53.私ならば
それはエミリアの想像もしない答えだった。
(ロダンのお母様は……いえ、学院時代もほとんど聞かなかったわね……)
風の噂でロダンは妾の子だと聞いたことはある。
そして言動の端々から、家族とあまりうまくいっていないことも知っている。
エミリアと会った当時、ロダンが荒んでいた原因のはずだ。
でも実の母親はもう亡くなられていたのか。
しかもこの話からすると、船の沈没に巻き込まれて――。
「……そんな顔をするな、エミリア。君だって両親を亡くされているだろう」
「それは、そうだけれど」
エミリアにはもう両親がおらず、公爵家は兄が継いでいる。
正直、この世界で親と兄弟の愛情を感じたことはあまりない。
今ではそれがなぜなのか、はっきりわかる。
エミリアが政略結婚の道具だったからだ。
道具に愛情を注ぐほど、エミリアの親は優しくはなかった。
「この話、ロンダート男爵はもちろん知っている。魔術ギルドも調べればすぐわかる……」
「……ロダン」
「いいんだ。結局のところ、これは感傷に過ぎない」
ロダンが船の残骸を視界から外し、海のほうを見つめる。
「俺の母は海軍士官で、船長として軍船を預かっていた。そしてあの船に乗って航海している途中、嵐に巻き込まれ、船が小島の岩壁に衝突して沈没した」
淡々と事実だけをロダンは吐き出す。
それだけに彼の痛みがエミリアには伝わってきていた。
「沈没した海域はわかっていたが、船そのものは見つからなかった。今回、15年振りに見つかって引き上げられたのは嬉しく思う。だが解体は容易ではないだろうな」
ふぅ……諦めに似たため息をつく。
「出来れば俺の手でしっかりと決着をつけたいが、そうも行かない」
ロダンには王都守護騎士団の職務がある。
この港で解体作業に従事するのは非現実的であった。
ロダンが身を翻し、港に背を向ける。
もう彼から話すべきことはないようだった。
「俺からの話は以上だ」
「わかったわ。ありがとう……」
「聞いてくれて、助かった」
ロダンの背中には人を寄せつけない冷たさがある。
倉庫の角に繋いでいたスレイプニルにまたがると、ロダンは港から去っていった。
エミリアは姿が見えなくなるまでロダンを見送ってから、フローラたちの元へ戻る。
近くに行くと思ったよりも船の残骸が巨大に見えた。
船の残骸はざっと高さ5メートル。横50メートルはありそうだ。
巨大な鉄の塊が横になってロープで固定されている。
グロッサムが難しい顔をしながら、船の残骸に触れていた。
「終わったか」
「はい、それについてはまた後で」
「うむ……しかし、こりゃあ厄介だ……」
エミリアはグロッサムのすぐ隣に屈む。
強烈な潮の匂いだ。多分、引き上げられて間がない。
エミリアが集中しなくてもルーンの痕跡が見てとれる。
整然となっていたはずのルーンが混ざり、ぐちゃぐちゃに脈打っていた。
不快なほどにルーンは不安定化している。
これは船体そのものが衝突して歪んだせいだろう。
フローラも残骸を見て嘆息していた。
「防護、航海、錆止め……色々なルーンが刻んであるわね」
「それらが船が歪んじまったせいで、被ったり……ルーンそのものにも傷が入ってら。ウチに回ってくるわけだな」
ルーン魔術の弱点のひとつが、刻んだ素材が変形することだ。
素材ごとルーンが切断されるならまだいい。
だが、ルーンを巻き込んでぐしゃっと潰れたり歪むのは良くない。
イヴァンが背の後ろに手を置き、エミリアたちの背後に立つ。
「船の残骸はこれから順次、引き上げられていく予定です。これがその第一部分。問題がなければ、正式にお引き受けをお願いしたく思います」
「……全部でどれくらいになりそうなの?」
「強固なルーンが刻まれ、歪んだ部分だけをお願いするつもりです。全体量はダイバーの調査次第ですが……しかし、このような残骸があと10個以上はあります。20個まではないでしょうが」
この巨大な残骸があと10個もある。とんでもない物量だった。
しかも、それらのルーンは歪んで普通に消去するよりも手間がかかる。
(そんなに……)
最初、思っていたよりも遥かに厄介だ。
数週間かかりきりになるかもしれない。
「消去される速度はさほど重要ではありません。それよりかは確実性が重要です……日数はある程度、覚悟しております」
「それはありがたいけれど……」
フローラの心中は揺れていた。
果たしてこの仕事を請け負うべきか。
全体像が見えず、今ならまだ手に負えないと引き返せる。
受けるにしても要になるのはエミリアであるのは間違いない。
フローラがエミリアの瞳を覗き込む。
エミリアの鮮やかな黒の瞳には、決意があった。
ロダンは何事もないように振る舞っているが、とてもそうは思えない。
彼にとって、やはりこの船は特別なのだ。
それをきちんとエミリアが解体し、見送ること……。
自分がこの場にいるのは、運命の巡り合わせなのかもしれない。
だったら、どうするべきか。
エミリアにもフローラの迷いは伝わっていた。
しかし、もうエミリアの結論は出ていた。
エミリアははっきりと口に出して、宣言する。
「私なら、やれます」
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