49.早急な恩返し
翌日、エミリア家の朝はのんびりとしている。
というのもフォードの起きる時間はさほど早くないからだ。
そこは年齢相応の子どもである。
起きての朝食はフォカッチャ、生ハム、魚の酢漬け、野菜スープ。
イセルナーレでは普通のパンよりも四角いフォカッチャが好まれる。
ハムを乗せたり、スープに浸したり……。
イセルナーレ料理は前世で言うところのイタリア料理に近い。
豊かな海に囲まれている、ということで共通の進化を歩んでいるのかも。
(私は適応できるけど、フォードはどうかしら……)
「酢漬けは大丈夫?」
「うん、きゅって来るけど……味が濃くて好き!」
色々とフォードに食べさせているが、今のところ嫌いな料理はなさそうだ。
……生ハムよりも酢漬けの魚のほうが減っている。
肉よりも魚派なのかもしれない。
「ふっきゅい……!」
ルルは生ハムも酢漬けの魚も構わず食べていた。
好き嫌いがないというか、食べられるモノは何でも食べてる気がする。
午前、エミリアは何の予定もなく過ごしていた。
離婚劇が紛糾する可能性があったので、予定は入れなかったのだ。
(……まぁ、杞憂に終わって何よりね)
午後も特に予定はない……。
だが、フォードを預けて魔術ギルドへ行く気になっていた。
セリスの件もあるし、ルーンの消去の仕事はある。
溜まっているわけではないが、処理しなければお金にならない。
お金は稼げる時に稼ぐに限るのだ。
そう考えていた11時頃、エミリアの家にセリスが現れた。
住所は教えていたのだが、まさか翌日に来るとは。
びっくりしてエミリアが応対に出ると、セリスの顔からは涙がこぼれていた。
「エミリアさん、ありがとうございます……!」
「あっ、うん……どうしたの?」
「試験、合格しました! はぁぁー……これでお仕事はメドがついたかな、と!」
「……!! よかったわね!」
セリスを家に招き、話を聞く。
イセルナーレ魔術ギルドの所属試験は、今日の朝一から始まったらしい。
筆記と実技……高難易度だったが、合格できたとのこと。
それから真っ先に報告のため、エミリアの家を訪れたのだ。
「合格はギリギリだったみたいですけどね……」
「本来は大卒向けの試験なんだから、気にすることないわよ。合格できるだけで凄いことだわ!」
これは心からの賛辞だった。
元々はイセルナーレ国立魔術大学の首席でさえ落とされる試験である。
16歳ちょっとで合格できるセリスのほうが異常だ。
フォードが窓際からルルを連れてやってくる。
「セリスお姉ちゃん、いいことあったの?」
「とっても! お家ができそうです!」
「そうなんだ……よかったね!」
「きゅきゅーい!」
セリスの職もスムーズに決まったなら一安心ではある。
報奨金はそこそこの額が入る……女性の一人暮らしには充分すぎる額のはずだ。
流した涙をセリスが拭う。
「ところで、次にギルドへ顔を出されるのはいつになりそうですか?」
「えっ、そうね……実は今日の午後には行こうかと思っているわ」
「……フローラさんから直接言われたわけではないのですけれど、どうもギルドにルーン消去の大型依頼が来たようで」
「ま、また?」
工房での試験が終わったあと、フローラの元にギルドの職員が来たのだとか。
それがどうもルーン消去の大きな依頼らしい。
「納期がどうの、人手がどうのとやり取りしていたので……」
「ふむふむ……ルーン消去の人手はずっと足りないみたいだからね」
「仕方ありません。ルーンの刻印と消去は表裏一体、どちらかだけやる人は非常に珍しいですからね」
セリスの言葉にエミリアも頷く。
ルーンの消去は不可欠の工程だが、消去に特化したルーン魔術師はいない。
やはりルーン魔術師は刻印のほうに比重が寄る。
エミリアは精霊魔術を応用しているので特殊なのだ。
なんにせよ、また案件が舞い込んできたのなら処理しなければ。
報奨金のためにも……!
「じゃあ、ギルドになおさら行ったほうが良さそうね」
「多分、喜ばれると思います。……そういえば、フォード君はいつも連れて行かれるのですか?」
「うーん……そういう訳にもいかないから、保育園に預けてるの」
魔術ギルドに子どもを預けるのは忍びない。
鷹の眼と離婚調停。この2回が特別なだけで、他の日に連れて行ってはいなかった。
「エミリアさんが良ければなのですが」
セリスが決意を秘めた目でエミリアを見つめる。
「エミリアさんがお仕事の間、私がフォード君とルルちゃんを見ていましょうか?」
「……それは」
言われて、エミリアは考える。
性格的にセリスなら子ども相手でも大丈夫だろう。
貴族学院の出身なら年下の子の面倒を見た経験も豊富なはずだ。
エミリアでさえ、ロダンの面倒を見たくらいなのだから。
それにフォードなら手がかからないというのはある。
フォードもセリスを嫌ってはいない。
どちらかというと、フォードはセリスを哀れんでいるくらいで……。
ルルもセリスなら問題なく預けられる。
精霊についてなら、ウォリス貴族の右に出る者はいない。
(あれ? とても良い話のような……)
「でも、いいの? あなたもやることが沢山あるんじゃ……」
「いいえ、それよりも……エミリアさんのお役に立てれば、と。出勤は調整すればいいだけです」
うーん……健気だ。
とりあえず考えても断る理由が見つからない。
確かに、セリスが見てくれるのなら……安心ではある。
いずれ精霊魔術について、不在の時に教えてくれたりも期待できる……。
それは普通の保育園では無理だ。だとすると――。
「……わかったわ。じゃあ、お願いしてもいいかしら」
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