52.船の残骸
ロダンの視線の先に何があるのだろう。
エミリアは恐ろしく思いながら、首を動かす。
「――あっ」
憂う瞳の彼方、100メートル先の埠頭にあったのは船の残骸であった。
黒く腐食し、壊れた鉄の塊。大量のフジツボ。
だが陸の上にあるのはスクリューと胴体の一部だけだ。
船の全体ではない。
残骸はひどく歪で、無理やりひきちぎったかのようだった。
船の残骸の周りには数人が何やら屈み、調べている。
フローラが口に手を当ててイヴァンへ問う。
「あれは……解体して、コレじゃないわよね?」
「ええ、その通りでございます」
グロッサムが白い顎髭を撫でつけ、眉を寄せる。
「……沈没船か」
「まさしく。中々に厄介な案件でして」
沈没船、と聞いてエミリアは得心した。
普通に役目を終えて、解体というわけではないらしい。
だが同時に疑問も生じる。
なぜ、ロダンはここに居て、離れた場所からあの船を見つめているのだろうか。
フローラがちらりとロダンに目線を送る。
彼のほうはずっと船を見ていて、エミリアたちに気づいた様子はない。
「あの方は、今回の件に関係あるのかしら」
「……カーリック伯爵ですね。依頼に出したあの船は並々ならぬ状況ゆえ、少々危険があります。それゆえ王都守護騎士団の管轄範囲にもなっておりまして」
王都守護騎士団は王都とその周辺の治安維持が任務である。
犯罪捜査から精霊への対処まで、その職務は幅広い。
ルーンを刻んで危険のある物品も、それが沈没船であれ王都守護騎士団の管轄になっていた。
「しかし、やや特別な事情がございます」
「……事情ですか?」
「直接、カーリック伯爵にご確認なされたほうがよろしいかと」
イヴァンは自身から説明することを明確に避けた。
それはつまり、なにか厄介な事情があるということだ。
フローラがエミリアとロダンを見比べる。
一行の中で誰が聞きにいくのが適任か、考えるまでもない。
「エミリアさん、あなたが聞いてきてくれる?」
「そう、ですね。わかりました」
「俺たちは船の様子を確認する。任せたぞ」
フローラたちと別れ、エミリアがロダンの元へ向かう。
潮風が強く、荒く、エミリアの艶のある黒髪を撫でつける。
ひとり、彼はどうして船の残骸を見つめるのか。
「ロダン……」
エミリアがそっとロダンに呼びかける。
「君か。昨日振りだな」
抑揚のない、平坦な声。
あえて感情を抑えているのだとエミリアには即座にわかった。
(……普通じゃない)
多分、他の人間には感じられないだろう違和。
だがエミリアにはすぐにわかってしまう。
ロダンの、彼のことであれば。
彼がエミリアを見抜くのと同様に、エミリアもまたロダンを察せる。
「セリス殿は問題なさそうか?」
「ええ、彼女は大丈夫……今のところは。さっきイセルナーレ魔術ギルドの所属試験に合格したところよ」
「ほう、昨日の今日でか。将来有望だな……」
ロダンが今日初めて、エミリアを視線の中心に据えた。
「だが、心理面はわからないからな」
「そうね。しばらくは気をつけるつもり」
セリスの話題が途切れ、沈黙が流れる。
埠頭に打ちつける波の音も嫌に小さく聞こえた。
風に揺れる髪をエミリアが押さえつける。
エミリアはどう切り出すか迷ったが、正面から聞くことにした。
回り道をしても聞けない予感がしたからだ。
「あの船、何かあるの?」
「……ああ」
ロダンが首肯した。
彼にしてはあまりに歯切れの悪い言葉だ。
「聞かせてもらっても、いい? 多分、気の進まない話だとは思うけど……ごめんなさい」
「謝る必要はない。イセルナーレ魔術ギルドが今回の件に絡むことは、ブラックパールから聞いて承認している」
ロダンが肩の力を一瞬、抜く。
こうした時のロダンの話は重大なことばかりだった。
エミリアに緊張が走る。
「あの船が15年前に沈没した時、俺の母がそこに乗っていた」
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