45.セリスの芯
オルドン公爵が打ちひしがれながら連れていかれる。
彼が行くのはモーガン修道院だ。
絶海の孤島にある、イセルナーレの収容施設。
世間からは徹底的に隔離され、入れば二度と出ることは許されない。
「はぁ……」
セリスが青白い顔をして、近くのテーブルに手をつく。
終わってみると嵐のようだった。
セリスの心情は察するに余りある。
「……大丈夫?」
「ええ、はい……はぁ、終わったんですよね……?」
「そうね、とりあえずは」
離婚劇は終わったが、どのように広がるかはまだわからない。
ロダンは万全を尽くす。それは信頼している。
でもイセルナーレとしても300年振りの措置なのだ。
それにエミリアとフォードの生活はこれからも続く。
元夫がどうなるか……その詳細はエミリアも知らないし、知りたくもない。
あんな男の行く末に興味を持つほど暇ではないのだから。
「……改めて、セリスさん。あなたに謝罪します」
「ああっ!? いえ、そんな……セリスでいいですし、謝らないでください!」
セリスが精一杯の笑顔を浮かべる。
疲労の色はあったが、この笑みは嘘ではない。
憂鬱で、鉄道から身投げしようと思っていた結婚がなくなったのだ。
先行きの不安はあっても、不服はない。
「正直、とてもびっくりしていますけれど……あの人との結婚、全然乗り気じゃなかったので。このほうが良かったのだと思います」
「そう言ってもらえれば、私も気が楽だわ」
ウォリスの貴族、魔術師、年齢も21歳と16歳でそこまで離れていない。
エミリアとセリスの間には奇妙な連帯感があった。
「もし、本当に良かったらだけど……しばらくイセルナーレで暮らさない? 力になるわ」
「……そう、ですね」
セリスは静かに考えた。
このままウォリスに戻って、父であるデレンバーグ大公が喜ぶはずがない。
戻っても……同じような、ろくでなしにまた嫁がされる可能性もある。
あんな思いをするのはもうごめんだ。
それに比べたら、イセルナーレにそのまま住むというのは魅力的だった。
少なくとも自由がある。自分の人生を選べる。
10年……いや、20年ぐらいすれば父の考えも国の風向きも変わるだろう。
悪くない選択肢のように思える。
「やっていけるでしょうか、私」
「大丈夫よ」
その点についてだけはエミリアは胸を張れた。
「この国は、とってもいいところだから……!」
後事を引き継ぎ、エミリアとセリスはロダンに馬車で送られることになった。
シャレスや他の高級官僚には仕事がたくさんある。
もちろん、今回の顛末について――その経緯はセリスに知ってもらわなければいけない。
最初から今日までのことをかいつまんで説明する。
馬車に揺られていたセリスは、話を聞き終えて吐き捨てた。
「ほんとーに屑ですね……あの男は」
「まぁ、否定はしないわ」
「イケイケの公爵家に生まれるとああなるのでしょうか? 父もその気配はかなりありますけれど……」
(思ったよりも結構ズケズケ言うわね)
最後に会ったのは4年以上前。
その時の印象に比べると、セリスはかなりタフで芯があった。
(前世の記憶が戻る前の私よりも、しっかり自分がありそう……)
この性格で魔力も豊富だ。
魔力量で言えば、エミリアとロダンがほぼ同格。
その次にセリス――でも魔力は生涯を通じて成長する。
魔力は5歳前後で急激に伸び、その後は身体とともに魔力も成長する。
20歳前後で成長はとても緩やかになるが、例外もある。
これならばイセルナーレで魔術師としての職を得るのは難しくないだろう。
セリスの持って生まれ、今まで努力したことは無駄にはならない。
「……デレンバーグ大公がどう出るか、だな」
「ロダン様、父は豪快なようでいて打算的です。貴国からちょっとキツめの書状を送れば、大きな動きはしないかと」
「ふむ、シャレス外務大臣と協議して善処しよう」
ロダンの瞳もどこかほっとしているように感じる。
エミリアはもちろんだが、セリスの前向きさがそうさせるのだ。
「……はぁ、にしてもお腹が空いてきました。この数日、ご飯が喉を通らなかったんですけど、今なら食べられると思います」
セリスがぽつりと呟く。
その気持ちはエミリアもよくわかる。
ろくでもない男と縁が切れるとお腹が空くのだ。
「じゃあ、市街地で何か食べる? あ、私の息子が一緒だけれど……」
この馬車が向かっているのはイセルナーレ魔術ギルド。
預けているフォードとルルを引き取らなければ。
「ああ、いいですね……でも私にはちょっと手持ちが」
「その程度は俺が出す」
「本当ですか!? では、食べたい物があります!」
空腹感を自覚できるようになったセリスが声を張り上げる。
なんとなくだが、エミリアには次の台詞が予想できた。
まさか……しかし……でもウォリス人なら……。
何を食べたいと思うだろうか。
「イセルナーレなら、やっぱりカニですよね!」
(V) (O ww O) (V)
ウォリス人の選ぶイセルナーレ食材ランキング、堂々1位……!
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