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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
1-5 心機一転

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52/308

52.船の残骸

 ロダンの視線の先に何があるのだろう。

 エミリアは恐ろしく思いながら、首を動かす。


「――あっ」


 憂う瞳の彼方、100メートル先の埠頭にあったのは船の残骸であった。

 黒く腐食し、壊れた鉄の塊。大量のフジツボ。


 だが陸の上にあるのはスクリューと胴体の一部だけだ。

 船の全体ではない。


 残骸はひどく(いびつ)で、無理やりひきちぎったかのようだった。


 船の残骸の周りには数人が何やら屈み、調べている。

 フローラが口に手を当ててイヴァンへ問う。


「あれは……解体して、コレじゃないわよね?」

「ええ、その通りでございます」


 グロッサムが白い顎髭を撫でつけ、眉を寄せる。


「……沈没船か」

「まさしく。中々に厄介な案件でして」


 沈没船、と聞いてエミリアは得心した。

 普通に役目を終えて、解体というわけではないらしい。


 だが同時に疑問も生じる。

 なぜ、ロダンはここに居て、離れた場所からあの船を見つめているのだろうか。


 フローラがちらりとロダンに目線を送る。

 彼のほうはずっと船を見ていて、エミリアたちに気づいた様子はない。


「あの方は、今回の件に関係あるのかしら」

「……カーリック伯爵ですね。依頼に出したあの船は並々(なみなみ)ならぬ状況ゆえ、少々危険があります。それゆえ王都守護騎士団の管轄範囲にもなっておりまして」


 王都守護騎士団は王都とその周辺の治安維持が任務である。

 犯罪捜査から精霊への対処まで、その職務は幅広い。


 ルーンを刻んで危険のある物品も、それが沈没船であれ王都守護騎士団の管轄になっていた。


「しかし、やや特別な事情がございます」

「……事情ですか?」

「直接、カーリック伯爵にご確認なされたほうがよろしいかと」


 イヴァンは自身から説明することを明確に避けた。

 それはつまり、なにか厄介な事情があるということだ。


 フローラがエミリアとロダンを見比べる。

 一行の中で誰が聞きにいくのが適任か、考えるまでもない。


「エミリアさん、あなたが聞いてきてくれる?」

「そう、ですね。わかりました」

「俺たちは船の様子を確認する。任せたぞ」


 フローラたちと別れ、エミリアがロダンの元へ向かう。

 潮風が強く、荒く、エミリアの艶のある黒髪を撫でつける。


 ひとり、彼はどうして船の残骸を見つめるのか。


「ロダン……」


 エミリアがそっとロダンに呼びかける。


「君か。昨日振りだな」


 抑揚のない、平坦な声。

 あえて感情を抑えているのだとエミリアには即座にわかった。


(……普通じゃない)


 多分、他の人間には感じられないだろう違和。

 だがエミリアにはすぐにわかってしまう。


 ロダンの、彼のことであれば。

 彼がエミリアを見抜くのと同様に、エミリアもまたロダンを察せる。


「セリス殿は問題なさそうか?」

「ええ、彼女は大丈夫……今のところは。さっきイセルナーレ魔術ギルドの所属試験に合格したところよ」

「ほう、昨日の今日でか。将来有望だな……」


 ロダンが今日初めて、エミリアを視線の中心に据えた。


「だが、心理面はわからないからな」

「そうね。しばらくは気をつけるつもり」


 セリスの話題が途切れ、沈黙が流れる。


 埠頭に打ちつける波の音も嫌に小さく聞こえた。

 風に揺れる髪をエミリアが押さえつける。


 エミリアはどう切り出すか迷ったが、正面から聞くことにした。

 回り道をしても聞けない予感がしたからだ。


「あの船、何かあるの?」

「……ああ」


 ロダンが首肯(しゅこう)した。

 彼にしてはあまりに歯切れの悪い言葉だ。


「聞かせてもらっても、いい? 多分、気の進まない話だとは思うけど……ごめんなさい」

「謝る必要はない。イセルナーレ魔術ギルドが今回の件に絡むことは、ブラックパールから聞いて承認している」


 ロダンが肩の力を一瞬、抜く。

 こうした時のロダンの話は重大なことばかりだった。

 エミリアに緊張が走る。


「あの船が15年前に沈没した時、俺の母がそこに乗っていた」

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