47.パーティーが終わって
エミリアが魔術ギルドの面々とカニパーティーに興じていた頃。
ロダンは宮殿へと戻っていた。
言うまでもなく仕事である。
ロダンが向かったのは法務省の中庭。
大小さまざまな果樹の生える小さな園芸空間にブルースがいた。
彼は黒のハサミを手にブルーベリーの樹木を剪定している。
今は真夏。ブルーベリーの青い実がよく実っていた。
「戻りました」
「問題はなかったかね?」
顔だけを動かしてブルースが問いかける。
ロダンは確信をもって頷いた。
「はい、お陰様で」
「ふっ……俺の出番はなかったか」
オルドン公爵の断罪のあの場、実はブルースも隣の間で控えていた。
収拾がつかなければ出るつもりでいたのだが、その必要がなかったのだ。
出なかった理由は、セリスのスタンスが事前に把握できなかったからである。
彼女のスタンスはデレンバーグ大公家に関わる。
最悪の場合、新しい火種が生まれかねない。
万が一の時、イセルナーレの王族がどうあるかフリーハンドにするため――ブルースは出なかったのであった。
ブルースがぱちりと余分な枝を切り落とす。
「あのセリス殿の啖呵は隣まで聞こえてきた。なかなか、愉快なお嬢様のようだ」
「思ったよりも胆力がありました。沈むにしても、そう悪化はしないかと」
ロダンが懸念していたセリスの精神状態。
そこはエミリアもフォローしてくれるという。
同じ女性でウォリス出身であれば、任せられるだろう。
「セリス殿いわく、父であるデレンバーグ大公は打算的なので、イセルナーレから厳しめの書状があれば牽制できるとのこと」
「ほう、そうか……。シャレスと後で協議しておこう。まぁ、大公には書状を送るつもりではあったがな」
「……ウォリスの他の貴族はどう反応するでしょうか」
イセルナーレは今後、オルドン公爵の病状を諸国に流布する予定だ。
それとなく彼の悪行も織り交ぜ、イセルナーレの処置の説得力を補強する。
他国の公爵を永久幽閉するのは、やはり様々な手を要する。
オルドン公爵の評判は落ちていくだろう。
ウォリス国王もこの点は織り込み済みのはずだ。
(オルドン公爵を悪者にすれば、ウォリス国王の威信にも傷がつきづらいからな)
だが、そもそもオルドン公爵への制裁に反発するウォリスの貴族も出るだろう。
目下のところ、デレンバーグ大公はその筆頭になりうる。
「ロダン、お前は物事が見えている。問題ない、閣僚会議で合意済みだ」
「そうでしたか……。差し出がましいマネをいたしました」
ブルースが苦笑する。
ロダンの視野と能力は特筆すべきモノだが、出世欲と反抗心がないのが玉に瑕だ。
「ウォリスの貴族の反発、見ようによっては悪い話ではない」
「……あえて反発させて炙り出しを行う、と」
「その通りだ。内務省の人口統計を見たか? イセルナーレは急激に人口を伸ばしているが、ウォリスの伸び率はイセルナーレの半分以下だ」
ルーン魔術、鉄道、蒸気船、ガスの普及は確実に世界を変えていた。
生活は改善され、知識はより早く伝わる。
医療も農業も畜産も水産も、イセルナーレでは格段の進歩を遂げていた。
対してウォリスは貴族の力が強く保守的で、時代の波に乗り切れていない。
「イセルナーレはもっと大きくなる。傲慢さゆえに我らの手を払いのける輩がどれほどのものか? 見極めるにはちょうどいい」
「御意に」
「今回の件、イセルナーレは厳格なる法を執行した。陛下も評価しておられる」
「望外の御言葉にございます」
ブルースがたっぷりと実のつまったブルーベリーを手に取る。
「これまでの功績を加味すれば、侯爵への叙爵も夢ではないぞ」
ロダンは一瞬、目を閉じた。
叙爵――新たな爵位。貴族ならば喉から手が出るほど欲しいものだ。
だが叙爵を受ければ今の職務が変わるかもしれない。
それを思えば、答えはひとつだった。
「私は今の職務と地位で満足しております」
今のロダンには、さきほどエミリアと交わした約束のほうが重かった。
カニパーティーが終わり、エミリアは家族とセリスを連れて帰ろうとしていた。
パーティーが始まったのが昼前なので、まだ日は明るい。
しかしホテルを取るならもう動かないとマズいだろう。
混雑するイセルナーレの道をエミリアたちが歩いていく。
「はぁ……お金だけでなく、ホテルまで紹介頂けるなんて……! 本当にありがとうございますっ!!」
「気にしないで。それよりフローラさんと話していたのは、大丈夫そう?」
「はい! 明日、ギルドの所属試験を受けさせてもらえるとかで……。これもエミリアさんのおかげですね!」
セリスはにっこにこであった。
故郷から離れてお金も家もないにしては元気だった。
「何かあったら相談に乗るから、遠慮しないでね」
「それでしたら……お仕事が決まったら近いうちに、家を決めようかなと。今の私は全然、家もないので。どうか相談に乗って頂ければ……」
「……お家ないの?」
ルルを袋に抱えて運ぶフォードがびっくりする。
それはそうだろうな、明るそうに見えてセリスには何もない。
「まぁまぁ、なんとかします。だからフォード君もそんなに悲しそうにしなくて大丈夫ですよ?」
「うん……はやく、お家が決まるといいね」
フォードの同情心は多分、自分がホテル暮らしだったのもあるだろうか。
無意識に重ねているのだろう。
16歳でこの境遇……自分なら途方に暮れて、何も手につかないかも。
セリスは非常に良くやっていた。
「きゅーい……!」
「ルルちゃんもありがとう」
すすっとセリスが袋の中にいるルルの頭を撫でる。
(でも、来るときはいきなりメンタルに来るからね……)
今のセリスはあまりの出来事にアドレナリンが出まくって、ぶっ壊れているだけかもしれない。
セリスには今、家もなければ家族もいない。
ペンギンなルルよりも何もないのだ……。
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