56.レッサム・テトス
ロダン視点です。
馬は良い。乗馬は良い。
雑念を振り払う時間を与えてくれる。
ロダンはスレイプニルを駆るうちに落ち着きを取り戻していった。
「……エミリアに悪いことをした」
彼女には何の落ち度もないというのに。
仕事に私情を挟んではならない、そうわかっていたのに冷静ではなかった。
……あるいは彼女だからか。
散々、これまでもエミリアには弱みを見せてきた。
だから無意識に――理解を望んでしまったのか。
いずれにしても、近いうちに埋め合わせをしなくては。
ロダンがそこまで思考を終えるのと、黒の塔の騎士団本部への帰還はほぼ同時だった。
……本部がなぜかざわついている。
馬を繋いだロダンが宿舎の人だかりに姿を見せた。
「何事だ」
「団長! いえね、突然の訪問客が来たもんで……」
答えたのは戸惑うテリーだ。
騎士団に訪問客が来るのは珍しくはない。
治安維持という役割上、緊急事態はよくあるからだ。
だが、それにしても騎士団員の反応が妙だった。
ロダンが声をひそめて問う。
「……誰だ」
「海軍の大佐です。応接間で団長を待っています」
「海軍大佐だと……?」
ロダンが青い瞳を細める。
王都守護騎士団は陸軍とはよく協調するが、海軍と連携することは少ない。
これは海そのものが騎士団の管轄外だからでもある。
さらに大佐ともなれば普通ではない。
「用件は言っていたか?」
「機密事項ゆえ、団長に直接伝えると……」
テリーは露骨に不安がっていた。
無理もない。ロダンが団長に就任してから、こんなことはなかった。
どうやらただならぬ事態のようだ。
ロダンはそのまま応接間に向かう。
軽くノックをすると中から返事が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します」
序列で言えば王都守護騎士団団長は大佐相当だ。
つまり来訪した海軍大佐とは同格だが、ロダンは21歳と若い。
そのためロダンは礼を失さぬよう、注意を払って応接間に入った。
「戻ってきたか」
件の人物はソファーに腰掛けず、窓際に立っていた。
ロダンが厳しい表情を崩さず声をかける。
「……あなたでしたか」
くすんだ白髪と猛禽類を思わせる緑の瞳。
細身ではあるが軟弱さはない――むしろ蛇のような狡猾さを感じさせる。
騎士団本部を訪れていたのは、レッサム・テトスという壮年の男であった。
年齢は50代だが、それにしては老けていると思わされる。
「久しいな、ロダン」
「伯父上、久し振りでございます」
レッサムは窓の外に身体を向け、首の上からだけでロダンを見た。
虚ろで、それでいて油断のならない男。
血が繋がっているはずなのに、ロダンはこの男を好きになれなかった。
「妹の鎮魂祭以来だな。元気にしているか?」
「ええ……」
妹――という言葉にロダンの凍てつく心臓が反応する。
今日は冷静でいるのが難しい日だ、と思わざるを得なかった。
レッサムの言う妹とは、ロダンの母のことである。
レッサムは母の実兄であった――そのことを知る者はほとんどいないが。
騎士団の面々もこのことは誰も知らない。
「何用で来られたのですか?」
「相変わらずだな。まぁ、話が早いほうがいいか……。互いに忙しい身だ」
レッサムはソファーに座るつもりがないらしい。
ロダンはレッサムの流儀に付き合う気はなかった。
断りもせず、ロダンはソファーへと腰掛ける。
ゆっくりとレッサムが口を開く。
「単刀直入に言おう。ブラックパール号の解体から手を引け」
「……なぜですか?」
「お前が知る必要はない」
レッサムははっきりと言い切った。
そこには甥への愛情は欠片も感じられない。
ロダンも伯父へ親愛の情がない答えを返した。
「陸へ引き上げた沈没船の解体を統括するのは王都守護騎士団の役目です。いままでもそれが通例でしたが」
「あれは海軍の船だ」
「とうの昔に除籍済みのはず。さらに沈没船の権利は、発見者であるブラックパール船舶株式会社にあります」
「……ブラックパール船舶株式会社か。虫唾が走る」
ロダンは話しながらレッサムの意図を探ろうとしていた。
沈没船が引き上げられることはままある。そして除籍済みの沈没船の権利は、それを引き上げた会社のものだ。
沈没船に価値ある品物があれば、イセルナーレ政府に税金を払うことにはなるが。
しかし沈没船が海軍大佐を招くような事態になったことは一度もない。
レッサムの行動は異例だらけであった。
「ブラックパール船舶株式会社は信頼できる優良企業ですよ。海軍とも取引があるのでは?」
「どうあっても引き下がらないか」
レッサムがゆっくりと窓から離れ、ロダンへと歩み寄る。
「引き下がる理由がありません」
「妹の、お前の母のためだと言ってもか?」
「意味がわかりません」
ロダンの心にさざ波が起こる。
それは普通の人には感じ取れないほどの、小さな揺らぎだ。
レッサムがわずかに口角を上げた。
緑の瞳がロダンを捉え、見通す。
「まぁ、いい。今日は出直そう。私としても騎士団と揉めたくはない」
「…………」
「だが、諦めるつもりはない。それだけは理解しておくことだな」
レッサムはロダンの答えを待たず、応接間を出ていった。
ひとり残されたロダンはゆっくりと息を吐く。
伯父は言うだけ言って帰っていった。
……あの船の残骸に、いまさら何の意味があるというのだろうか?
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