教える才能がある人間は教師への道を進む。
評価してくれるのはありがたいと思いつつ、エミリアには早すぎると感じられる。
「……いくらなんでも、私には重すぎます」
どう伝えればいいのか、言葉を選びながらエミリアは続きを話す。
「イセルナーレ魔術ギルドの伝統と格式、ウォリス人の私にはまだ語れません。語る資格もないと思っています」
これはエミリアの嘘偽りない心境だった。
イセルナーレにきてから、このギルドにどれだけ助けられただろうか。
銀行口座も不動産の賃貸もとんとん拍子に進んだ。
本来なら、そんなことはありえない――すべてギルドの歴史と信用あっての話だ。
それがわからないほど、エミリアの精神は幼くはなかった。
「お話は大変嬉しいですし、それほどの評価をしてもらえて、本当に名誉なことです。でも今の私には、まだふさわしくありません」
エミリアが膝に手を置き、深々と頭を下げる。
いつかはエミリアも弟子を取るだろう。人を育てる立場になる。
でもそれは今ではない。まだ、自分にそうした資格があるとは思えなかった。
「そうかい…………まぁ、仕方ねぇな」
「申し訳ありません」
「顔を上げてくんな。実は断られるかもとは思ってたんだ」
グロッサムが長く伸びた髭を撫でつける。
「あんたは腕があるのに、少しも驕らねぇ。仕事に隙はないし、礼儀もわかってる。俺なんて、あんたくらいの時には先輩方としょっちゅう喧嘩してたってのによ」
「私にはそういうのは無理そうです」
「だろうな。だが、あんたの話はわかったよ。じゃあ弟子ってわけじゃないが――今回の案件、セリスと組んでやってくれねぇか?」
「……! はい、それは喜んで!」
エミリアもセリスのことはずっと気にしている。
まだ何日も経っていないが、彼女のことは年単位で見るつもりだ。
前世の知識で適応できているエミリアとは違い、セリスがどうなるかはまだ見通せない。
仕事面でも一緒ならフォローもしやすい。
「よっしゃ、なら契約面でもあんたとセリスが中心ってことにしておく。任せたぜ」
「はい……! この仕事はお任せください!」
エミリアがグロッサムと話し込んでいると、ふっと横に気配を感じた。
「話はまとまったみたいね」
普段よりもさらに化粧に磨きをかけたフローラが立っている。
明らかに余所行きの出で立ちだ。
多分、ロンダート男爵のところに行った帰りだろう。
グロッサムがフローラに向かって肩をすくめる。
「2つ星の話は断られたがな」
「す、すみません……」
「いいのよ。五分五分だと思っていたからね」
フローラが椅子を引いてふたりの輪に加わる。
「……それはそれとして。ちょっとこの案件で気になることがあって」
これにて第1部終了です!
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