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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
1-5 心機一転

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53/308

53.私ならば

 それはエミリアの想像もしない答えだった。

 

(ロダンのお母様は……いえ、学院時代もほとんど聞かなかったわね……)


 風の噂でロダンは妾の子だと聞いたことはある。

 そして言動の端々から、家族とあまりうまくいっていないことも知っている。


 エミリアと会った当時、ロダンが荒んでいた原因のはずだ。


 でも実の母親はもう亡くなられていたのか。

 しかもこの話からすると、船の沈没に巻き込まれて――。


「……そんな顔をするな、エミリア。君だって両親を亡くされているだろう」

「それは、そうだけれど」


 エミリアにはもう両親がおらず、公爵家は兄が継いでいる。

 正直、この世界で親と兄弟の愛情を感じたことはあまりない。


 今ではそれがなぜなのか、はっきりわかる。

 エミリアが政略結婚の道具だったからだ。


 道具に愛情を注ぐほど、エミリアの親は優しくはなかった。


「この話、ロンダート男爵はもちろん知っている。魔術ギルドも調べればすぐわかる……」

「……ロダン」

「いいんだ。結局のところ、これは感傷に過ぎない」


 ロダンが船の残骸を視界から外し、海のほうを見つめる。


「俺の母は海軍士官で、船長として軍船を預かっていた。そしてあの船に乗って航海している途中、嵐に巻き込まれ、船が小島の岩壁に衝突して沈没した」


 淡々と事実だけをロダンは吐き出す。

 それだけに彼の痛みがエミリアには伝わってきていた。


「沈没した海域はわかっていたが、船そのものは見つからなかった。今回、15年振りに見つかって引き上げられたのは嬉しく思う。だが解体は容易(ようい)ではないだろうな」


 ふぅ……諦めに似たため息をつく。


「出来れば俺の手でしっかりと決着をつけたいが、そうも行かない」


 ロダンには王都守護騎士団の職務がある。

 この港で解体作業に従事するのは非現実的であった。


 ロダンが身を翻し、港に背を向ける。

 もう彼から話すべきことはないようだった。


「俺からの話は以上だ」

「わかったわ。ありがとう……」

「聞いてくれて、助かった」


 ロダンの背中には人を寄せつけない冷たさがある。

 倉庫の角に繋いでいたスレイプニルにまたがると、ロダンは港から去っていった。


 エミリアは姿が見えなくなるまでロダンを見送ってから、フローラたちの元へ戻る。

 近くに行くと思ったよりも船の残骸が巨大に見えた。


 船の残骸はざっと高さ5メートル。横50メートルはありそうだ。

 巨大な鉄の塊が横になってロープで固定されている。


 グロッサムが難しい顔をしながら、船の残骸に触れていた。


「終わったか」

「はい、それについてはまた後で」

「うむ……しかし、こりゃあ厄介だ……」


 エミリアはグロッサムのすぐ隣に屈む。

 強烈な潮の匂いだ。多分、引き上げられて間がない。


 エミリアが集中しなくてもルーンの痕跡が見てとれる。

 整然となっていたはずのルーンが混ざり、ぐちゃぐちゃに脈打っていた。


 不快なほどにルーンは不安定化している。

 これは船体そのものが衝突して歪んだせいだろう。


 フローラも残骸を見て嘆息していた。


「防護、航海、錆止め……色々なルーンが刻んであるわね」

「それらが船が歪んじまったせいで、被ったり……ルーンそのものにも傷が入ってら。ウチに回ってくるわけだな」


 ルーン魔術の弱点のひとつが、刻んだ素材が変形することだ。


 素材ごとルーンが切断されるならまだいい。

 だが、ルーンを巻き込んでぐしゃっと潰れたり歪むのは良くない。


 イヴァンが背の後ろに手を置き、エミリアたちの背後に立つ。


「船の残骸はこれから順次、引き上げられていく予定です。これがその第一部分。問題がなければ、正式にお引き受けをお願いしたく思います」

「……全部でどれくらいになりそうなの?」

「強固なルーンが刻まれ、歪んだ部分だけをお願いするつもりです。全体量はダイバーの調査次第ですが……しかし、このような残骸があと10個以上はあります。20個まではないでしょうが」


 この巨大な残骸があと10個もある。とんでもない物量だった。

 しかも、それらのルーンは歪んで普通に消去するよりも手間がかかる。


(そんなに……)


 最初、思っていたよりも遥かに厄介だ。

 数週間かかりきりになるかもしれない。


「消去される速度はさほど重要ではありません。それよりかは確実性が重要です……日数はある程度、覚悟しております」

「それはありがたいけれど……」


 フローラの心中は揺れていた。


 果たしてこの仕事を請け負うべきか。

 全体像が見えず、今ならまだ手に負えないと引き返せる。


 受けるにしても要になるのはエミリアであるのは間違いない。

 フローラがエミリアの瞳を覗き込む。


 エミリアの鮮やかな黒の瞳には、決意があった。

 ロダンは何事もないように振る舞っているが、とてもそうは思えない。


 彼にとって、やはりこの船は特別なのだ。

 それをきちんとエミリアが解体し、見送ること……。


 自分がこの場にいるのは、運命の巡り合わせなのかもしれない。

 だったら、どうするべきか。


 エミリアにもフローラの迷いは伝わっていた。

 しかし、もうエミリアの結論は出ていた。


 エミリアははっきりと口に出して、宣言する。


「私なら、やれます」

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― 新着の感想 ―
この船にはちょっと複雑な背景がありそうですね 軍人の母親が艦長ではなく船長を拝命してたということは、船の所属は軍ではなく政府ということですから外交船と言ったところですか もしかしたら公設の海賊船(私掠…
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