46.カニ打ち上げ
カニ……予想と期待通りだった。
カニならばエミリアにも異存は全然ない。
むしろ心行くまで勝利のカニに浸りたい気分である。
「ふむ、フォード君を預けたのは魔術ギルドだったな」
「そうだけど……」
ロダンが馬車内の小窓を開け、御者に指示を出す。
「レストランレッドシザーへ」
「……レストラン? フォードを引き取りにいくんでしょ?」
エミリアがロダンの意図を聞くと、彼はしれっと答えた。
「レッドシザーなら、大人数のテイクアウトにもすぐ対応できる。山ほどのカニを持って帰れるぞ」
「わぁ、本当ですか!?」
「な、なるほど……」
やはりロダンは抜かりない。
魔術ギルドへ山盛りのカニを持っていくつもりなのだ。
確かにフォードとルルを預けたのだから、何らかのお土産があるのに越したことはないが……。
「カニなんて持って帰れるの?」
「スレイプニルの馬車だぞ。浴びるほどのカニを運んでいける」
こうして一行はレッドシザーへ寄り、カニを調達した。
10を超える木箱にボイル済みのカニが重ねて入れられていく。
驚いたのは店のほうも特にすぐ対応してくれたことだ。
(もしかして慣れてる……?)
ロダンの肩書は王都守護騎士団団長だ。
だとすると、騎士団の部下にこうやって振る舞っているのかも。
で、エミリアも当然支払いをしようとしたのだが……。
ロダンは絶対に受け取ってくれなかった。
大量のカニが入った木箱の前だとさすがに心が痛む。
「そこまで甘えるわけには……っ」
「気にするな」
「だいぶ、気になる」
「じゃあ半年後、エミリアにもっと余裕ができたら返してくれ」
うぅ……かわされてしまった。仕方ない。
エミリアは心のメモに「半年後カニたくさんお返し」と書くしかなかった。
だが、それはそれとしてテンションは上がる。
魔術ギルドの人もきっと喜んでくれる、いいお土産ができた。
魔術ギルドに到着すると、工房でフォードとルルが出迎えてくれる。
「おかえりなさーい……うわぁあー!!」
「きゅっきゅー!!」
ふたりは大量のカニ箱に驚き、目を輝かせていた。
グロッサムとフローラも目を丸くしている。
「いやぁ、まさかこんなカニが来るなんてな」
「驚いちゃったわね」
「……ご迷惑でしたかね?」
エミリアの言葉にグロッサムが眉を吊り上げる。
それからグロッサムは大振りのカニの脚をつまみ、目の前に掲げた。
「いつもは外で食べるかしてるんだ、迷惑だなんてとんでもねぇ。それよりよ、こりゃ結構いいところのカニじゃねぇか?」
「レッドシザーで買いました」
「貴族ご用達の甲殻類レストランね。だったら間違いないわ」
そんなに有名なレストランだったのかとエミリアは思った。
しかしロダンのこと。そこで安くするわけはない。
グロッサムが工具を置いて職人に呼びかける。
「ははっ、それじゃあ感謝しながら食べないとな! おい、工房を整理して席を作れ! カニ喰うぞ!」
こうして工房ではカニの宴が催されることになった。
御者と職人がカニとタレを運び終わると、ロダンは颯爽と身を翻す。
(やっぱり帰るのね……)
この場でロダンを知っている人間はエミリアの家族だけ。
彼は長居するつもりはないようだった。
「では、俺はこれで。仕事も残っている」
「……いつもありがとうね」
「君が健やかなら、それでいい」
ロダンが帰った後、エミリアが工房に戻るとすでに皆がカニをつまんでいる。
どこから持ち出したのか、大鍋やらなにやらも……。
「お母さん、食べようよー!」
「きゅーい!」
フォードはすでにカニの脚から身をほじくり出そうとしていた。
「今、行くわ!」
ちらっと見ると、すでにフローラとセリスが話し込んでいた。
どうやらセリスはフローラの興味をもう引けたらしい。
(……あとで私からもフォローするとして)
とりあえずやっと終わったのだ。
エミリアが前向きになれたのも、この工房のおかげ。
……カニを用意したのはロダンだが。
不甲斐ないけれど、ちゃんと彼にも恩返しできるようになろう。
「きゅきゅい」
ルルは器用に羽を使って、カニの身をタレにつけて食べている。
……そういう使い方がペンギンの羽にできただろうか。
いや、ルルはマジカル精霊ペンギンなので羽に吸いつくのかも……。
そんなことが頭をよぎったが、エミリアは気にしないことにする。
「はぁー、このカニおいしいー!」
ぷりっぷりの身をフォードが頬張る。
エミリアも早速、カニの身をほじって食べ始めた。
濃厚でしっとり、磯の風味が背筋を駆け抜ける。
「ん~、おいしい! ね、フォード!」
「うん! いくらでも食べれちゃう!」
「きゅーい!」
この時のカニの味をエミリアは一生忘れることはないだろう。
それほどに楽しい、カニ祭りであった。
もきゅもきゅ (*´꒳`* っ )つ三
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